1 最後の称号「ジョブマスターズ」
勇者が剣に光を集め、流星のような一撃を魔王へと叩きつける。
巨竜の姿をした魔王の体力が0になる。
そして、ボス討伐完了のイベントムービーが流れる。
ゲームの一つの終着点ともいえる、“魔王”の討伐が成された。
このゲームはエバーワールド・オンライン――通称EWO。
ネット世界にその名を轟かすMMORPGの一つである。
内容は西洋ファンタジーの世界観を踏襲しつつ、ストーリーとしては魔王の討伐、犯罪者組織の壊滅など、いわゆる王道を行くものだ。
さらには釣りや農耕などのスローライフ要素、髪型や服装、顔の造形など細かなところにもこだわれるアバター要素を備え、自由度の高さをウリにしていた。
ここまで聞くと正直どこにでもありそうなMMOであるが、この“自由度”が段違いに高い。
プレイヤーが選べる種族は100種、職業は300種以上。
しかもEWOでは、収集と育成そのものが主要コンテンツとして位置づけられており、1アカウントにつき最大500体までキャラクターを作成できる。
また、同一アカウントで作成したキャラクターを、同じクランへ所属させることもできる。
その上、戦闘、生活、アバター、アイテム製作と、遊びの幅はあまりにも広い。すべてを遊び尽くしたと断言できる者など、まず存在しない。
作成できるアイテムやドロップアイテムも相当な数存在し、攻略サイトにすらすべてが載っていないのではないか、と揶揄されることもあるくらいだ。
さて、魔王討伐のイベントムービーが終わると、画面は戦闘リザルトへと移った。
ラスボスを倒した経験値はもちろん莫大である。魔王を討伐した勇者はあっという間に最大レベルになった。
これで、最後に残っていた職業もカンストした。
魔王討伐後は自動的にプレイヤーが設定した拠点に移動されるのがEWOのシステムであるが、そこでゲーム運営からのチャットが届く。
――おめでとうございます! あなたのクラン「三千世界」は称号“ジョブマスターズ”を獲得しました!――
称号。
特定の実績を達成したプレイヤーやクランに授与される勲章のようなものだ。
簡単に手に入るものもあれば、極めて厳しい条件を満たさなければならないものもある。
今回の“ジョブマスターズ”は、名実ともに最難関のものの一つだ。
その取得条件は、「クラン内に、すべての種族、すべての職業が最大レベルで在籍している」こと。
つまりクラン「三千世界」には300体を超える最大レベルのキャラクターが在籍していることになる。
MMOにありがちな、レアアイテムの獲得やレイドボスの討伐など、特筆すべき実績が達成されると、運営はその内容を全アクティブプレイヤーに告知する。
今回も例外ではない。告知が流れた直後、全体チャットが凄まじい勢いで動き始めた。
「三千世界って、あの三千世界か!?」
「すげええええ!!!」
「ついにやりやがった!!!」
「Amazing!!!!」
………………
…………
……
その勢いたるやチャットサーバーが落ちるのではないかと思うほどだ。
だが、この騒ぎの理由は、「三千世界」がゲーム内初の“ジョブマスターズ”だからではない。
“ジョブマスターズ”とは本来、数百人のプレイヤーが協力して目指す称号である。
最大レベルのキャラクターが300体超必要なのだから。
――公式に公表こそされていないが、多くのプレイヤーが知っている。
「三千世界」に所属するプレイヤーはたった一人なのだ。
(やった、ついにやったんだ……!!!!)
画面の前で拳を握り締めているのは、佐藤仁、29歳。
平日は工場の生産ラインで働く、ごく普通の人間――少なくとも、現実世界では。
彼の心は今、達成感であふれている。
佐藤仁は生粋のコレクター気質であった。
まだ幼稚園に通っていた頃、駄菓子屋の軒先にぶら下がっているスーパーボールの景品に心を奪われたことが最初だっただろうか。
親と店先のおばあちゃんに頼み込んですべてのくじを引き、手に抱え切れないほどのスーパーボールを持ったときのえもいわれぬ達成感。
その後、スーパーボールで遊んだ記憶はほとんどない。
それでも、色も大きさも違う景品を残らず手に入れた瞬間の達成感だけは、今も忘れていない。
そんな彼がEWOを知ったのは3年前。仕事の休み時間に別のゲームの攻略サイトを眺めていたときだった。
事前登録の広告が貼られており、なんとはなしに登録したのである。
そしてサービス開始日、ログインしてチュートリアルを終えたとき、EWOのあまりに広大な世界に触れて彼の情熱に火がついた。
(俺はこの世界で、すべてを集めてみせる)
そう決意したのだ。
遊べば遊ぶほど、未知のアイテムや職業が現れた。それらに触れるたび、彼の情熱はさらに燃え上がった。
次々に行われるアップデートにも負けず、時に初心者救済の育成緩和で、数百時間の苦労を過去にされて涙し、時にネットで見知ったプレイヤーたちから無謀だと言われながらも、仁は毎日EWOの世界に入り込んだ。
全種族、全職業のカンスト。
同じ狩場を何百周も回り、転職条件の分からない職業を探し、誰も育てようとしない不遇職にまで時間を注ぎ込んだ。
コレクターの彼からしても遠く険しい、それこそ無限にも思えるほどの旅路だった。
仁は喜びと疲れから思いっきり伸びをした。そのとき初めて、夜が明けつつあることに気づく。
(ギリギリで三徹は免れた……でもやりきってやったぞ!!)
立派なEWO廃人の彼にとって一徹や二徹は当たり前なのだが、三徹ともなるとアラサーの身体には結構キツイ。大型連休でなければ、さすがの仁もここまで無茶はしなかっただろう。
(腹は減ったけど、この達成感のまま少しだけ目を閉じよう……)
ベッドまで移動する気力もなく、仁は椅子の背もたれへ身体を預けた。
……ゲーム画面が静かに切り替わったことにも、気づかないまま。




