3/ラーイウラ王城 -19 最善からは逃げられない
「──ひとまず、くっついた。指を動かせるようになるまで二ヶ月、全治半年ってとこだな」
そう言って、アーラーヤがジグの肩を叩く。
「無茶しやがって、まあ」
ネルが、アーラーヤに頭を下げる。
「……ありがと、アーラーヤ。切断部が炭化してて、あたしの腕だとくっつかなかったから」
「いいってことよ」
「アーラーヤは、ボ、ク、の、奴隷だ。恩は売ったからな!」
ネルが苦笑する。
「はい、買いました」
「次期国王に貸し一つだなんて、さすがボク」
ヴェゼルが満足げに鼻息を漏らす。
「──それで、ジグ。だんまりじゃわからないわよ」
「──…………」
「どうして、あたしの元を去ったの。ダアドに忠誠を誓ったわけでもないでしょう」
当のダアドは、まだ目を回している。
いちおう治療はされていたから、そのうち目を覚ますだろう。
「言っておくが」
ジグが、ぽつりと口を開く。
「半分は、カタナ。お前の責任だ」
「……俺の?」
「お前と初めて手合わせをしたときのこと、覚えているか」
「初対面のときだよな」
「お前は、一瞬で見抜いた。オレが本物の奴隷でないことを。そのとき、あの場には誰がいた?」
「ええと……」
プル、ヘレジナ、ヤーエルヘルは当然いたはずだ。
ネルは、あとから来た気がする。
それと──
「ゼルセンが、いた。俺たちを売ろうとしていた奴隷商人だ」
「そうだ。その元奴隷商人が、ダアドのところに転がり込んだ。そして、情報を売った。ジグ=インヤトヮは、偽りの奴隷であると」
「あっ」
あの野郎!
「偽りであると指摘して、そいつが本物の奴隷であった場合、言いがかりをつけた貴族には厳罰が与えられる。だから、普通はしない。確信があるとき以外は。ダアドは臆病な男だ。その情報を買わなければ、自信満々に俺を脅すことなどできなかっただろう」
そういうこと、だったのか。
「お前は強くなった。ここまで来るとわかっていた。だから、託した。甘ったれた信念を持って目の前に現れたから、試した。それだけだ」
「……悪い」
「何を謝る」
「軽率だったかなー、……と」
「あの時点では、軽率も何もない。お前の眼力が確かだっただけだ。それに──」
ジグが、笑う。
初めて笑う。
「これほど楽しく戦えたのは、初めてだよ」
不思議と、その笑顔が、どこか幼く見えた。
「お前は、強くなった。オレを超えた。オレは、自らをも焼き焦がす灰燼拳で実力を底上げして、ようやく奇跡級上位の枠内に入る。だから、正式に認めることはできないが──」
ジグの視線が、俺を射抜く。
「お前の実力は、今や奇跡級上位に相当する。アーラーヤ、と言ったか。お前はどう思う」
「あー……」
アーラーヤが、後頭部を掻きながら、答える。
「あんなもん見せられちまったらなあ。ハッキリ言って人外同士の決闘だ。超人に片足突っ込んでるわな。神剣とやらで底上げされてるぶんも、まあ、あるんだろうが──それ差し引いてもギリ上位ってところか」
「──…………」
不思議と、嬉しくはなかった。
アーラーヤの言葉が脳裏をよぎる。
お前が努力だと思ってるもんは、甘えくさったお遊びだよ。
俺には神眼がある。
才がある。
棚ぼたで手に入れた才能に頼って、お遊び程度の努力で簡単に強くなれた。
でも、それは、本当に俺の実力なのだろうか。
「──おい」
ジグの大きな左手が、俺の顔をすっぽり覆う。
熱傷は既に治っているよう──
「あだだだだだ!」
アイアンクローを食らう。
「くだらんことを考えている目だ、それは」
バレた。
「どうせ、天賦の才を持っていることに引け目を感じているんだろう。くだらん」
「──…………」
「カタナ。お前の最も優れた才は、神眼ではない」
「……神眼じゃ、ない?」
「たしかに、神眼で飛び級はしている。なければ今頃は、よくて師範級下位だろうな」
師範級下位でも上出来だ。
この世界では、教室を開けるのだから。
「だが、いずれはこの高みへと辿り着く。お前のいちばんの才は、その成長性だ。守りたいもののために強さに食らいつく、その貪欲さだ。ある種の異常性を、お前は持っている。それに比べれば神眼など、児戯にも等しい」
「──…………」
「あと、よく考えろ。お前以外は魔術を使っているんだ。その時点でお前は、大きなハンディキャップを背負っている。この状況で神眼をずるいだのなんだのと言い出すのは、さすがに自分に厳しすぎる。被虐性愛を疑うぞ」
「……いやー、そういうつもりでは」
アーラーヤが、肩をすくめる。
「使えるもんは使っちまえばいいんだよ。全部引っくるめて、それがそいつの強さだ」
それは、いつか俺がヘレジナに言った言葉と同じだった。
「それは──きっと、その通りなんだろうな」
苦笑する。
「……でも、俺は、与えられたことに納得行ってないんだと思う。それはあくまで借り物で、自分のものではないから」
顔を上げ、天井を見上げる。
「ネルとジグには話したことがあったけど、俺はかつて[羅針盤]って能力を持っていた。目の前に選択肢が現れて、その色である程度未来がわかるんだ」
「へえ、皇巫女みたいだね」
ヴェゼルに頷く。
「まあ、そんな感じだな。幾度も助けられた。強敵だって退けたさ。でも、どこか罪悪感があった。ずるをしているような気がした。それに──」
目を閉じる。
ハノンソル・カジノでの出来事を思い出す。
「良い選択肢には、逆らえない。悪い選択肢が幾つも並ぶ中で、唯一安全な選択肢があったとして、それ以外を選ぶ勇気はあるか? 人は、最善からは逃げられない。そこに自由はない。確実な成功を前にして、確実な失敗を選ぶ理由なんてないんだ。仮に、あえて赤の選択肢を選んだとして、それは本当に自由な選択って言えると思うか?」
「──…………」
一同が沈黙する。
「だから、俺は、[羅針盤]が好きじゃなかった。唐突に不自由な選択を突きつけられる。青があれば、青を選ぶしかない。自分が操り人形みたいに思えてさ」
ネルが、眉尻を下げる。
「……便利な能力かと思ってたけど、そう聞くと複雑だね」
「それで、だろうな。自分の努力で手に入れたものにこだわっているのは。自分で培ったものは、自分のものだ。そこに嘘はないだろ。神眼には、まあ、今後も世話になると思うけど……」
ジグが、呆れたように言う。
「まったく、厄介な性格だ。頑固と言うか、なんと言うか」
「頑固って意味では、カタナもジグにだけは言われたくないでしょ」
「それはもう」
「言ってろ」
「あと──、そうだ。ジグはどうして、ここまで俺によくしてくれたんだ?」
「──…………」
しばし沈黙したのち、ジグが口を開く。
「さあな」
ヴェゼルが、にやりと笑みを浮かべる。
「何を照れてるんだ、ジグ=インヤトヮ」
「言ってやるな、ヴェゼル。男には、何も言いたくない時があんのよ」
「そんなの、女にだってあるだろ」
「じゃ、気持ちわかるじゃねえか。よかったな」
「むうう!」
漫才を横目に、ジグの顔を覗き込む。
「まあ、言いたくないんなら無理にとは言わないけどさ」
「……べつに、隠しているわけじゃない。オレには恐らく師範の才がある。お前たちとの修練の日々で、そう感じた」
「そりゃもう。これだけ丁寧に、熱心に指導してくれる師なんて、そうそういないだろ」
「だからと言って、教室を開く気はない。お前たちは、オレの、唯一の弟子だ。だから、オレの持つすべてを叩き込んでやろうと思った。それだけだ」
「……そっか」
思わず笑みがこぼれる。
「ジグ。改めて、ありがとう」
「礼なら、あの三人に言ってやれ。お前を支え続けたのは、あいつらなんだろう」
「……まあ、うん。そっすね」
そう言われると照れくさい。
だいぶ小っ恥ずかしいやり取りを何度もしていた気がするし。
「──さて、そろそろ戻ってくるかな」
ネルが、玉座の間の大扉へと視線を向けたとき、
「おーい、カタナ! ネル! ジグ!」
「ただいま戻りました!」
奴隷の首輪を外した三人が、俺たちに手を振りながら駆け寄ってきた。




