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1/ベイアナット -4 ギルド

 パラキストリ連邦、ベイアナット。

 ラーイウラ王国、ロウ・カーナン。

 アインハネス公国、ペルフェン。

 これらの都市をまとめて〈遺物三都〉と呼び習わす。


 この地はもともと、カナン遺跡群と呼ばれていた。

 考古学者にすら学術的価値が乏しいと判断されたこの廃都へと立ち入る者は、せいぜいが自殺者か世捨て人程度のものだった。

 だが、あるとき、カナン遺跡群の地下に長大な迷宮が広がっていることを、とある冒険者が突き止めた。

 冒険者は、迷宮で見つけた神代の財宝、秘宝を売りさばき、勢い億万長者となった。

 それを聞きつけたのが、パラキストリ、ラーイウラ、アインハネスの三国だ。


 奇しくもカナン遺跡群は、これらの国のちょうど境目に位置していた。

 三国は競い合うように遺跡群の傍に都市を築き、我先にと迷宮を踏破していった。

 これが遺物三都の始まりである。


 カナン遺跡群がもたらしたものは、富だけではない。

 同じだけの〈危険〉も、だ。


 遺跡群はもともと魔獣の巣であった。

 人々が道を切り拓くごとに彼らの生息域は狭められ、一部の魔獣は迷宮の外へと溢れ出し、住民に危害を加え始めたのだ。


 そこで、遺物三都の人々が考え出したのが、〈ギルド〉という人材斡旋システムである。


 遺物三都には腕に覚えのある冒険者たちが集まる。

 迷宮の底はいまだ見えず、一攫千金を狙う夢追い人たちが後を絶たないからだ。

 腕利きが集まるのであれば、彼らに護衛や討伐を任せればいい。

 冒険者たちにとっても、遺物三都に滞在するための費用を稼ぐことができるギルドは、非常に都合の良いものだった。

 そのため、遺物三都は、冒険者の社交場とも呼ばれている。




 ──がらん、ごろん。


 扉に取り付けられていた鐘が、開くと共に鈍い音を立てた。

 外が快晴だったためか、屋内を照らす灯術の明かりがどことなく薄暗く見える。


 ここは、ベイアナットに存在するギルドの一つだ。

 酒場も兼業しているらしく、赤ら顔の酒くさい男たちが、昼間から酒をあおっている。

 好きか嫌いかで言えば嫌いな雰囲気だ。

 酔っ払いの相手ほど非生産的なことはない。


「……か、かたな」


 ぎゅ。


 プルが、俺の上着をそっと掴んだ。


「大丈夫だ。仮にケンカになっても、酒で足腰フラフラのやつらが俺たちに敵うと思うか?」


 小声で言うと、プルが不安げに頷いた。

 もうすこし気の利いたことが言いたかったが、仕方ない。


「マスター。パーティの登録を頼みたい」


 背負っていた巨大な荷物をいったん下ろしたヘレジナが、受付らしき恰幅の良すぎる初老の男性へとカウンター越しに声を掛けた。


「……あァ? ここがどこかわかってんのか、嬢ちゃん」


 ガラが悪い。


「ギルド──つまるところ斡旋所であろう。ここで冒険者としてパーティ登録を済ませれば、仕事を斡旋してもらえると聞いた」


 男性が、耳に小指を突っ込みながら、呆れたように答える。


「ここで紹介する仕事は、どれも危険なモンばかりだ。腕に覚えのあるやつしか雇わねェ。自殺の手伝いなんざ、まっぴらごめんだね」


 ヘレジナが、淡々と続ける。


「であれば問題ない。私は、奇跡級中位の剣術士だ」


「は──」


 男性が息を呑む。

 次の瞬間、


「ははッ、は、くはははッ! 冗談も大概にしときな、嬢ちゃん!」


 受付の男性につられるように、奥にいた冒険者たちが笑い声をがなり立てた。


「よくいるんだよなァ、級位詐欺。基準が曖昧なのを利用して言いたい放題だ。嬢ちゃん、悪いこた言わねェ。今後はせめて師範級にしときな」


「侮られるのには慣れている。であれば、腕の冴えを見せる以外に道はあるまい。貴様らの中でいちばん強いのは、誰だ」


 ヘレジナが冒険者たちを睨みつけると、ピタリと笑いが鎮まった。

 しばしの沈黙ののち、ひとりの大男が立ち上がる。


「──おれだ」


 剃り上げた頭の真ん中に大きな傷跡を残した大男が、椅子やテーブルを乱暴に押しのけながらこちらへとやってくる。


「奇跡級中位だあ……? こんなガキが中位なら、おれなんざとっくに陪神級よお!」


 がはがはと品のない笑い声がギルド内に響く。


「カタナ、相手してみろ」


「……は?」


 お前の煽りのせいで、ハゲやる気満々なんですが?


「自分の実力を知る良い機会だ。たまには私以外と手合わせしてみるといい」


 禿頭の大男が、ふらふらと俺の眼前へと近付いてくる。


「カタナ。お前には、あれが強そうに見えるのか?」


「──…………」


 足運び。

 体捌き。

 重心移動。

 酔いが回っているとしても、そのすべてが鈍重で、隙だらけに思える。

 この男はヘレジナじゃない。

 ただのでかい酔っ払いだ。


「なんだあ? おれの相手は保護者の兄ちゃんかあ?」


「なんか、流れで……」


「だったら手加減しねえでいいよなあ!」


 大男の言葉に歓声が上がる。

 完全に見世物だ。

 こんなことも珍しくはないのだろう、即席の賭場すら開き始めていた。


「──…………」


 ヘレジナが、二刀流の短剣の片一方を抜き放つ。


「おっと」


 受付の男性がそれを見咎めた。


「うちの店で刃傷沙汰は御法度だぜ。許可してるのは殴り合いまでだ」


「問題ない」


 ヘレジナが短剣の柄を差し出したのは、大男に対してだった。


「せめてこれを使え」


「はァ?」


「無手同士だと実力差が開きすぎる。わずかでも実戦経験を積ませたいのだ。殺す気で行け。幸い、こちらには治癒術士もいる」


「──…………」


 大男の顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。

 メンツで生きてるようなやつらだ。

 そりゃそうだわな。


「お望みどおり、殺ってやらあああッ!」


 ヘレジナから短剣を奪い取った大男が、振り上げた右手をこちらへ振り下ろす。


「や──」


 やめて。

 恐らくプルはそう言いたかったのだろう。

 だが、二重の意味で遅い。

 まるで[羅針盤]の残滓のように、俺は、ある程度任意で意識を加速することができるようになっていた。

 選択肢が現れることこそないものの、時の流れが緩慢になる感覚は近いものがある。


 俺は、短剣を避けなかった。

 振り下ろされる刃。 

 その柄に掛かった小指を引き剥がし、ひょいと掴む。


 ──ぺきッ。


 思いのほか軽めの音と共に、眼前で短剣が止まる。


「ぎッ──、あ、ああ……ッ!」


 大男が短剣を取り落とし、その場に崩れ落ちた。

 関節とは逆方向に折れ曲がり、中指ほどの長さにまで引き伸ばされた小指を掻き抱きながら。


「やべッ」


 見るからに痛々しい。


「悪い、やり過ぎた。治癒術頼めるか、プル」


「は、はい!」


 プルが大男の傍に膝をつき、その指に手を翳す。

 俺は、プルの治癒術の腕をよく知っている。

 この程度の怪我ならば、さして苦もなく治すことができるだろう。


「──………………」


「──……」


「──…………」


 店内に沈黙の帳が下りる。

 俺は、受付の男性へと向き直った。


「これでいいっすか?」


「あ、ああ……」


 受付の男性が、顔を青くしながら頷いた。


「……おい、今何が起こった?」


「わからん……」


「単にあいつが見掛け倒しだっただけだろ。あんなヒョロいのに、情けねえ」


「……あんたらは来たばっかだから知らんだろうが、あいつは師範級中位だぞ。うちのギルドの稼ぎ頭だ。この中で、あいつ以上の級位のやつ、いるか?」


「──…………」


 酔客たちの会話が耳に飛び込んでくる。

 くすぐったいな。


「──な、治りました! つ、つっぱるとか、ないですか……?」


 プルが、禿頭の男性から思いきり視線を外しつつ尋ねる。

 酔客たちがざわめいた。

 会話の内容を漏れ聞くに、完治までの速度が早すぎるということらしい。

 なんとなく得意げな気分になる。

 口にすれば怒られそうだが、飼い犬が褒められたときの照れくささによく似ている。


「あ、ああ……、たしかに治ってる。こんな腕のいい治癒術士、初めて見たぜ……」


「な、なな、なら、よかった……でっす」


「──…………」


 大男が俺たちに尋ねる。


「なんか、目ェ合わせてくれないんだけどよ」


「大丈夫だ。元からそういう生態だから」


「い、言い方、失礼……」


 と言いつつ、プルが俺の背中に隠れる。

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