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1/ベイアナット -3 お金がない!

 俺たちが逗留しているのは、パラキストリ連邦西端にある遺物都市ベイアナット──その郊外にぽつんと建てられた一軒の平屋だ。

 本来であれば、とうの昔にベイアナットを突っ切り、今頃は国境を越えてアインハネスで一息ついているはずだった。

 だが、這々の体でベイアナットへと辿り着いたとき、二つの問題が浮上したのだ。


 一つは、俺の腹部の傷。

 ルインラインの炎の神剣によって焼き焦がされた傷が思いのほか深く、奇跡級の治癒術をもってしても長期間の療養が必要だとプルが判断したのだ。


 そして、もう一つは、


「プルさま。この平屋の賃貸料と生活費で、路銀が残り少なくなってまいりました。遺物三都の通行証を三人分発行するとなると千シーグルはかかりますし、そろそろ動くべきかと」


「い、いまの所持金は……?」


「80シーグル、7ラッド。節約すれば二週間、といったところですね」


「あー……」


 俺のせいだよな、確実に。

 とは言え、謝るのも違う気がする。

 言葉に迷っていると、


 ──こつん。


「だ!」


 ヘレジナが、俺の額を軽く打ち据えた。


「まさか、自分のせいだなどと思い上がってはいないだろうな」


 額を軽く撫でながら答える。


「そんな単純な問題でもないから黙ってたんだろ……」


「仮にカタナが無傷であったとしても、アインハネスへ入った直後に路銀が尽きている。後か先かの問題で、結局は大して変わらん」


「──…………」


 備え付けの箪笥へと視線を移す。

 郷に入っては郷に従え。

 今の俺は、ベイアナットで悪目立ちしない程度の衣服を身に纏っている。


「俺のスーツ、売っちまっていいぞ。もう上着しか残ってないけど」


 スーツの下は、ルインラインと戦った際に、血で汚れるわ燃えるわ破れるわでボロボロになったため捨ててしまった。

 おかげで価値は半減してしまったし、今さら羽織る機会もないだろう。


「え、……と、その。やめたほう、いいかも……」


「なんでだ?」


「さ、サンストプラに、一着しかない貴重な服だから。こ、古物商は、お金にしてくれるだけ。お、お金では支払えない価値が、あ、あのスーツには、ある、かも?」


「……なるほど」


 やはり、プルは頭がいい。


「今後お金では換えられない価値のあるものが必要になったとき、その交渉に最も有利なのが、このスーツかヘレジナの銀琴くらいだもんな」


「……やらんぞ」


 ヘレジナが、少しばかり警戒しながら言った。


「盗らんて」


 盗ったところで使えないし、売ろうにも伝手がない。


「で、でも、お金はほしい、……でっす。国境、渡りたい。また、魔獣とか飛竜騎団に襲われたら、ひとたまりもないかも」


「その通りです。そして、そのための諜報活動でもあったのです」


 ふふん、とヘレジナが胸を張る。

 この二週間、俺たちも、ただ漫然と過ごしてきたわけではない。

 俺は、万に一つの可能性に賭けて魔術を習得しようと訓練していたし、プルはプルで家事を一手に引き受け、俺たちのサポートに徹していた。

 ヘレジナはと言えば、時折ベイアナットへ出向き、情報を掻き集め、今後の方針を練るという重要な役回りを進んでこなしてくれていた。

 情報は、純金よりも価値がある。

 もしヘレジナがいなければと考えると、それだけで背筋が寒くなる。


「そう言や、ここ数日は報告聞いてないな。進展なしか」


「そうだな。あるにはあったが、〈なかった〉と言ったほうが近いかもしれん」


「……と、とんち?」


「いえ、とんちでは」


 ヘレジナが咳払いをし、続ける。


「簡潔に言うと、師匠が命を落としたという噂が市井に流れていないのです。人の口に戸は立てられない。であれば、かなり早い段階で箝口令が敷かれたと考えるのが自然でしょう」


「え、ど、どうして……」


「申し訳ありません。わかりかねます……」


 なるほど。


「仮説でいいなら」


「ほう、言ってみろ」


「ルインライン=サディクルが亡くなったことが世間に知れ渡ったとき、誰がいちばん被害を被るか」


「あ──」


 プルは今の一言で理解したようだ。


「誰と言われても、師匠は知己が多いゆえな……」


 クイズがしたいわけではないので、さっさと進める。


「答えはパレ・ハラドナだ。一国を揺るがすことのできる武力を、たったの一日で失ったんだからな」


「!」


「あの無数の刺客のなかにはパレ・ハラドナから派遣されたやつもいたはずだ。ルインラインの遺体をパレ・ハラドナ側の人間が見つければ、上手く隠して万々歳。パラキストリ側の人間が見つけていれば、パレ・ハラドナを脅すことができる。どちらにせよ、ルインラインの死は隠蔽されることになる。あくまで仮説だけどな」


「──…………」


 パレ・ハラドナがプルの敵であることは、もはや覆しようのない事実だ。

 気丈な態度を取ってはいるが、本心ではつらいだろうな。


「話を戻します。飛竜騎団の目撃情報もありませんでした。こちらの推察は私から行いましょう」


 こほん、と咳払いをし、ヘレジナが続ける。


「パラキストリは連邦です。連合国家と言い換えてもいい。つまり、各伯領の自治権が非常に強く、伯領間での連携が取りにくいのです。そして、私たちを追っていたザイファス伯領の領地は、地竜窟のあったハバラ湿原まで──」


「ざ、ザイファス伯領の飛竜騎団は、こっちの伯領に入れない、……って、こと?」


「ええ。下手を打てば内戦となる危険すらありますから、判断としては妥当でしょう。加えて、師匠の死が確認されていれば、神託が実現しなかったことは容易に推測できます。つまり、パラキストリには、無理を押してまで私たちを追う理由が既にないのです」


「な、なるほど……!」


 頷くプルを横目に、ふと湧いた疑問をぶつける。


「なら、アインハネスへ急ぐ理由もなくなったのか?」


 ヘレジナが、小さく首を横に振ってみせた。


「無理を押してまでは、と言ったろう。無理でなければ追ってくるし、素性がわかれば捕縛しようとしてくるはずだ。パラキストリにいる限り、私たちはお尋ね者なのだ。なるべく早く出国するという方針に変わりはない」


「つーことは、どっかで稼いでこないとか……」


 賭場でもあればと思ったが、[羅針盤]なしでどうなるかは、既に身を持って知っている。


「か、かたなは、おしごと、すんごく頑張ってきたんだよね……」


「頑張ったと言うか、頑張らされたと言うか、頑張る頑張らないの概念が擦り切れてなくなっても働かされていたというか……」


「あ、相変わらず地獄のような労働環境であるな……」


「だから、普通の仕事だったらなんでもいい。接客でも、力仕事でも、トイレ掃除だって、休憩一時間で八時間労働の契約さえ守ってくれるんなら天国だ」


「か、かたな! ぜったい、そういうおしごと探そうね!」


「探さずとも、たいていの仕事はその範疇に入ると思いますが……」


 咳払いで区切りを設け、ヘレジナが話を続ける。


「仕事の当てはあります。短期間で高収入。腕に覚えさえあれば、未経験者でも大歓迎」


「──…………」


 ここに〈アットホームな職場です〉と付け足せば、ブラック求人そのものである。

 俺も、そんな一文に騙された口だ。

 天井を見上げ、涙をこらえる。


「わ、わ! かたな、なんで泣いてるの!」


「天井の木目が沁みてなあ……」


「……何か、嫌なことを思いだしたのだな。続きは後にするか?」


「いや、大丈夫だ。過ぎたことを言ってても仕方ないしな」


「相分かった」


「で、でも、都合がよすぎて怪しい、……かも」


「なに、私たちに最も適した仕事ですとも」


「具体的には?」


 ヘレジナが、得意げに言った。




「──冒険者、だ!」

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