14 エルフの令嬢と“イベント” 前編
ゴブリンの群れを倒したジンたちは、森から出てきた冒険者たちを馬車に乗せ、歩いてハクタの町に戻っている。
あの後、冒険者たちは助けてくれたソルにお礼を言うと、緊張の糸が切れてしまったのか気絶するように眠ってしまった。
助けた手前起こす訳にもいかず、冒険者を馬車いっぱいに寝かせているため、ジンたちは馬車に乗れないのだ。
冒険者たちを運んだのが一番体にこたえたな、と思いつつも、ジンはソルに声をかける。気になることが山ほどあった。
「ソル殿……貴女はエルフだったのか」
彼女自身が話してくれたこともそうだし、何より彼女の魔法がその正体を示してくれていた。
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シルフアロー 【魔法】【範囲】
風霊シルフの力を借りた矢で
風・精霊属性の中ダメージを与える。
着弾時の爆風も威力を持つ。
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精霊属性の魔法は使い手が限られており、その中でもシルフアローは風属性のエルフのみが使用できるからだ。
覚える時期に対して消費MPは高めではあるが、精霊属性の耐性持ちは少なく、長く活躍できる魔法である。
「隠してしまって申し訳ありません。安易に正体を明かすと面倒ごとに巻き込んでしまうと思っておりました」
そう言いながらも、ソルはその綺麗な髪をかきあげてみせる。
エルフといえば長い耳をイメージするのだろうが、ソルにはそれが無い。途中でちぎられたように短くなっていたのがわかった。
魔法もあるこの世界、完璧に治療できるはずなのに、真っ赤なその傷は痛々しいことこの上なかった。
「…………俺は、亜人間を実際に見るのが初めてなんだが、なんというか、迫害みたいなものがある……のか?」
「私が答えよう」
そう言ったのはテレンス。ジンは思わず彼の耳を見てしまうが、全くもって普通の人間のものだ。
「お嬢様がある貴族家のご令嬢であったことはお前に伝えたが、お嬢様は実のご両親をご存知でないのだ。当時私は駆け出しの騎士であったが、とても驚いたのを覚えている。お館様がエルフの子供を拾ったのだ、と」
「その頃からテレンスは私に付き従ってくれたのですわ。ありがとう、テレンス」
ソルの言葉に、テレンスは少しはにかみながら顔を逸らした。
ソルもそんなテレンスに、嬉しそうに微笑みながら続ける。
「お父様は、生まれの分からない私を沢山可愛がってくれましたわ。それこそ、実のご子息様方と同じように職業を授けていただくほどに……。お父様の実のご子息様方とも、うまくやっていたのですよ。ですが、夫人様方のどなたかは、私のことを気に入らなかったのでしょうね……少しずつ、大切なものを奪っていきましたわ」
さっきまであった微笑みは暗い影を落とし、その美しい唇は震えていた。
その様子を見て、またもテレンスが助け舟を出す。
「他のご子息様方と疎遠になり、護衛の騎士を減らされる程度ならまだ良かった。ただ忘れもしない、ちょうど10日前。私の席を外している一瞬のうちに、お嬢様は何者かに襲撃され、その美しく長い耳を失ってしまわれたのだ!」
テレンスはそう言いながら、腕全体が震えるほど強くその拳を握りしめた。
「さらには、その数日後、どういうカラクリか、お嬢様のエルフとしての力が使えなくなってしまったのです」
どういうことだろうとジンは思うが、ソルは続ける。
「私の使ったシルフアローは本来魔法使いが覚えるものではなく、エルフの血筋を持つものだけが覚える“種族魔法”ですわ。……ですが先程使った私の杖はお父様からの誕生日の贈り物で、精霊を操る力を増すことができる杖、という触れ込みでしたの。私はお父様を感じられる唯一のものとして肌身離さず持っていたのですが……まさか本当にそんな力があるとは思いませんでした」
と、ソルは腰にさしてある短杖をジンに見せてきた。杖の意匠は随分と変わってしまっているが、先端についている鉱石、緑色で中身が渦を巻くように動くそれには見覚えがある。
(風の祝福の杖……! ということは……)
風の祝福の杖は、MPを多めに消費することで、現在のレベルでは使うことのできない風属性の魔法を使うことができる短杖だ。
エルフが使用した場合は精霊魔法もこの対象になる。確かにこの杖を使えば、例えエルフの種族レベルが1でも、装備品などでMPが足りていればシルフアローなどの精霊魔法を使用できる。
「少し話が逸れましたわ。そういうわけで私達は、襲撃者から逃げるようにハクタの町にやってきました。町を治めるノーマン男爵はお父様と深いお付き合いのある方。夫人様方から嫌がらせを受ける前に何度もお会いしたことがある方です。彼であれば私のことを保護してくださると考えたのですわ」
「とはいえ、その道中にゴブリングレートをはじめとしたゴブリン達に襲撃を受けてしまったのだがな……おい、ジン、どうした?」
ジンは風の祝福の杖を見て以降、ほとんど話を聞いていなかった。
通常使えないスキルを持つ魔物。
封印されたエルフの力。
そのエルフを救うように“現れる”アイテム、風の祝福の杖。
そして、それらが10日前から始まっているという事実。
それらが全て線につながり、最も考えたくなかった可能性のうちの一つが現れてしまった。
(俺の知識が正しいなら、今から3日後にゴブリングレートたちが大挙して最も近くの拠点、ハクタの町に襲いかかる。そしてその中で“風の祝福の杖”を持つエルフが命を落とすかもしれない……)
ジンの頭にあるのは、EWO内で実施された期間限定クエスト『風の巫女を救え!』
イベント報酬はソルが持っている“風の祝福の杖”。魔物の侵攻に対する拠点防衛の功績として、自分の杖と同じ力を持つレプリカ品を風使いのエルフから貰うことができる。
EWOに限らず、MMOなどのネットゲームではこうした期間限定イベントが絶えず実施されている。
コレクターのジンは当然その全てをこなし、全てのアイテムを入手していた。当然ストーリーの概略くらいは頭に残っている。
これがゲームであれば、たとえプレイヤーが介入しなくとも拠点防衛は成功し、イベント期間終了となる。
では、現実にハクタの町の防衛ができるか……と言われれば、ゴブリンの数次第なところもあるが、まず不可能だ。敵の大将とも言えるゴブリングレートを誰も倒せないためだ。
その場合、優先されるのはEWOのストーリーか、それとも現実に起こることか。
(……頭の片隅で考えてはいた。固有名を持つアイテムは限定イベント報酬だったことも多い。そしてそのイベントを逃せばアイテムは基本手に入らない……。では転生したこの世界がEWOと似通った世界だとして、イベントを始められなかった、あるいは未完に終わった場合。その固有アイテムを持つ人物は、どうなってしまうのか)
思考がぐんぐんと加速するが、収束しない。
「おい! ジン!! 聞いているのか!?」
テレンスの大声で、ジンの意識がようやく現実に帰る。
テレンスは最初に出会った時以上に、警戒が強い表情をしており、ソルはジンをじっと見つめつつも困惑している様子だった。
「……すまない、考え事をしていた」
「そのくらいはわかる。だが、お前の表情は異常だぞ。……お嬢様、少しジンとともに席を外してもよろしいでしょうか」
「……許可します。ただ、そのような表情のジン様を、あまり責めてはなりませんよ」
「心得ております」
自分はいったい、どんな顔をしていたというのだろうか。
そんな疑問と、EWOにおけるイベント。それぞれを交互に考えつつも、ジンとテレンスは馬車の少し後方から歩き始める。




