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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部六章 亜人国家トレロ・マ・レボロ
221/229

1/ハウルマンバレー -3 寂しさに人恋しくて

 夏の後節五日。

 現代世界の暦に合わせるのであれば、九月五日となる。

 今日は、女神エル=タナエルを表す銀曜日だ。


 銀曜日の夜、銀輪教の信者は、誰もいない場所で月と語らう。

 プル、ヘレジナ、ヤーエルヘルの三人は、銀曜日の祈りを捧げるために、それぞれ騎竜車を出てどこかへ行ってしまった。

 ここは海沿いの街道だ。

 周辺には家もなく、見渡す限り開けており、人の危険も獣の危険もまずないと言っていい。

 銀曜の祈りには打って付けというわけだ。


 ──ぎし。


 こなれていない新品のスプリングが、軽く軋む。

 先に寝ていて構わないと言われてはいるが、なんとなく三人が心配でもあった。

 俺たちは、よく、とんでもない事態に巻き込まれてしまうから。


「あ゛ー……」


 広いベッドで寝返りを打つ。

 寝心地は抜群だ。

 布団も、恐らくは羽毛の枕も、新品の香りがして心地がいい。

 だが、心はざらついていた。


「……ナナイロ」


 一人になると、どうしても考えてしまう。

 もし、ここに並んでいるベッドが五台だったとしたら、あの子はどれほど喜んだだろう。

 プルと一緒にベッドの上で跳ねて、ヘレジナに怒られていただろうか。

 夜になれば寂しくなって、ヤーエルヘルのベッドに潜り込んだだろうか。

 寝坊した俺を、起こしてくれただろうか。


「──…………」


 うつ伏せになり、枕に顔を突っ込む。

 わずかに浮かぶ涙を、なかったことにするために。



 ──しばらくして、誰かが騎竜車に乗車する音がした。



 明らかに気配を消そうとしている。

 俺が就寝している可能性を考えてのことだろう。

 梯子に繋がる開口部から顔を出したのは、プルだった。


「──……あ」


 バッチリ目が合う。

 灯術の白い光に照らされたプルの目元は、すこし赤かった。

 そうだよな。

 あの子を失ってつらいのは、苦しいのは、ヤーエルヘルだけではない。

 皆、そうなのだ。

 だから、俺は、努めて明るく振る舞った。


「いやー、このベッドめっちゃいいわ。お前らのこと待とうと思ってたのに、危うく寝落ちするとこだ」


「ふ、……ふへ、へ。改造してもらって、よ、よかったね……!」


「まったくまったく」


 プルが、隣のベッドに腰掛ける。

 相談の結果、俺の隣はヤーエルヘルに決まったが、ベッドに座るくらいで文句を言う仲間はいない。


「このベッド、ひろー……い、よね。ふ、ふたり寝れそう……」


「どれ」


 両腕を伸ばし、ベッドの幅を概算で測る。


「俺の世界だと、ベッドの大きさが規格で決まっててさ。小さなほうからセミシングル、シングル、セミダブル、ダブル──って感じでだんだん大きくなっていくんだ」


「ふんふん……」


「明確な基準とかぜんぜん覚えてないけど、セミダブルかダブルくらいはありそうだなあ……」


 嗚呼、なんと贅沢なことか。


「──…………」


 プルがおもむろに立ち上がり、俺のベッドに腰を下ろす。


「……プルさん?」


「か、かたな。端に寄ってー……」


 数秒迷うが、同衾するわけでもない。

 二人で横になれるかを試すだけだ。

 そう自分を納得させて、ベッドの端に身を寄せる。


「うん、……っしょ」


 プルが、俺の腕を抱くようにしてぴたりと密着する。

 熱いくらいの体温が伝わってくる。


「わ、わりとよゆう……?」


「……俺は余裕じゃない」


 それぞれ意味は異なるが。

 とは言え、だ。


「二人でこれなら、ダブルサイズはありそうだな。俺がアパートで使ってた安物とは大違いだ」


「どのサイズ、だ、だったの……?」


「セミシングル……」


「ちいちゃいやつ……」


「最初のうちは、寝返り打つときにたまに落ちてた」


「せつない」


「慣れれば落ちなくはなってくるんだけど、寝返りの工程が普通より多いから、当然、眠りは浅くなるよな。熟睡できないっつーか」


「このベッドなら、熟睡できる、……よ!」


「だな」


「ふへへ、へへ……」


 まるで猫のように、俺の腕を巻き込んだままプルが丸くなる。


「腕が熱い……」


「わ、わたしも熱い……」


「何故する」


「なぜか、する」


 誘っているのかと勘違いしてしまうくらい、プルの好意はストレートだ。

 ネウロパニエで彼女を〈俺の特別〉だと告げて以来、二人きりになったときのボディタッチが激しくなっている気がする。


 ぽん。


 プルの頭に手を乗せてみた。


「なんだか猫みたいだな。プル猫」


「にゃ、にゃあー……ん」


 可愛いな、おい。


「可愛いな、おい」


 口から出ていた。


「ふへ、へへへ、うへへへへ……」


 怪しい笑い声を漏らしたあと、プル猫が俺の腹にダイブする。


「ぐほッ!」


「ご、ごろごろごろ……」


「口で言うのか……」


 プルの頭を撫でてやりながら、俺は、いつの間にか晴れ晴れとしている自分に気が付いた。

 やはり、人が恋しかったのだ。

 誰かと触れ合いたかったのだ。

 プルも同じだったのか、それとも俺の寂しさを察したのか、それはわからない。

 だが、言うべき言葉は同じだった。


「……ありがとうな、プル」


「んに?」


「気にすんな。礼を言いたい気分だっただけだから」


「んなー……、ん」


 猫が匂い付けをするように、プルがどんどん体をすり寄せてくる。

 当然、俺の体はどんどん押し出されていく。


「落ちる落ちる。……いや、お前落とす気だな!」


「ばれた……」


 しばしじゃれ合っていると、誰かが騎竜車に乗り込んでくる気配がした。


「ほら、自分のベッド戻れ戻れ」


「は、はあー……、い」


 プルが、一つ離れたベッドへと戻っていく。

 一階から梯子を登ってきたのは、ヤーエルヘルだった。


「──…………」


 ヤーエルヘルは、もう、誤魔化すことができないくらい目を真っ赤にしている。


「た、ただいま戻りました……」


 俺とプルは、思わず顔を見合わせた。


「や、ヤーエルヘル。こっち、お、おいでー……?」


「あ、はい……」


 プルが、ヤーエルヘルの頬に手を添える。

 治癒術の光が、ヤーエルヘルを優しく癒していく。


「目、腫れないうちに、……ね」


「……ありがとう、ございまし」


 ヤーエルヘルが、なんとか微笑みを浮かべる。


「二人はどのあたりで祈ってたんだ?」


「あ、あちしは、すこし海に近付いて、岩場から──」


 三人で雑談を交わす。

 涙を出せるだけ出したおかげか、二人ともすっきりとした顔つきだ。

 しばらくすると、ヘレジナも帰ってくる。

 彼女の目は、案の定赤かった。

 その事実を誤魔化すように、ヘレジナが大声で言う。


「──さあ寝るぞ、やれ寝るぞ! 毛布のみの雑魚寝と比べてどれほどのものか、試してくれよう!」


「大丈夫か? わくわくし過ぎて目がギンギンに冴えてないか?」


「冴えとらんわ、子供か!」


 掛け布団を足元にまとめながら、言う。


「皆は、掛け布団どうする? 気温が半端なんだよな」


「夜でしし、暑くはないでしけど、掛けると寝苦しそうでしもんね……」


「わ、わたしは、暑かったらどかす……」


「悩ましいな。まあ、暑いなり寒いなりすれば、寝惚けた自分がなんとかしてくれるであろう」


 真理だった。


「──よし! 全員、歯は磨いたか!」


「お、おー……!」


「磨きました!」


「皆で揃って磨いたであろうに」


 仲良しだよな、俺たち。


「トイレは大丈夫か!」


「そこまで心配される謂われはないわ!」


「あちしは大丈夫でし」


「あ、い、行っとこー……」


「ほら、確認必要だった」


「うむ……」


 プルが、騎竜車に備え付けの簡易トイレから戻り、再び自分のベッドに腰掛ける。


「それでは──」


 頭上で白く輝いていた灯術の明かりに触れる。

 すると、花が散るように光が消え、騎竜車の二階は闇に包まれた。


「おやすみ、いい夢見ろよ!」


「そんな元気な就寝の挨拶があるか」


「おやすみなさい、でし!」


「お、おやす、……みー!」


 枕に後頭部を預け、目蓋を閉じる。

 一人のときとは異なり、俺の心は凪のように穏やかだ。

 ぼそぼそと声が聞こえる。


「や、ヤーエルヘル……。今度会うとき、い、イオタくん、かたなくらいの身長になってたら、どうする……?」


「なってたら、どきってしちゃいそうでし……」


「そこ、恋バナしない!」


 完全に修学旅行の夜だった。


「は、……はーい」


「ごめんなし……」


 それからも、こそこそと囁き合っては注意する者とされる者の立場を入れ替えて遊び、気が付けば俺の意識は闇へと呑み込まれて行った。

 夢を見た気がする。

 だが、それは、ひどくぼんやりとしたもので、とても言語化できる内容ではなかった。


 ──ぎし。


 ベッドが凹む感触で、うっすらと目を覚ました。

 何か、小さくて温かいものが、俺の懐に入り込んでいる。


「──……ん?」


「あ──」


 吐息で気付く。


「ヤーエルヘル、か……?」


「は、はい……」


「……どうした?」


「──…………」


 十秒ほどの沈黙ののち、ヤーエルヘルが答えた。


「……ナナさんのこと、思い出してしまって」


「そっか……」


 ふと、ネルの言葉を思い出す。

 俺は、客人まろうど

 ヤーエルヘルは、俺にだけは怯える必要がない。

 プルのことも、ヘレジナのことも、ナナイロのことも大好きなヤーエルヘルだ。

 それでも、純人間に対する拭いがたい恐怖は、心の奥底に確かに存在する。

 好意と恐怖は同居し得る。

 必ずしも相反するものとは限らないのだ。


「──…………」


 俺は、ヤーエルヘルをそっと抱き締めた。


「あ──」


「人恋しい夜もあるさ」


「……はい」


 ヤーエルヘルが、俺を抱き締め返す。

 彼女の髪は、干し草のような、爽やかで甘い香りがした。


「おやすみ、ヤーエルヘル」


「……おやすみなさい。カタナ、さん……」


 ヤーエルヘルの体温は高く、密着した部分は熱いくらいだ。

 だが、深夜の涼しさも相俟って、そこまでは気にならなかった。

 ヤーエルヘルを掻き抱き、俺の意識は、再び夜の底へと溶け落ちて行った──

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