8 見たことのない“ゴブリン” 後編
「確かにレベル20を超える強さなら、魔鉄以上の冒険者が安定して戦える強さではあるが……何か弱点はないのか?」
そう聞いてきたのはクラインだ。
ここからが勝負だ、とジンは気を引き締める。
嘘のない情報を提供した上で、職業を獲得し、ゴブリングレートに挑むための下地を作らねばならない。
「魔法の集中砲火を浴びせられれば、レベルが低くても比較的楽に倒せるだろう。だがゴブリングレートに弱点属性は無いし、ゴブリングレートを魔法使いに近づけないようにするタンクの役割ができる人間が必要だ。タンク役には、最低でも魔鉄冒険者以上の耐久力が欲しいと思う」
具体的には騎士の上級職の上位騎士とかだろうとジンは考えるが、職業名までは口に出さない。
「ギルド長にも質問なのだが、この町の冒険者でゴブリングレートを討伐できそうか?」
「情報通りなら無理だ」
クラインは間も置かず断言した。
「現在この町で登録されている最高ランクの冒険者は、魔鉄になりたてでテレンス殿と同じ騎士レベル16。テレンス殿が対応できないとなると無理だろうな」
「なら魔法使いもしくはレベル10以上の盗賊を10人ほど揃えることは?」
「そっちは不可能ではないが、盗賊の連中を連携して戦わせることは難しいだろう。というかなぜ突然盗賊が出てくるんだ? 盗賊の職業を持つ冒険者は魔法使いや僧侶以上に少ないぞ?」
まあ基本職がほとんどだと言われるこの世界では、そうなってしまうのか、とジンは考える。
本来盗賊は、基本職の中で最も対魔物の戦闘が苦手である。素早いが攻撃力も防御力も低めで、適正武器の短剣は非常にリーチが短いためだ。
……まあそれは基本職であれば、の話なのだが。
「そうか、わかった……ちょっと趣旨の変わる質問になるが、ゴブリングレートがいると思われる森を避けて別の町へ避難したり、別の町の魔鉄冒険者に救援を頼んだりはできるか?」
「町全体での避難は、現段階では考えておりません。街道そのものの安全が保証できませんから。それとは別に、他の町への救援要請は既に行っています」
この質問には後ろに控えるシアンが答えてくれた。
「ジン様からいただいた情報はまだありませんでしたから、手始めに、魔物の種類を調査する依頼を別のギルドに出している状況です。仮にすぐ対応できたとしても、街道の先の隣町からゴブリングレートが発見されたと思われる場所まで、馬車でおよそ2日かかります。依頼を受けられる冒険者の選定や準備も必要ですから、すべて順調に進んでも1週間ほどはかかると思われます」
ジンはシアンの言葉を受け取り、自分の知識とすり合わせる。
(いずれは討伐されるだろう、ということだろうが……隣町でいきなり魔物や冒険者が強くなりすぎることはないだろうし、もっともっとかかると見てよさそうだ)
よしよし、とジンは心の中でほくそ笑む。
「ありがとう……1つ、お願いがあるのだが」
ジンは意を決してテレンスに向き直り、言葉を切り出した。
「テレンス殿、俺に稽古をつけてほしい。最低でもゴブリングレートに傷をつけられるようになれば、勝機はある」
「本当か?」
「ああ。もちろん今までの情報を信じてくれるのなら、だが」
そう言うとテレンスはジンを訝しむような視線を向けてきた。
「あー、すまないジン君。テレンス殿には事前に、君の情報として職業とレベルのことを伝えてしまっているんだ」
なるほど、確かに無職レベル3が騎士レベル16でも敵わない相手を倒すと言っているのだ。怪しまない方が無理というものだ。
(本当はもう少し折を見て話したかったんだが、仕方ないか)
「分かっているなら尚のことお願いしたい。無職の俺がダメージを与えられ、生還できると証明できれば他の冒険者たちも協力してくれるはずだ」
自分でも少し苦しい内容であることはわかっているのだが、今あるチャンスを逃したくはない。そう思ってジンは頭を下げる。
するとテレンスはその重い腰を上げた。
「訓練場はどちらにありますか、クラインギルド長」
「訓練場ならギルド内にありますが……本当にやるつもりですか、テレンス殿? 私も正直、彼がこんなことを言い出すとは思ってもみなかったことです」
「私はこの男が今回の騒動の黒幕、もしくはその関係者ではないかと考えておりました。魔物の情報提供も、魔物に対する的確と思われる対抗策も、嘘をついてしまえば多数の冒険者を殺せるためです。……直接会話した今も、その思いは消えておりません」
ただ、とテレンスは続ける。
「この男には何としてでも強くなりたいという強い意志を感じます。故に、ここでその精神を折ります。騎士と無職の差を見せつければ十分でしょう」
「いくら町長から保護されている立場とは言え、うちの冒険者に言って良いことと……」
「いいんだ、ギルド長。訓練だから勝つ必要はない。手っ取り早く経験を積みたいだけなんだ。……案内を頼む」
ジンの言葉を聞いたクラインは一瞬シアンとアイコンタクトを取り、諦めたようにため息をついた後に歩き出した。その手はついて来いと合図をしていた。
訓練場に到着し、練習用の武器として選んだ木の短剣の感触を確かめつつ、よしよし、と考える。
(さて、ここまでは計画通りだ。後は俺がどれだけテレンスに食らいつけるかだな)
先ほどの勝つ必要はない、というジンの言葉に偽りはない。
EWOでは、無職が、自身よりレベルが上の無職以外の職業と戦うことで、魔物を討伐する時よりもかなり多くの経験値を得ることができた。
そして得られる経験値は善戦すればするほど、レベル差があればあるほど増える仕様だ。
(もともとはサブキャラ育成加速用のシステムの一つだったが、この世界にも実在してくれるとありがたい)
実在しない場合でも、訓練自体に特にデメリットは無いため、試してみたかった内容である。
ジンの企みの終着点は、盗賊になることだ。
裏技的な職業を得るための条件の一つが、無職の上限レベルであるレベル10に到達することなのだ。
そして盗賊になれれば、ジンの知る方法でゴブリングレートを討伐することも可能になる。
ただ、例のゴブリンがもっと強い魔物の可能性もあった。その場合は本当のことを知らせた上で、何としてでも拠点を移すつもりだったが。
とはいえ、本質的には盗賊になることとゴブリングレートを討伐することは全く別の案件だ。それでも危険を冒してまでゴブリングレート討伐に赴く理由はというと、
(ゴブリングレートの通常ドロップアイテム、“グレートなバングル”は火力が不足気味な盗賊なら是非とも装備したいアイテムの一つだからな。それに、今を逃したら次に野生で会うのはいつになるか分からない)
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グレートなバングル 【装飾品】
物理攻撃力が少し上昇する。
ゴブリングレートが落とすバングル。
装飾もサイズもなかなかにグレート。
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グレートなバングルはゴブリングレート固有のドロップアイテムで、装備者の物理攻撃力を10%上昇させる。
割合での上昇のために、序盤での能力上昇量は高くないが、装備を買うことすらままならないこの世界での恩恵は大きい。
またテレンスの話が本当なら、この世界では魔法が付与された武器は平民では持てないほど高価なものらしい。
であれば、特殊な効果を持った装飾品は同様かそれ以上に高価である可能性が高い。つまり次にゴブリングレートに会うまで手に入らないかもしれないのだ。
(貴重なお宝かもしれないんだ。多少の無理はする価値がある)
そう気合を入れて訓練場の試合スペースへと足を進める。
正面に立つテレンスは、服装はそのままだが右手に木の剣、左手に鉄の盾を装備している。先ほどの話であったように、剣を使う騎士のようだ。
(盾は厄介だが、武器が剣ならやりようはある)
試合開始時の立ち位置に着くと、ジンは深呼吸をしてテレンスを再び見る。
テレンスもジンのことを静かに見つめており、一切の隙が見当たらないように見える。
どう攻めていこうかと考えているうちに、2人の間に立つクラインから声がかかった。
「この模擬戦は私が審判を行う。通常の模擬戦と同様に、相手が気絶・ないしは降参を宣言した場合、もしくは私が模擬戦を止めた場合に終了とする。魔法の使用は禁止とし、スキルについても殺傷性の高いものは使用禁止だ。……双方準備はいいか」
「ああ」
「もちろんです」
「では、模擬戦始め!」
クラインの掛け声とともに駆け出したのはテレンスだ。剣を肩口に構え一直線にジンを目指す。その速さは今まで見てきたスライムたちとは大違いだ。
(振り下ろし、もしくは袈裟切りの構え!)
思うと同時にジンも動いた。テレンスの右手の剣よりもさらに右にステップ。
「ふッ!」
とテレンスは息を強く吐き出すと同時、剣を斜めに薙ぐ。ジンの右への移動は大した移動量ではないために、振り下ろしの角度を少し変えるだけで問題なく届くと判断したからだ。
ただ、ジンの読みはその先を行く。
「はッ!」
ステップを終えてテレンスが剣を振り始めるよりも数瞬早く、ジンは体を前に動かしていた。利き手ではないが左手には木製の短剣が握られている。
2人の身体が交差した瞬間、大きくのけぞったのはテレンスだった。体格・移動の速さを考えればあり得ない光景といえる。
ジンは左手の短剣をほぼ真横に振りぬいており、テレンスの脇腹を狙って攻撃することで“カウンター”を成功させた。
(ふう……さっきの応接室での発言から、最初は力に任せた攻撃だろうと考えていたがその通りだったな。“カウンター”の吹き飛ばし力が3倍になる仕様を生かせば何とか戦いの形になりそうだな)
と思うが、吹き飛ばされたテレンスはすぐに立ち上がる。無職のジンの攻撃力では、カウンターをもってしても騎士の防御力を抜いてまともなダメージを与えることができない。
(攻撃力、防御力、素早さ……身体能力全てに劣る俺がテレンスに対抗できるのは、EWOで培った莫大な知識と経験だけだ。とことん食らいつかせてもらうぞ!)




