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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部二章 遺物三都
56/116

3/ペルフェン -6 石竜

「──か、かたな! ヘレジナッ! 避けて!」


 プルの声が響いた。

 反射的にその場から飛び退く。



 ──ドォ、……ン……。



 何かが、俺たちのいた場所を激しく打ち据えた。

 それは、尻尾のように見えた。

 付け根を見上げる。



 そこにいたのは、



 まるで、



 石で造られた竜──



「はッは、こいつは良いものができた! このペルフェンで幾度も試した甲斐があったというものだ! さあ、石竜よ! すべてを壊せ!」


 土埃が収まり、俺はようやく理解した。

 城壁の一部が、ない。

 城壁が竜と化したのだ、と。


 石竜が、無音の咆哮を上げる。

 鱗のように見える石壁が、無機質でありながらも生物的に石竜を彩っていた。


「アイヴィル……ッ!」


 ヘレジナが憎々しげに叫ぶ。


「これこそがハサイ楽書の力だ。銀琴が欲しければ追ってきたまえ。その代わり、ペルフェンは崩壊する」


 アイヴィルが、恭しく一礼してみせる。


「それでは失礼する」


 そして、城壁の向こう──ベイアナットへと駆け出して行った。


「くそッ、この女装野郎!」


 だが、俺の言葉はアイヴィルには届かない。


「カタナ、アイヴィルなど放っておけ」


「でも、もう少しなんだ! 銀琴が──」


「いいんだ。ありがとう、カタナ」


 ヘレジナが、鼻血を垂らしながら、それでも満面の笑みを浮かべてみせた。


「カタナが──皆が、私のために頑張ってくれた。その事実こそが、私の宝物だよ」


「──…………」


 ああ、敵わないな。

 本当に、敵わない。


「さあ、石竜を止めるぞ。私たちの諍いで生み出された怪物だ。ペルフェンの民を傷つけさせるわけにはいかない」


「……わかった」


 折れた神剣を構える。


「プル、着火を頼む」


「は、はい!」


 プルの炎術により、神剣が再び炎を纏う。


「ペルフェンは窪地だ。あの丸い図体では、坂まで進行を許せば底まで止まるまい。ここで決着をつける!」


「ああ!」


 石竜の体長は、首の長さを含めると、十メートルを優に超える。

 元が城壁らしいずんぐりとした胴を持ち、短い二本の脚で市街へ向けて歩いている。


 俺は、石竜の右後脚に炎の神剣を振るった。

 剣速と共に勢いを増した業火が、石竜の脚を焦がす。

 だが、相手は石だ。

 神剣の赤い炎では、明らかに温度が足りない。

 石竜は、止まらない。



 ──キンッ! キン、キン、キンッ!



 ヘレジナの双剣が凄まじい速度で石竜の左後脚を打ち据える。

 火花と共に石片が散る。

 石竜の歩みは止まらない。


「くッ、弱点はないのか……!」


 石竜の尾が、眼前を薙ぐ。

 動きは鈍重で、気を付けてさえいればこちらがやられる心配はない。

 そのとき、背後から声が届いた。


「おい、ワンダラスト・テイル! そいつは……!」


「──竜だ! 竜が出たぞーッ!」


 思わず振り返る。

 それは、十数人の冒険者たちだった。


「逃げろ! こいつ、攻撃が効かねえ!」


「そんなわけに行くかよ!」


「ここは俺たちの街だ! 俺たちのペルフェンだ! 竜だかなんだか知らねえが、壊させてたまるか!」


「──…………」


 その言葉に、思わず笑みがこぼれた。

 冒険者たちが、剣や斧、棍棒で、石竜に殴り掛かる。

 術に秀でた者たちは、炎術で表面を焦がし、操術で樽を飛ばし、光の矢で石竜の目を射抜いた。


 石竜の歩みが、すこしだけ鈍る。

 だが、それは予備動作に過ぎない。


「──尾が来る! 避けろ!」


 石竜が勢いよく反転し、その尾が周囲を薙ぎ払う。


「ぐ、……うッ」


「かはッ──」


 避けきれなかった数人の冒険者たちが、十メートルほど吹き飛ばされた。


「プル! ヤーエルヘル! 怪我人を運ぶぞ! このまま行けば潰される!」


「はい!」


「わ、わ、わかった!」


 俺とプル、ヤーエルヘルが、冒険者たちに肩を貸し、石竜の進行方向から外れた位置へと連れて行く。

 ヘレジナが石竜の胴体を駆け上がり、頭部に剣閃を幾度も見舞う。


「駄目だ、硬い……!」


 そして、

 最後の冒険者を迎えに行く途中、

 眼球のない石竜の双眸が、プルを捉えた。



 石竜の前脚が、プル目掛けて振り下ろされる。



「プ──」



 駆け出す。



 間に合わない。



 こんなところで失うのか。



 あの子を失うのか。



 俺の実家で米作りに精を出すプルの笑顔が、脳裏をよぎった。



 手を伸ばす。



 届かない。



 届かない──



 そのとき、ヤーエルヘルが、プルをかばうように立った。



 ──パチッ。



 炎術が爆ぜる。



 次の瞬間、



 ヤーエルヘルの眼前まで伸びていた前脚の先が、消え失せた。


 空間に開いた穴を埋めるため、周囲のすべてが引きずられる。

 暴風の吹き荒れる中、俺は、ヤーエルヘルとプルを両肩に担いでその場を離脱した。

 二十メートルほど離れ、二人を下ろす。

 そして、思わず二人を抱き締めた。


「わわ、わ!」


「……ありがとう、ヤーエルヘル」


 涙が溢れそうになる。

 よかった。

 本当に、よかった。


「──…………」


 だが、ヤーエルヘルの双眸は、変わらず石竜を射抜いていた。


「あちし、行きまし」


 俺の腕を振り解き、ヤーエルヘルが前に出る。


「あの竜には、あちしの開孔術しか効かない。だったら、することは一つでし」


 ヤーエルヘルの瞳に覚悟が灯る。


「至近距離で放つ。それだけ」


 プルが、ヤーエルヘルの手を取る。


「で、でも! そ、そ、それだと、ヤーエルヘルが……!」


「危ないのはわかってまし。でも、このままだと──」


 石竜の足元は、既に傾斜が始まっている。

 あと十歩。

 ほんの十歩で、石竜は体勢を崩し、ペルフェンの市街を押し潰しながら転がり落ちるだろう。


「大丈夫。きっと、笑って終われまし」


 そう言って、ヤーエルヘルが微笑んだ。


「──…………」


 脳が演算を開始する。

 何か、方法はないか。

 気付いていないだけではないのか。




【ヤーエルヘルを行かせる】


【ヤーエルヘルを引き止める】




[星見台]の選択肢が眼前に現れる。




【ヤーエルヘルを行かせる】


【ヤーエルヘルを引き止める】




 なんとなく理解する。

 この選択肢の意味を。




【ヤーエルヘルを行かせる】


【ヤーエルヘルを引き止める】




「くそ……ッ!」


 考えがまとまらない。

 それでも、選ぶべきは一つだった。


「行くな、ヤーエルヘル」


「……カタナさん」


「何か、方法があるはずだ。わかったんだ。[星見台]はたぶん、そういう能力だ。俺が全力を尽くせば、望んだ結果が得られるかもしれない。目の前の困難は、決して突破不可能なものじゃない。諦めるな──って、俺の背中を押してくれる、ただそれだけの能力」


「背中を押す、能力……」


 ヤーエルヘルが、戸惑うようにこちらを振り返る。

 そのとき、プルが呟いた。


「せ、せめて、開孔術を、まっすぐ飛ばせれば……」


 その瞬間、脳裏で鳳仙花が弾けた。



 開孔術──



 炎術──



 閃光──



 魔力(マナ)──



 遠当て──



 燃焼──



 思わず笑みがこぼれる。

 なんだ、そんなことでよかったのか。


「──プル。ここから石竜の土手っ腹まで、光を繋いでくれ。できるか?」


「と、灯術?」


「ああ、灯術だ。すぐには消えないよう、魔力(マナ)をたっぷり込めて」


「うん!」


 プルが笑顔で頷く。

 全幅の信頼を感じた。


「全員逃げろ! 今からでかいのが行く!」


「ああ、わかった!」


 ヘレジナと冒険者たちが散開する。


「か、かたな。もういい?」


「頼んだ」


 プルが、手のひらに浮かべた光球に息を吹き掛ける。

 すると、プルの手元から石竜の腹部まで、輝く放物線が描かれた。


「ヤーエルヘル。光の端に触れて、開孔術を放て」


「で、でも!」


「いいか。開孔術は、炎術を最初に走らせて、その終端で発動する」


 ヤーエルヘルの目を見て、告げる。


魔力(マナ)は、燃える」


「!」


「もう、わかるな」


「はい!」


 ヤーエルヘルが、わずかに目を閉じ、集中する。

 そして、光の端に、伸ばした指先を触れる。



 ──パチッ



 火花が弾け、灯術の明かりに沿って燃え上がる。


「導火線、だ」


 炎術は、一瞬で、石竜の腹部へと到達し、


 最大級の〈孔〉が、開いた。


 世界から音が消え、


 世界から色が抜け、


 世界から、


 周囲の地盤ごと、





 ──石竜が消失した。





 風が暴れ狂う。

 失われた空間を補填しようと、周囲のすべてが〈孔〉の中心に引きずられる。


「はは……」


 その力に抗いながら、力なく笑う。

 相変わらず、凄まじい魔術だ。

 問答無用にも程がある。


「やッ──……」


 ヤーエルヘルが飛び跳ねる。


「やった! やりました! できました!」


「や、ヤーエルヘル! よかった……!」


 プルが、ヤーエルヘルを正面から抱きすくめる。


「はい……!」


 ヘレジナがこちらへ駆け寄ってくる。


「ヤーエルヘル、大丈夫か!」


「!」


 ヤーエルヘルが、笑顔でVサインを作ってみせた。


「そう、か」


 ヘレジナが、安堵の息を漏らす。

 そして、ヤーエルヘルの頭を乱暴に撫でた。


「よくやった!」


「えへへ……」


 ヤーエルヘルが、照れたように笑う。


「──しかし、銀琴がこんな事態を引き起こすとはな」


「あの野郎、ハサイ楽書の力とか言ってたな」


「うむ。銀琴には、私の知らない能力があったのだろう。もう、知るすべはないが」


「──…………」


「アイヴィルは、パレ・ハラドナへ戻るはずだ。よもやそこまで追い掛けるとは、お前も言うまいな」


「……くっそ、もうすこしだったのになあ!」


 マジで悔しい。

〈不夜の盾〉の副団長は女装趣味だって噂流してやろうか。


「と、とりあえず、怪我人に、ち、治癒術を……」


 プルがそう言って振り返ると、


「──………………」


「──……」


「──…………」


 十数名の冒険者たちが、口をあんぐり開けてこちらを見ていた。

 まあ、そうなるよな。

 俺たちも、最初に見たときは、同じリアクションを取ったものだ。


 視線を街へ向けると、数名の憲兵たちがこちらへと駆け寄ってくるところだった。

 さて、なんと言い訳しようか。

 俺は、折れたあばらをかばいながら、石畳に腰を下ろした。


 空が青かった。

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