1 K市にて
茅野省吾は、K市の生まれだ。
港町から発展し、山と海に挟まれた細長いその街は、それでもけっこう大きな都市で、いまや有名な観光地にもなっている。山から見はるかせるその夜景が「何百万ドル」だなんて形容され、おしゃれなファッションと洋菓子の街としても有名だ。
彼はそこで、サラリーマンの父と介護職の母、それに八つ年下の弟、穂積と穏やかに暮らしていた。
とはいえ省吾自身は、あまり心おだやかにというわけにはいかなかった。
なぜなら彼の心の中はこのとおり、男の子としてのそれではなかったからだ。
省吾の初恋は、なんと幼稚園のころだったという。
もっとも当時は、同じなんとかぐみの友達として仲良くしていた少年たちのひとりを、特に大好きだったという認識でしかなかったらしい。だから省吾自身、「あれがそうだったのか」と気づくまでには、そこからさらに数年かかった。
二度目は、小学校にあがってすぐ。担任になった、まだ二十代らしい若手の男性教師がその相手だった。新一年生を担当する教師はある程度キャリアのある人がなるものだったが、彼は若いなりにも責任感が強く、なにより明るくさわやかなスポーツマンで、子供みなに分け隔てなく接することのできる人だった。
三度目は、四年生で同じクラスになった同級生。もちろん少年だった。背は高いがおっとりとやさしい彼を、省吾は心のうちでひっそりと慕っていた。無論、顔にも態度にも出さなかった。
その少年はそれなりに女子にも人気があったけれど、単なる「同性の友達」として彼女たちよりもずっと彼に近い場所にいられることを、省吾はひそかに喜んでいた。ただしそれは、あくまでも「同性の友人」としてのことであって、ある一定以上の距離を縮めるなどはかなわない話だったのだけれども。
ちなみにこのころ、同じクラスに男の子連中からいつも「オカマ」と囃し立てられている、色白の小柄な少年がいた。ほとんど話もしなかったので、彼が省吾と同じような種類の人であったかどうかは定かではない。ただ、細っこくてなよなよしていて、人目のないときなどに例の省吾が気になっている少年のことを時々じっと見つめていることがあったところを見ると、どうやらそうだったのではないかと思われる。
ともかくも、クラスのみんなはその子をからかうことに熱心だった。女の子たちは例によって「男子ってほんっとガキね」とばかり、一連の騒ぎを冷ややかに見ているところがあったけれど、少なくともだれもその少年をかばったり、からかいをやめさせようとはしなかった。
もちろん、省吾もその一人だった。要するに、積極的にその行為に加担することもなかった代わり、ただ見て見ぬふりをする大多数の生徒と同じような態度でいた。
そうするうち、男子たちの「からかい」は次第にエスカレートした。省吾の知っている限り、その子のノートに汚い落書きがなされていたり、上履きがどこかになくなったり、からりと晴れた日だというのになぜか彼だけが全身びしょぬれの姿で下校したりという度の過ぎたことが、ぽつぽつと起こり始めていたのである。
そうして。
五年生にあがったころ、その少年はひっそりとほかの学校へうつっていった。担任はごく普通の顔で「親御さんのお仕事の都合で」と説明していたけれど、本当かどうかは分からない。
省吾はそのことで、思った以上に自分が傷ついていることに、ずっとあとになってから気がついた。なぜなら自分自身がそうと認めるのにも、かなりの時間を要したからだ。
つまり、彼を庇ったり、いじめの最中に割って入ったりすれば「どうしてお前がそんなことをするんだ」と、「お前もそいつの同類なんじゃないか」と疑われるのが恐ろしかったのだということを。
ともかくも。
省吾が好きになるのは、いつも男子なのだった。
小学校でも中学校でも、クラスで目を引く男の子、女の子たちに人気のある男子のことは、たいてい省吾も気になって、見るともなしにいつも目で追ったりしたものだった。そのくせ、男子の友達が女の子のことを「あいつ、可愛いよな」と評するような会話には、どうもぴんとくるものがないのだった。
いや、素直に「かわいい」とは思うのだ。だから「ああ、そうだね、かわいいよね」と返事は返す。だけれども、それら男子が言う「かわいい」と、自分の言う「かわいい」には大きな隔たりがあることに、省吾は次第に気づいていった。
なにより、自分はその女の子たちが着るような、ピンクや薄いパープルやブルーの、リボンや音符の模様のついた可憐なデザインのシャツやスカートがひどくうらやましかった。髪を長くのばしてあみこみにしたり、かわいらしい髪飾りで装ったり。そういうすべてが、自分のただ短く刈り込まれた髪をかきむしりたいぐらいに羨ましいこともあった。
だから省吾の言う「かわいい」は、「自分もあんな格好ができたらいいのに」という意味での、膨張しきった羨望をこめた「かわいい」だったのだ。
学校では本当は禁止されていたけれど、とりわけヴァレンタインデーなどが近づくと、そのことは顕著になった。それは今の日本では、「女の子」が「男の子」にチョコレートなどを渡すイベントということになっている。
クラスの女子たちがわいわいやって、目当ての男の子に何をどうやって渡そうかと集まっては色めき立っている姿を、省吾はいつしか心の中で指をくわえて見ている自分に気づいた。
ついでながら、省吾自身は心の底から渡す側に回りたいと思っていたのにも関わらず、ほかの男子たちから羨まれる程度には、女子たちからのチョコレートを受け取る立場にあった。
省吾はこのとおり昔から背が高く、顔立ちもどちらかと言えばかなり「男らしい」ものだった。さらに、本当は自分の本質を人に知られないためのカモフラージュに過ぎなかったのだけれども、比較的寡黙で、女の子を変にからかったりもしなかった。
そういうところがどうやら一部の女の子たちからは「茅野くんは大人よね」とばかり、勝手に誤解され、好意を寄せられる理由になってしまっていたらしい。
もちろん気持ちのこもったものについては丁寧にお礼を言い、ホワイトデーのお返しにも頭をひねったのだけれども、彼女らの気持ちに対しては当然のこと、いっさい応えることはできなかった。
学校内で直面したことは、もちろんそればかりではない。
体育や水泳の授業の前、男女で分かれて着替えをおこなうとき、省吾にはどうしようもない違和感がずっとつきまとっていた。なによりも、省吾は自分の体をほかの男子に見られたり、触られたりするのが嫌だった。それはなにかもう、本能的なものであって、省吾自身にもどうにもできないことだった。
そのころにはもう、男の子と女の子の体の違いについてははっきり認識していたし、省吾自身、自分の体への違和感というのか不快感というのか、そういったものに悩まされ始めてもいたからである。
だが、嫌だということを表現することは許されない。お調子者の男子などが「なんだカヤノ、おまえ肌きれーだなあ!」などと言いながらふざけて触ってくることも、ひどいときには股間に手をつっこまれたりすることも、本当は怖気をふるうほどに嫌だったのだけれど、一応「やめろバカ」などとは言いながら、笑って我慢するしかなかった。





