3/或る時、或る部屋で -1 創世の女神
「──…………」
目蓋を開く。
視界がぼやけていた。
幾度かまばたきをすると焦点が合い、視界の中で何が動いていたのかが理解できた。
シーリングファンだ。
大きな羽根が、ゆっくりと回転している。
「……ん……?」
のそり、と、上体を起こす。
どうやら、コタツで横になっていたようだ。
通電していないのか、コタツの中はさして暖かくない。
頭がぼんやりしている。
「どこだ、ここ……」
俺の呟きに、応える声があった。
「──あ、起きた」
それは、パソコンデスクに向かっていた女子高生くらいの小柄な少女だ。
サメデザインのパーカーの帽子を脱ぎ、高級そうなヘッドホンを外す。
「気分はどすか?」
「気分……」
気分って、どんな意味だったっけ。
右手で顔を押さえる。
ああ、そうか。
「頭が、すげえ、重い。……インフルにかかったときみたいだ」
「ふうん。なら、もすこし休んだほういいよ。リセットしたとは言え、あそこで七十三万年も彫像やってたんだから。一回精神崩壊してるのよ」
「七十、……三万年……?」
大きすぎてピンと来ない数字だ。
「感覚的にはね。いくら神眼の重ね掛けだからって、天眼は、ほんとに時を止められるわけじゃない。でも、人間の感覚に限界はないから」
「──…………」
少女の話は荒唐無稽で、理解の及ばないものだった。
だが、それが自分の話だということは、わかる。
もやの向こうのおぼろげな記憶が、そう叫んでいた。
「──デムリカー!」
少女が、誰かの名を呼ぶ。
すると、数秒もせずに、部屋の扉が開いた。
「ご用命ですか?」
現れたのは、金髪碧眼の容姿端麗な青年だった。
「形無が起きたから、生姜湯でも作ってあげてよ。はちみつたっぷり入れたやつ」
「はちみつは、あなたの好みでしょう」
青年──デムリカは、すこし呆れたようにそう言ったあと、俺の前で腰を屈め、視線の高さを合わせた。
「形無。君は、甘いものは大丈夫ですか?」
「……あ、おう。好きなほう」
「では、彼女と同じものを作って参りましょう」
そう告げて、デムリカが部屋を出て行く。
デムリカ。
どこかで聞いたことのある名前だった。
「驚いた?」
「……?」
少女の言葉に首をかしげる。
「イルザンハィネスは月の太陽やってるし、サザスラーヤはあの通り。ヤーエルヘルとはずっと一緒にいたけど、デムリカだけ情報なかったでしょ」
「あ──」
思い出していく。
冒険の日々を。
俺の脳が、急速に回転を始めた。
「──ここは!」
「あ、おめめぱっちりした」
「ここはどこだ。お前は、……誰だ?」
「あー」
少女が、うんうんと頷く。
「そっか、そっか。気付いてなかったか。こりゃうっかり」
「──…………」
少女を、真剣な目で見つめる。
「自己紹介なんて初めてかも。えーと、なんて言えばいい? 名前? それともスリーサイズ?」
「……名前から頼む」
「おうけい」
少女が、自分の胸に手を当てる。
「神は、エル=タナエル。この地球そのものであり、その意志である。これでよろし?」
「──…………」
デムリカの名が意味するものを理解してから、あるいはと思っていた。
「……聞きたいことが、たくさんある。あり過ぎて渋滞してる」
「だろね。まあ、生姜湯飲みながら落ち着いて話そ。時間はあるし」
「ああ……」
エル=タナエル。
創世の女神。
外見は好きに変えられるのだろうが、まさか、日本人の少女にしか見えない姿を取っているとは思わなかった。
エル=タナエルがヘッドホンを着け直し、右手をマウスに、左手をキーボードに乗せる。
何か、ゲームをしているらしかった。
体を傾け、ディスプレイを覗き込む。
FPSだ。
俺も、名前だけは聞いたことがあるような作品だった。
女神だけに無敵を誇るのかと思いきや、ぼこぼこ撃たれて死にまくっている。
「──うがーッ!」
エル=タナエルが、マウスを放り投げた。
「おっ、と」
床に叩きつけられそうになったマウスを、ギリギリで受け止める。
「マウスが悪いよマウスがー!」
「腕だろ絶対……」
「マウスが悪いの!」
エル=タナエルがヘッドホンを外し、どかどかと足を踏み鳴らしながらコタツに入る。
「形無、電源入れて」
「あれ、電源こっちか」
「そっち」
コタツ布団をめくると、確かにコードがこちら側から伸びており、その途中に電源スイッチが繋がれていた。
スイッチをスライドさせると、コタツの内側が、ぽ、と明るくなる。
「……あー、あったけえ」
「いいでしょ、お気に入り。春先だけど、今日は冷えるし」
「実家の正月を思い出すわー……」
「宮城で米農家だっけ」
「ああ。五年帰ってないけど……」
「いいこと教えてあげよか」
「……なんだよ」
怖いな。
「形無の妹さん、けっこうなハイスペ男子と交際中。上手くすれば、あと一、二年でゴールインする、……かもね!」
「……マジか」
なんかショック。
「──って、お前。そんなことまでわかるのか」
「お前て。こちとら創世の女神ぞ」
「いや、どうしても見た目がな。敢えてそうしてるんだろうけど……」
「ボンキュッボンがよろしいか? メルダヌアみたいの」
「……それはそれで落ち着かないから、今のままでいいです」
「よき」
そんな会話をしていると、再び扉が開いた。
「お待たせ致しました」
デムリカの手にしたお盆には、三つの湯飲みが載せられている。
「こちら、生姜湯です。シナモンも散らしてみました」
「てんきゅー」
「ああ、ありがとう」
湯飲みを俺たちの前に置いたあと、デムリカもコタツに入る。
シナモンを散らした生姜湯を、息で軽く吹き冷ましてからそっと啜った。
生姜湯は、思いのほか熱すぎず、とろりと喉を流れていった。
甘い。
そして、美味い。
「エル=タナエル。形無にお話は?」
「ちっとだけ。落ち着いてからのがいいでしょ」
「確かに」
「概要、デムリカが説明してよ。神より智慧の陪神のが頭いいんだから」
「構いませんよ。では──」
デムリカが、こほんと咳払いをする。




