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1/流転の森 -4 天下無双の方向音痴

「では──」


 ヘレジナが、隣に置いてあった巨大な荷物の中から、紐でくくった分厚い紙を取り出す。

 それは、見知らぬ文字が無数に書き込まれた地図だった。

 当然だが、見たことのない地形に言語だ。

 俺がそう感じたことを察したのか、ヘレジナが言った。


「北方十三国の共用語だ。国によって差異はあるが、たいていは通じる」


「ふうん……」


 やはり、言語からして違うのか。

 どうして彼女たちと不自由なく意思の疎通が図れているのかは謎だが、都合がいいことに違いはない。

 すぐに答えが出るたぐいの疑問でもないし、考えるだけ無駄だろう。

 ヘレジナが、図案化された縦に長い森を指差す。


「我々が今いるのは、ここ。パラキストリ連邦ザイファス伯領にある〈流転の森〉と通称される場所だ」


「流転、か」


 その単語は気になっていた。


「我々は、パラキストリの隣国であるパレ・ハラドナから来た。目的地はザイファス伯領の西端にある〈地竜窟〉。流転の森は、旅路のちょうど中間点に当たる」


 ヘレジナの指先が、地図の上を軽やかに滑る。


「だが、流転の森とは言わば迷いの森だ。千年前の神人大戦の折、大魔女アイロマスランドが要害として作り上げたものと語り継がれている。入るは易く、出るは難し。ここでは、あらゆるものが流転する。木々も、地形も、季節さえもだ。この泉の周辺は初夏の気候だが、先程通った獣道では雪が降っていた」


「……マジか」


 飛ばされたのがここでよかった。

 仮に真冬の泉なんぞに突っ込まれたら、凍死すら見えてくる。


「迂回はできなかったのか?」


 素朴な疑問にプルが答える。


「わ、わ、わたしたちには、時間がない、でっす。る、流転の森を迂回すれば、五日は余計にかかる、から。間に合わない……」


「期限があるのか」


「ああ。それゆえ案内人を雇い、森を突っ切ることにしたのだが……」


 当然、周囲にそれらしい人影はない。


「──くそッ! あの忌々しいエセガイドめ! 次に会ったらギッタンギッタンのバッタンバッタンにしてやる!」


 ヘレジナが地団駄を踏む。


「なるほどな。どうにかして、この森を抜ける必要がある。だから、異世界から来たとかなんとか戯れ言を抜かす怪しい輩にも頼らざるを得ないと」


「じ、自分で言うの……」


「事実だろ」


 ヘレジナが視線を逸らす。


「……実を言うと、問題はそれだけではないのだ」


「問題だらけだな……」


「さ、さ、さっき、魔獣に襲われて。そのとき、る、ルインラインとはぐれちゃって……」


「ああ、それで連絡を取りたがってたのか」


「はい……」


「我が師、ルインライン=サディクル。天下無双の武人なれど──その、なんだ。誠に遺憾ながら、いささか方向音痴の気がないこともなくてな」


 よくその三人で旅をしようと思えたな。

 そんなことを考えるが、さすがに口には出さない。


「つまり──」


 頭痛がしそうな気分で、まとめる。


「流転の森を出る。ヘレジナのお師匠さんと合流する。これを同時に、なるべく早くこなせってことだな」


「うん……」


「無茶言うな」


「……ふへ、へ……」


 プルが乾いた笑いを漏らす。


「無茶でもなんでも、やるのだ! やらねばパレ・ハラドナに未来はない!」


「また大きく出たな……」


 だが、はぐれた仲間と合流する方法くらいであれば、数通りは思いつく。

 軽く思案を巡らせていると、世界が色を失った。




【白】狼煙を上げる


【黄】ルインラインの痕跡を探す


【赤】大きな音を立てる


【青】先に流転の森を出る




 今度は四択か。

 黄色は初めてだが、あまり良い印象は受けない。

 赤枠ほど危険な感じはしないから、〈注意〉が妥当なところだろう。

 対して、青枠にはどこか安心感すら覚える。

 暗闇を歩いている最中、不意に光が射したときのような感覚だ。

 信号機に見立てたのは正解だったかもしれない。

 白枠からは何も感じないため、現状維持の選択だろうか。

 基本的に、青枠の選択肢があれば、それ以外を選ぶ意味はなさそうだ。

 そう決意すると、すぐに世界が色づいた。


「──方角がわかれば、森を抜けることはできるか?」


「わ、わ、わかれば。うん」


「流転の森は南北に長い。我々の目的地はザイファス伯領の西端だからな。西へ西へと向かえばいい。西日が射しているあいだはそれを目印にすればいいが、夕刻を過ぎればまたわからなくなる。ここが普通の森であれば、そのまままっすぐ進めばいいのだが……」


「迷いの森となれば、そうもいかないか」


 スマホで時刻を確認しようとして、意味がないことに気付く。

 ここは異世界だ。

 時計もずれていて当然だろう。


「今の時間はわかるか? つーか、この世界の一日って、二十四時間で合ってるか?」


 ヘレジナが胸元から懐中時計を取り出す。


「ああ、一日は二十四時間だ。現在の時刻は午後三時をすこし回ったところだな。出立前に時計を合わせたばかりだから、ずれていても三十分ほどだろう」


「この世界では太陽はどう動く? 東から昇って西へ沈むのはわかったけど、通るのは南か? それとも北か?」


「み、南でっす……」


 北方と聞いて推測はしていたが、確認が取れた。

 ここは北半球だ。


「常識の擦り合わせが面倒だな……」


「俺もそう思う」


 ヘレジナが薪として集めてきた木の枝のうち、比較的まっすぐな一本を手に取る。

 そして、陽光の降り注ぐ一角に、それをぐさりと突き立てた。


「時計を貸してくれ」


「? ああ……」


 ヘレジナから懐中時計を受け取る。

 文字盤には十二個の数字と思しき文字が刻まれており、短針と長針の二本の針がある。

 秒針は存在しないが、時刻の見方は同じようだ。


「これなら行けるな」


 影の方向に時計の短針を合わせ、文字盤の十二時方向と二等分した方角を指差す。


「こっちが南。だから、向こうが西だ」


「──…………」


「──……」


 プルとヘレジナが顔を見合わせる。


「理屈を説明したほうがいいか?」


 子供の頃、ボーイスカウトで得た知識だ。

 まさか、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「あ、その、いえ。……ほ、ほんとに?」


「嘘をついたら迷って死ぬかもしれないだろ。なんの得もない」


「……そうだな。最初はパラキストリの刺客かもしれんと警戒していたが、聞けば聞くほど無関係だ。私は、お前を信用しても構わないと思っている」


「わ、わ、わたしも、でっす……」


 プルが、ぎこちない笑みを浮かべる。


「さ、最初は、のぞきかと思ったけど。へ、ふへ……」


「年下はあんまり好みじゃないんだよ」


「そ、それはそれで失礼……!」


「ほら、日が高いうちに森を出るぞ。こんな場所で夜を迎えたくない」


 ヘレジナが慌てたように言う。


「ま、待て! 方角がわかったとて、師匠を置いては行けん!」


「……あー」


 どーすっかな。

 逡巡していると、また選択肢が現れた。




【青】自分の考えを話す


【黄】口をつぐむ


【白】話を逸らす




 青枠を見て納得する。

 それが無難だろうな。

 世界が色づくのを待ち、口を開く。


「大丈夫だ。方角を求めてるあいだに、いいこと思いついたんだよ」


「いいこと……?」


 プルが小首をかしげる。


「ああ。でも、ひとつだけ確認したいことがある」


「なんだ、なんでも言え」


「プルでもヘレジナでもいい。こんな魔法を使えないか? もし使えたら、なんとかしてやる」

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