15 エルフの令嬢と“イベント” 後編
そこからどれくらい歩いたかジンにはわからなかったが……話を切り出したのはテレンスだった。
「何を思ったか、深くは聞かない。確かにソルお嬢様の耳は痛々しいことこの上ない。だが、お前の表情はそうではない。もっと重大なことに気づいた、そんな顔だ」
テレンスは短く話を切り、再度つづけた。
「教えてくれ。お前は何を考えた? それがお嬢様の更なる危機に繋がるなら、どうにかして解決したい」
テレンスの心意気に……ジンは答えに窮した。
(俺が転生者であることを明かしてもどうにもならないし、イベント通りに事が進む保証もない。ただ偶然が重なったといえばそれまで。だが……だが……それでソル殿やテレンス殿、そしてハクタの住民たちが死んでしまったら? 俺にその責任が、全くないと言えるんだろうか)
ジンは、自分の口を開いた。
「なあテレンス殿……今からいくつか質問をする。妄言と聞き流してくれてもかまわないが、真剣に答えてくれると助かる」
「……わかった」
「過程は説明すると長くなりすぎるから省くが……そうだな……今からソル殿を生存させるために、2つの手段があるとする。1つは最低でも3日、ソル殿がゴブリン達から逃げ回り生きながらえること。ただ、さっきの状況から考えて、気配を消したゴブリンたちがどこから襲ってくるかわからない。街道を抜けるときにもだ」
「最低でも、ということは、3日以上かかる可能性もあるわけだな?」
「……そうなるな」
ジンの答えに、テレンスは腕を組んで深く考えている様子であった。
しばらくして、テレンスが答える。
「1つ目はわかった。2つ目は?」
「……2つ目は敵の大将、つまりゴブリングレートを倒すこと」
少なくともこれで拠点防衛は果たされるはずだとジンは考えている。とはいえ、ゴブリングレートがゴブリン達全てを指揮しているとまでは思っていない。
ゴブリンは今まで見てきた通り、同族で意思疎通ができる程度には知能がある。
大将を倒すことで群れの士気は一気に落ちるはずだし、普通のゴブリン相手ならハクタの町の冒険者でも対応できるためだ。
ジンの言葉に、テレンスは少し語気を荒げて返す。
「ではそのゴブリングレートを倒せる冒険者は、どこにいるんだ?」
「ハクタで話した通り……今から俺がそうなるんだ」
テレンスはジンの言葉に、大きくため息をついた。
「確かに、聞くにも値しない妄言だな……無職のやつに何ができる?」
「……無職じゃなくなるなら、どうだ?」
「まさか、今から祝福を受けるというのか!? あれは年1回の祝福の日に、教会から職業を授けられる以外にできない。いくらお前でもそれはわかるだろう」
「そうではない方法を俺は知っている! ただ、それを果たすためには時間も金も無い……」
ここでジンは、自分でも思ってもみない行動に出た。
テレンスに対して、深々と頭を下げていたのだ。
「テレンス殿、妄言だと嗤っているのはわかっている。だからこそ1日だけで全く構わない。ソル殿を町で保護して丸1日、俺と一緒に森の近くでゴブリン狩りを手伝ってくれないか。無論テレンス殿自身やソル殿の命を優先してくれて構わない。頼む!」
「今日1日だけでもよろしいですの?」
ジンの言葉に反応したのはテレンスではなく、本来馬車近くにいるはずのソルだった。
「お嬢様! なぜこちらに!?」
「これほど時間を空ければ心配にもなります。話一つ聞くのに、いったいどれくらいの時間がかかっているのです?」
米粒ほどに遠くに見えていたはずのハクタの壁が、もうすぐそこまで迫ってきていたことに、ジンは気が付いた。
「……返す言葉も、ございません」
「テレンス。確かにジン様の言葉は荒唐無稽と私も思いますが……私の身を本気で案じていることくらい、わかります。それに街道がふさがっているのなら、私達はハクタの町以外に移ることはできません。もし1日だけで私自身の命がつながるなら、賭けてみる価値はありますわ」
それに、とソルは続ける。
「私と貴方が離れるのは1日だけですわ。その間は冒険者ギルドで大人しくしておりますから心配ありません。更に言うなら、私からジン様への依頼はゴブリングレートの討伐ですわ。例えジン様の話が嘘であったとしても、目標は変わりませんの……テレンス、私からの命令です。ジン様に協力なさい」
「……御心のままに」
不服そうなテレンスではあるが、主君からの命令を膝をついて受け取った。
「……これでよろしくて?」
「……ああ、十分だ。ありがとう」
そうジンに語りかけるソルの顔は普段以上に絵になるものであった。
町に戻ったジン達は、森から救出した冒険者たちと保護対象であるソルをギルドに引き渡し、すぐさま森へと出向いた。
「それで、具体的にどうするつもりなんだ?」
馬車に揺られながらもテレンスはジンに語りかける。が、声色からは未だに不信の念が見て取れる。
「やる事自体はシンプルだ。まずはレベルを上げつつ金を稼いで、短剣を購入する。そこから3日後まで、できる限り多くの魔物を短剣で狩る……以上だ」
「職業はどうするんだ?」
「俺の知識が正しければ、この二つをやっていれば自然と得られる。……と言っても信じてくれないだろう。なに、ソル殿からの当初の依頼通り、レベルアップに付き合ってくれればいいんだ」
「そうは言ってもだな……お前は正真正銘の無職で、とても簡単な話ではないと思うのだが……」
「テレンス殿についてきてもらっているのは、言ってしまえば保険だ。俺が動けなくなったときに、ソル殿にそのことを伝えて欲しい。場合によっては隠れる場所を探して欲しい、とも」
「……なぜそこまでしてお嬢様に尽くせるのだ? 私のように心身共に忠誠を誓っているわけでもないだろうに」
「自分の目の前の人間が死ぬかもしれないんだ。自分が助けられる範囲であれば、たとえ付き合いが短くとも助けてやりたいと思うものだろう?」
(建前上こう言ってはいるが……本当にそんな気持ちが働いているのかもしれないな)
ジンは言いながらもそう考える。
ジンの目標は、この世界の全てを集めること。
であればイベント限定アイテム扱いの“風の祝福の杖”は、意地でも欲しいものの1つだ。
ただ、それが善人の持つ物であった場合、奪ってまでその手に収めようと思うほどジンは落ちぶれてはいない。
(イベントのように、複製がもらえれば一番いいんだけどなあ……)
そんなことを思っていると、馬車は減速を始める。
馬車の窓を開けると、約3時間ぶりだろうか。街道を包むような森が見えた。少し傾いた陽に照らされてもなお、鬱蒼とした雰囲気は変わらない。
「さて、到着したようだな」
馬車が完全に止まるとジンとテレンスは降りた。
テレンスが不安な様子でジンを見つめるが、ジンは構うことなく自分の手と拳を突き合わせて気合いを入れる。
(今から俺の糧になってもらうぞ、覚悟しろよゴブリンども!)




