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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部二章 遺物三都
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2/リィンヤン -5 ヒドゥンハン山

 リィンヤンは、ヒドゥンハン山のふもとに興された村である。

 特産物は主に、小麦、大豆、シリジンだ。

 昨夜は、豆醤を加工したスプレッドをパンに塗り、それをシリジンワインで流し込んだ。

 ラーイウラではワインを水代わりに飲んでいる──という情報は真実だった。

 おかげで昨夜の記憶は薄く、


「つ──」


 現在、見事に二日酔いと言うわけだ。

 シリジンワインのアルコール度数はそこまで高くはないのだが、それを飲む俺自身がそもそもさほど強くはない。

 ラーイウラの住民が水代わりにシリジンワインを飲んでいるのは、井戸が浅いためだと聞かされた。

 浅井戸は、井戸周辺の環境を受けやすく、水質が不安定となる。

 ラーイウラは雨が多い国であるため、井戸水は容易に濁る。

 深く掘ることができれば解決する問題なのだが、ラーイウラにその技術はない。

 シリジンワインという飲料水の代替物が既に存在するため、必ずしも深井戸を必要としない環境であることも、技術力が上がらない原因の一つだろう。


「大丈夫か、カタナ……」


「……大、丈夫」


 頭が痛いだなどと、弱音を吐いてはいられない。

 俺とヘレジナは、縦長の巨大な水瓶を背負いながら、えっちらおっちら山道を登っている最中なのだ。


「──……ふう、ふ、はッ……」


 ヘレジナの息が弾んでいる。

 見るからに体力の限界を迎えていた。


「……ヘレ、ジナ」


「なん、……だッ!」


「すこし、休憩するぞ……!」


「は、は……、カタナ。情けない、な……」


「いいから……」


 俺だってつらい。

 だが、ヘレジナのほうがつらいはずだ。


「──…………」


 力ない笑みを浮かべ、俺を見上げる。


「ありがとう……」


 ヘレジナが、山道の端に水瓶を下ろし、ふらふらと木の幹に背を預ける。

 その隣に腰掛け、ほっと一息ついた。


「……しかし、体操術なしの運動が、これほどきついとは思わなんだ。これでは、カタナのことを、体力がないなどと笑えんな……」


「体操術の巧拙が勝敗を分ける、か」


 いつかヘレジナが言っていた言葉だ。

 言ってしまえば、体操術とはゲームにおける自己バフに等しい。

 自らの技量は当然だが、自己バフの効果量も勝敗を左右する要素となる。

 自己バフが当然の世界で、技量のみで戦い抜かねばならないとなれば、極めて不利なのも当然だ。


「ヤーエルヘルも言ってたけど、ヘレジナは体操術の達人だったんだな」


「……なに、体操術で弱い自分を押し隠していたのだ。恥ずべきことだと、今は思っている」


「恥じるこたないだろ。全部引っくるめて、ヘレジナの強さだ」


「それは、そうなのだがな……」


 ヘレジナが苦笑する。


「良い機会だったのかもしれん。体操術のない状態で基礎体力を積めば、きっと、体操術を使った際にも反映される。以前にも言ったが、奇跡級中位と上位のあいだには、一つ大きな壁がある。体操術を使わず、自らの技量のみと向き合うのは、私にとって必要なことだったのだろう」


 ヘレジナが伸び悩んでいた理由は、そこにあったのかもしれない。


「……まあ、ゼルセンに感謝するつもりは毛頭ないがな」


「そりゃそうだ。奴隷になったところで腐った性根が変わるわけじゃないが、人にかけられる迷惑の度合いは確実に下がった。憎まれっ子世にはばかる。それでもたくましく生きてくだろうけどな」


「せいぜい、あの絶望が長続きしてほしいところだ」


 俺は、巨大な水瓶を見上げる。

 水瓶が太陽を遮り、俺とヘレジナを陽射しから遠ざけていた。


「しかし、まだ水も汲んでいないと言うのに、先が思いやられるな……」


「ああ……」


 ヒドゥンハン山の奥地にあるティビコン川の源流から、清水を汲んでくる。

 それが、ジグの課した修行の一環だった。


「空の水瓶でこれだろ。帰りとか、俺たちどうなっちゃうんだよ……」


「重さもそうだが、転ばないよう気を付けねばならんな。下り坂をひとたび転げ落ちれば、命に関わる」


「──…………」


 想像して、背筋が冷える。

 かぶりを振って、話題を変えた。


「ヘレジナ、肩は痛くないか?」


「肩、か。背負い縄が食い込んで擦り傷になっている気もする」


「同じく……」


「すこし見てくれるか?」


「ああ」


 ヘレジナが、襟元を大胆にめくり、肩を露出させる。

 思いのほか艶めかしい光景だ。


「カタナ?」


 いま考えたことを悟られてはならない。

 俺は努めて無表情を装った。


「……ああ、だいぶ赤くなってるな。次からは肩に布でも噛ませようぜ」


「そうだな。それがいい」


「まあ、帰るまでの辛抱だ。ネルの治癒術なら、この程度の擦り傷はすぐに治せるだろ」


「しかし、ジグは治癒術は使うなと」


「それは、たぶん、治癒術が筋肉の成長を阻害するからだ。激しい運動をすると筋繊維が切れる。切れた筋繊維は繋がり直すと太くなる。治癒術はこのサイクルの邪魔をしてしまうんだと思う」


「なるほど……」


「だから、普通の怪我は治してもらっとけ。怪我をしたまま修行したって、いいことなんてないんだから」


「そうだな。素直に頼るとしよう」


「それを経験的に知ってるってことは、ジグも似たようなトレーニングをしたのかもな」


「あり得る話だ。あの男は、強い。直接手合わせをしたわけではないが、特に眼力が異常だ。相手の実力、弱点を、即座に見抜く目を持っている」


「同感。ハィネスの神眼──だったっけ。俺自身よくわかってなかったのに、一発で見抜かれた。それよりすごかったのが、歩き方の癖だな」


「ああ、言っておったな。歩きにくい靴を長年履いていなかったか、と」


「正直、記憶を読み取られたのかと思ったくらいだ。俺、どうにも革靴が合わなくてな。新しいのを買えばすぐ靴擦れするし、靴擦れが痛めばそれをかばうようになる。それで、歩き方に癖がついたんだと思う」


 なお、いま履いている靴は、ベイアナット滞在時に購入した一点物だ。

 異世界サンストプラの靴はすべてオーダーメイドであり、履けば履くほどこなれて歩きやすくなって行くのだと言う。

 靴の履き心地に関しては、こちらの世界のほうが上かもしれない。


「……やはり、とんでもないな。やつは」


「ああ。今のままだと勝てる見込みはないだろうな……」


「それでも、勝つのだ。勝たねばならぬ。自分たちの力で、な」


 強くならなければならない。

 せめてプルの前では、世界一カッコいい俺でいたかった。


「しかし──」


 ヘレジナが半眼で俺を見る。


「神眼に関しては、あらかじめ言っておいてくれても構わなかったのだぞ」


「みんなできると思ってたんだよ……」


「できるかッ!」


 ヘレジナの突っ込みに驚いてか、近くの小鳥が羽ばたいた。


「そう言や、この神眼って、[羅針盤]由来かもしれない」


「そうなのか?」


「[羅針盤]で選択肢が表示されたときも、時の流れが遅くなってた。たぶん、選択肢をじっくり吟味するためだな。神眼の感覚とはだいぶ違ったけど、起きている現象自体は同じだろ」


「なるほど、得心は行く」


 ヘレジナが、うんうんと頷く。

 ふと疑問が湧いた。


「ハィネスの神眼。ルインラインも持ってたのか?」


「さてな。聞いたこともなかった。だが、師匠であれば持っていてもおかしくはない」


 ヘレジナが微笑んで言う。


「そう考えると、師匠の後継者に相応しいのは、カタナなのかもしれん」


「俺が?」


 まさかの言葉だった。


「あんなもん継げるわけないだろ」


「まあ、そうなのだが」


「ルインラインを継ぐ者なんて、世界中探したっていやしないさ。陪神級だって、奇跡級特位だって、あの人に並び立つことなんかできやしない」


「……それでも、あるいはと思ってしまうよ。お前の背中を見ていたらな」


「買いかぶり過ぎだぞ……」


「ははっ!」


 楽しげに笑うヘレジナに聞きそびれていたことを思い出す。

 腰に提げた鞘に視線を落とし、尋ねた。


「この剣──神剣アンダライヴって、結局、なんなんだ?」


 神剣と聞いてまず思い出されるのは草薙剣だが、ここは異世界サンストプラだ。


「実際、私にもよくわからん。いつ、どこで手に入れたのか。何故折れたのか。師匠は聞かせてはくれなかった。私が師匠と知り合ったときには、神剣は既に折れていたしな」


「……話したくなかったのかもな」


「恐らくは」


 由来はわからなくとも、この神剣には幾度も助けられた。

 自在に着火できれば更に使い勝手が良くなるのだが、それは贅沢というものだろう。


「──ィよし!」


 気合いを入れて立ち上がる。


「十分休んだし、そろそろ行くべ。水の入った水瓶背負って夜の山道を下るのとか、絶対したくないからな」


「まったくだ」


 俺たちは、水瓶を背負い直し、再び山道を登り始めた。

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