1 逃避行
ジンが白鳥の旅立ち亭で、転生してから初めての夜を過ごしているさなか。
ハクタの町から北にある森で、戦闘が行われていた。
片方は2人組のパーティーだ。ただ、首元にネームタグはない。
1人は小柄な少女。緑色の石が先端に埋め込まれた杖を敵に向けて構えている。フードを目深にかぶり、簡素なローブを身に纏っているため、その容姿はほとんど分からない。
もう1人は、少女と対照的に大柄な青年。金属の鎧とガントレットを身につけ、剣と盾を構える。彼が纏っていたと思しきローブは、ボロボロになって地面に落ちていた。
濃い茶色の短髪に、精悍な顔つきをした青年だが、今は疲れによるものか、表情に苦しさが垣間見える。
彼らが戦っている相手は7匹のゴブリンの群れだ。
ゴブリンは1メートルに満たない背丈と醜悪な顔を持ち、棍棒のような武器と、急所を隠すぼろ布を身につけた魔物だ。
1体の戦闘力はスライムに毛が生えた程度だが、常に集団で行動し、他の魔物より知能が高めで、比較的高度な連携を行うことができる。
そのため大規模な群れとかち合った場合は、熟練の冒険者でも苦戦することがありうる厄介な魔物だ。
膠着状態から先に動いたのはパーティー側だ。
杖を構えた小柄な方が自身の魔力を使用し、呪文を行使する。
「“ウィンドカッター”!」
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ウィンドカッター 【魔法】
真空の刃を放ち、風属性ダメージを与える。
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呪文を唱えると杖の先に魔法陣が展開、不可視の刃が飛翔する。向かう先はゴブリンの群れのうちの1匹だ。
ゴブリンはその魔法陣に反応したが、回避しきることができず魔法が命中。左手足を失って倒れ、起き上がることはなかった。
「お嬢様! このような雑魚、私一人で十分です!!」
と、剣と盾を構えた青年が小柄な少女を守るようにゴブリンの群れとの間に立ち塞がり、魔法発動の隙を狙って飛びかかってきたゴブリンを、一閃で切り捨てた。
「貴方に任せっきりというわけにはいきませんわ! それよりも、目的地はまだですの!?」
お嬢様と呼ばれた少女はいつでも魔法を発動できるよう、ゴブリンの群れに向けて杖を向け続けている。
杖を向けられた残る5匹のゴブリンたちは、そこから放たれる攻撃がこちらを殺しうることを理解したのだろう。
武器を構えたまま距離を取り、少女から目を離さず、グギャグギャと小声で意思疎通を図る。
パーティーを組む2人に、ゴブリンたちが何を言っているのかは当然理解できない。
だが、5匹はそれ以上踏み込まず、武器を構えたまま二人を足止めするように距離を保った。自分たちだけでは敵わないと判断し、仲間の到着を待っているのだ。
遠距離の魔物の気配がわかる者なら、10匹以上のゴブリンと、上位種のゴブリンが静かに迫ってきていることが理解できるはずだ。
ただ、少女の職業は魔法使い、青年は騎士。
斥候の役割を果たせる盗賊や弓使いがいない以上、この膠着状態が続くと他のゴブリンが向かってくるかもしれない、くらいまで推測するのが限界である。
2人はこれ以上の戦いを避けるため、後退を始めた。
2人は冒険者としては一人前以上と呼ばれる金、あるいはそれ以上の実力を持っている。しかしながら、相手が魔物の群れなら、無傷で切り抜けることは非常に難しい。
特に後衛の少女は軽装であり、職業の問題もあり命を落とす可能性すらある。
そんな危機的な状況を前に、後退しながらも青年は少女に声をかける。
「ハクタの町はこの森を抜けた先にあります。恐らく明日中には辿り着けるでしょう。……抜けた先は平原で、スライム以外ほぼ魔物がいないと聞きますから、今夜のようにはならないと思います」
彼らはこの森の中にゴブリンの集団、あるいは集落クラスのコロニーがあることを知っており、それらを避けて通る道筋や、やり過ごす方法をある程度身につけていた。
しかしながら、野宿をしている最中にゴブリンとは別の魔物の襲撃を受けてしまった。
襲撃者はこの森には生息していないはずの強力な魔物で、火をまったく恐れずに近づいてきたため、2人は野営を切り上げ逃げるように旅路を急いだ。
幸い魔物を振り切ることには成功したが、ゴブリンの縄張りに足を踏み入れてしまったらしく、相対する羽目になってしまったわけだ。
ゴブリンはウルフなどの獣タイプの魔物ほどではないが、縄張り意識は強い。特に縄張りの奥深くまで入ってしまった場合は、縄張りを脱出してもしつこく追ってくることもある。
「森の外の魔物が弱いのなら希望がありますわね。まだまだゴブリンやあの魔物が追ってくる可能性もありますし、早く抜けてしまいたいですわ」
話しながらも少女はさらに呪文を唱え、また1体のゴブリンが地に倒れ伏す。今度は詠唱の隙を狙われることはなかった。
「テレンス、少しだけ時間を作って頂戴。一気に倒して森の外へ行きますわよ」
「かしこまりました、お嬢様」
その言葉を受けた騎士のテレンスは自身のスキルを発動させる。
「“挑発”。私が相手だ、ゴブリン!」
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挑発 【Aスキル】
【範囲】【発動条件:盾装備】
自分を中心とした範囲の敵に
“挑発”状態を与える。
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“挑発”は騎士が盾を装備している場合に発動でき、相手の攻撃対象を自分に固定するスキル。
ただし、攻撃範囲の広い魔法を使う敵や対人では通じない場合も多いため、実質的に対魔物専用のスキルとなっている。
挑発が成功したのか、今まで少女の方に顔を向けていたゴブリンたちもテレンスの方に向き直る。同時に4匹のゴブリンが一斉に跳び掛かってくるが、恐れる必要はない。
なぜなら、テレンスは自分の役割を果たしたのだから。
「刻まれなさい! “サイクロン”!」
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サイクロン 【魔法】【範囲】
小規模な旋風を発生させ
範囲内に風属性ダメージを与える。
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呪文を唱えた瞬間、少女の杖も光りだし魔法が発動する。
ゴブリンの真後ろに、半径2メートルほどのつむじ風が現れ、ゴブリンたちを飲み込んでいった。
にもかかわらず、それに手を伸ばせば触れられそうなテレンスにはまったく影響がない。
“サイクロン”はすぐに収まったが、襲ってきた4匹のゴブリンは切り刻まれ、その場に倒れ伏していた。
「今の音で魔物が寄ってくるかもしれませんわ、早く逃げますわよ!」
「かしこまりました。……私に影響を及ぼさず、ゴブリンのみ討ち取る魔法のコントロール、お見事です」
「こんな時によして頂戴。ゴブリンを引き付けてくれた貴方のお陰でもありますのよ」
2人はそんな雑談をしながらも、森の悪路を走る。
ハクタの町まで、もうすぐだ。




