3/ペルフェン -2 憲兵隊駐留所
翌日の早朝、俺たちは、アインハネスへと入国した。
時間が時間だったためか、出入国管理所には、ほとんど人が並んでいなかった。
国境線を意味する城壁を抜けた刹那、俺たちは驚愕した。
「街が、山に囲まれてる……?」
ペルフェンにおいては、俺たちのいる国境線がいちばんの高台だ。
ペルフェンの街並みは、そこから延々と下っており、最も深い窪地に張られた湖が太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
都市の周囲はCの字型の山脈で囲われており、まさに天然の要害となっていた。
「隕石か……」
「隕石、でし?」
「大きめの隕石が地上と平行に近い角度で落ちたんだと思う。そうでないと、この地形の説明がつかない」
「あちしは、神人大戦の爪痕だと聞きました。エル=タナエルの陪神イルザンハィネスが太陽を落としたのだと」
「太陽が落ちるって、それ、太陽に落ちてるってことだぞ」
ヘレジナが首を横に振る。
「そんなことはない。エル=サンストプラの遺骸を核に球体として作り直された現在の世界だが、神代以前は平らだった」
プルがヘレジナの言葉を引き継いだ。
「と、閉じた球形の世界と違って、〈平らな世界〉には果てがない……らしい、でっす。終わりのない、世界。だから、太陽が落ちたって平気、な、なんです。む、む、無限に比べれば、どんなものだって無に等しいから……」
「ふうん……」
千年前、この世界で何があったのだろう。
日本史も世界史も興味のなかった俺だが、サンストプラ史だけは楽しく勉強できそうだった。
「では、憲兵隊の駐留所へ行きまし! 手がかりはきっとあるはずでし」
「おう!」
力強く頷く。
俺たちは、ペルフェン中央区へと続く長い坂道を、ゆっくりと下り始めた。
駐留所の窓口に憲兵の姿はなかった。
皆、ルルダン二等騎士の件で出払っているのかもしれない。
仕方がないので、関係者以外立入禁止と思しき扉を開き、中へと入る。
「い、い、いいのかな……」
「よくはないだろ。でも、仕方ない」
堂々と駐留所の廊下を歩いていると、
「──何者だ!」
一人の憲兵が、俺たちを呼び止めた。
「あああああ、あ、あ、あやや、怪しいものではっ!」
プルが、普段よりも回らない舌で弁明する。
怪しすぎる。
怪訝そうな憲兵を前に、俺は、仮面を着けるイメージで営業モードに入った。
自然で柔和な笑みを浮かべ、プルを隠すように前へ出る。
「ああ、申し訳ございません。用事があったのですが、誰もいなくて。すぐに誰か見つかるものと思い足を踏み入れたのですが、誰にも会わずにこんなところまで……」
「ああ、なるほど……」
この程度で通るとなれば、御しやすいな。
「ところで、責任者の方に時間を取ってもらうことは可能でしょうか」
「無理だな。ただでさえ憲兵隊の隊士はほとんど出払っている。責任者ともなればてんてこ舞いのはずだ。申し訳ないが、今は市民の声を聞く余裕がない。どうしてもと言うのであれば、ペルフェンの自警団を頼るがいい」
「いやあ、そこをなんとか」
「くど──」
懐から金貨をチラ見せする。
「くど、なんでしょう」
「……く、功徳を積めばあるいは」
「では、是非積みたいと思うのですが……」
金貨を指のあいだで滑らせ、二枚であることを示す。
「……こほん」
憲兵が咳払いをする。
「しかし、緊急性が高いとなれば話は別だ。手遅れとなる前に話だけでも聞かせてもらおう」
ちょろい。
「では、憲兵さまより幾分か階級が上で、偉いけれど偉すぎるというほどではなく、なるべく欲望に忠実な方を紹介していただけると嬉しいのですが……」
「ふわっとした物言いのわりに注文が多いな……」
憲兵がきびすを返す。
「心当たりがある。ついてこい」
と言いつつ、憲兵は歩き出さない。
背を向けたままこちらに手を伸ばし、何かを待っている。
俺は、その手に、三枚の金貨を握らせた。
「♪」
憲兵の足取りが軽かったのは、気のせいではあるまい。
憲兵が、とある部屋の扉を叩く。
「──兵長! 客人が来られました!」
「入れ」
渋い声が許可すると同時に、憲兵が扉を開く。
「では、自分はここまでだ。あとは好きにするといい」
そう言って、元来た道を戻っていった。
互いに小さく頷き合い、兵長の部屋へと入る。
「……?」
机で書き物仕事をしていた兵長が、不審そうにこちらをねめ回す。
「誰だね、君たちは。知らない顔だが」
「ええ、ええ。兵長さまに置かれましては、私どもなど御存知ないのも当然です。ともあれ、これを見ていただければ概ねのことはわかるかと」
パーティ登録証を兵長の机に置く。
「ワンダラスト・テイル──冒険者か」
「その通りです」
「して、何用だ。見ての通り、憲兵隊は、とある案件にかかりきりだ。冒険者に割く人的余裕はない」
「いえいえ、用件はすぐに終わります。兵長さまのお手を煩わせるのは最低限で済むかと」
柔和な笑みを崩すことなく、俺は言った。
「オゼロ=プリヤシュと話がしたいのです。ものの十分で構いませんので、どうか許可していただけませんか」
「はっ」
兵長が鼻で笑う。
「オゼロ=プリヤシュは重要参考人だ。面会は認められない。用件はそれだけか?」
「ええ、もちろん。用件はそれだけなのですが──」
金貨を一枚、机に置く。
「話はまだ終わっておりません」
「見くびるな、冒険者。金で解決しようとは見下げ果てたやつめ。いいからその金貨を──」
じゃらり。
金貨を十枚、さらに並べる。
「ッ!?」
「是非、オゼロ=プリヤシュと面会させていただきたいのですが……」
そう言って、さらに一枚足す。
「そ、そう簡単にだな」
さらに足す。
「い、いや、その……」
もう一枚足す。
「──…………」
最後に一枚足して、金貨は十五枚。
ウガルデに尋ねたところ、神代の金貨の価値は、一枚で千四百から千七百シーグルほど。
日本円に換算して、三十万円少々といったところだ。
そりゃ、ウガルデも遠慮するわな。
俺は、兵長の目を覗き込んだ。
心理学に詳しいわけでもないが、すぐにわかる。
これは、既に心は決まっていて、あとはどこまで値段を吊り上げられるか心の中でほくそ笑んでいる顔だ。
「ああ、どうかお願いします。オゼロと話がしたいのです。ほんの五分で構いませんので……」
「それは難しいな……」
さあ、ここからだ。
「そうですか、残念です」
俺は、わざとらしく肩を落としてみせると、十五枚の金貨から一枚を懐に戻した。
「!?」
まだ手に入れていないものを手中に収めたと勘違いした人間は、それが減ることに耐えられない。
この兵長のような輩は、特にだ。
「あと二回だけ言います。オゼロと会わせてください」
二枚を懐に戻す。
「あ──……」
兵長が、情けない顔で、金貨と俺とを見比べた。
「次で最後です」
俺は、すべての金貨をまとめ、言った。
「──オゼロに会わせてください」
「あ、ああ……」
兵長が、浅く頷く。
「……わかった」
やっと折れたか。
ヘレジナが、小声で囁くように言った。
「……今のは、いっそ怖かったぞ」
恐ろしいものを見るような目つきだ。
「そうかあ?」
まだ優しいほうだろ。
「か、かたなは、こういうの得意。カジノのときも、すごかった……!」
「カジノって、ハノンソルのでしか?」
「う、うん。あとで聞かせてあげる、ね? い、一億シーグルの大勝負の、おはなし……」
「一億……!」
ヤーエルヘルが目をまるくする。
少々照れくさい。
「──…………」
十二枚の金貨を懐に隠し、兵長が立ち上がる。
「特別だ、ついてこい。面会は、私の立ち会いのもと、十分間のみとする。いいな」
「ええ」
俺たちは、兵長に続き、部屋を辞した。




