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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部五章 海洋国アーウェン
207/222

2/エン・ミウラ島 -終 さようなら、そして、ただいま

 十七番目が、ナナイロから手を離す。


「そんなわけだ。私は、私の意志で、オリジンの妄執を食い止める。六十年後、願望器もろとも吹き飛ばしてくれて構わない」


「そんなッ!」


 ヤーエルヘルを、優しく見つめる。


「そうしたいんだよ、私は」


 ──パン、パン。

 十七番目が、急かすように両手を叩く。


「さあ、まずは島民を助け出さねばなるまい? さっさと行くがいい」


十七番目ケレスバルマ。お前は?」


「私は、君たちがこの願望器の間を出たあと、島民たちを目覚めさせる。そして、自らこの願望器に入る。オリジンの願いを妨げるために」


「そうか……」


「今生の別れだ。だが、邂逅したのは僅かな時間に過ぎまい。ただすれ違ったものと思って、君たちは君たちの旅路を行くがいい」


 マナナが、十七番目へと近付いていく。


「……そんなこと、できるはずないじゃんか」


 そして、十七番目の背中を思いきり叩いた。


「づあッ!」


「ワンテール島ではね、別れのときはこう言うんだ」


 そして、マナナが、わざと笑ってみせた。


「また、明日」


「──…………」


 十七番目は、毒気を抜かれたような顔をして、軽く吹き出した。


「叶わんな。会えないことなどわかっているのに、それをわざわざ言わせるか」


「わかってても言うのさ。また会いたい相手にはね」


「──では」


 十七番目が右手を上げる。


「また明日、だ」


「また明日な!」


「ま、ままま、また、……明日!」


「また明日、だ」


「また明日、でし」


「また、明日」


 そして、最後に。

 マナナが、オリジンの培養槽に手を触れた。


「ジーン。あんたにも」


 オリジンの手が、ガラス越しに、マナナと触れ合ったように見えた。


「──また、明日」


 オリジンの感情が溢れてくる。

 悲しみ。

 喜び。

 怒り。

 苦しみ。

 切なさ。

 そして、懐かしさ。


「うちはナナミじゃない。でも、わかるよ。ナナミは、こんなこと望んじゃいない。こんなことを望む人間が、パタネアみたいな子を育てられるはずがないもんね」


 それだけ告げて、マナナがきびすを返す。


「行こっか」


「ああ」


 俺たちは、どこか後ろ髪を引かれる思いを残しながら、願望器の間を後にした。

 部屋を出た瞬間、うっすらとざわめきが聞こえ始める。

 幾つかのコフィンが開き、老若男女が戸惑うように周囲を見渡していた。


「とりあえず介抱だな。人によっては一年間も眠り続けたんだ。何かしらの後遺症が残っててもおかしくない」


「そんときは、うちとプルちゃんの治癒術でなんとかするさ」


「う、うん!」


 頼もしい二人だ。


「ナナイロ。ヘレジナと一緒にパタネアと子供たちを呼んできてくれ。みんな、家族に会いたいだろうからさ」


「おう、わかったぞ!」


「魔獣は近辺にはいないと思うが、護衛は任せておけ」


「頼んだ」


 昔々のその昔、エン・ミウラ島の人々は困り果てていました。

 島の近海に海の魔獣が巣を張り、町を襲い始めたのです。

 魔獣から島を守るため、男たちは剣を取りました。

 男たちが勇敢だったが故に、島には孤児が溢れました。


 男たちが姿を消したのち、島に悪党が現れました。

 悪党は魔獣を従え、今度は女たちをさらい始めました。

 そうして、町には子供ばかりが残されました。

 エン・ミウラ島は、子供の島となったのです。


 あるとき、エン・ミウラ島に、五人の旅人が訪れました。

 彼らの名は、ワンダラスト・テイル。

 旅をしながら人を救う、まさに英雄でした。

 子供たちは、ワンダラスト・テイルに助けを求めました。

 彼らは、たったの五人で、たくさんの悪党と魔獣に立ち向かったのです。


 ワンダラスト・テイルは多くの敵を打ち負かすと、悪党の住処である北の入り江へと向かいました。

 彼らはそこで、島の大人たちが働かされているのを見ました。

 男も、女も、殺されてはいなかったのです。

 ワンダラスト・テイルは悪党の親玉を倒し、大人たちを助け出しました。


 ──伝説は、まさしくその通りだったのだ。






 島の人々をコフィンから救い出し、必要であればプルとマナナが治癒術をかけていく。

 幸い、深刻な後遺症を訴える島民はいなかった。

 島民全員の無事を確かめ終えた頃、ワンダラスト・テイルの名とその功績は、エン・ミウラ島に住むすべての人々の知るところとなっていた。


「さあ、帰って宴の準備だッ!」


「あンたは早くに眠っちまったから知らないだろうけど、この島けっこう大変なのよ?」


「ええい! 島の大恩人に、ンな湿気たこと言えるかよ! 明日のことは明日考えろい!」


 そんな賑々しいやり取りが、ホールのあちこちから聞こえてくる。


「──ほら、いつまでもここで騒いでても仕方ないだろ! 帰ろう! 僕たちの家へ!」


 ライナンが大声を張り上げ、島民たちを先導していく。

 リーダーシップを取れる性格なのだろう。

 未来のパタネアは見る目がありそうだ。

 皆がホールを出て行くのを横目に、俺は、懐中時計で時刻を確認した。


「もうすぐ四時間、か……」


 島の人々の救出に自己紹介、そして言える範囲での事情説明ともなれば、四時間程度で済んだのはむしろ手際が良いほうだったろう。


「も、もう、……時間ない、ね」


「ああ……」


「ヤーエルヘル。腕時計はどうなっておる?」


「あ、はい!」


 ヤーエルヘルが、腕時計の半球状の蓋をカチリと押し込む。

 すると、四本の赤い針が変わらず表示されていた。

 今までと違うのは、四本の針が重なりつつあることだ。


「──ワンダラスト・テイルのみなさーん!」


「うおおーッ!」


 俺たちの周囲から人がいなくなることを確認してか、パタネアとナナイロがこちらへ駆け寄ってくる。


「よっ、と!」


 マナナがナナイロを受け止め、抱き上げた。


「……その」


 パタネアが、目を伏せ、言いにくそうに口をつぐむ。

 彼女が知りたいことは、一つだ。


「ジーンのこと、だよな」


「はい……」


 意を決したように、パタネアが顔を上げる。


「お父さんは、どうなりました、か」


「──…………」


 十七番目は言っていた。

 パタネアは強かったが、オリジンは弱かった、と。

 オリジンは既に理性を食い潰し、狂い果て、永遠に見つからないナナミの幻影を追い求め続けている。

 だが、そこまで壊れても、自らの願いを娘であるパタネアに知られたくなかったのだ。


「どんな真実でも受け入れます。たとえ、ワンダラスト・テイルの皆さんが、父を──」


 パタネアが、俺を真正面から見る。


「……殺してしまっていたと、しても」


 ジーン=ゼンネンブルクが、ただの悪党であればよかった。

 ヘレジナがジーンの尻を百叩きし、それで一件落着とできるのであれば、よかった。

 だが、違うのだ。

 オリジンは生き続ける。

 パタネアが死んだあとも、生き続ける。

 今後六十年間、決して出ることの叶わない培養槽の中で孤独に苦しみ続けるのだ。

 十七番目の願いによって、手足となる複製を作ることすらできぬまま。


 真実を伝えるべきだろうか。

 殺したと告げるほうが、幸せなのだろうか。

 思考が堂々巡りする。


「……ジーンは」


 口ごもりながら、それでも言葉を紡ぎ始める。

 そのときだった。


「あ──」


 俺たちの体が、ほのかに光を発し始めた。


「と、時計の針が!」


 ヤーエルヘルを見る。

 腕時計の文字盤の上で、四本の赤い針が完全に重なり一本になっていた。


「み、皆さん! 大丈夫ですか……!?」


「あ、えっと──」


 マナナからナナイロを引き剥がし、パタネアに差し出す。


「悪い。あとはこいつに聞いてくれ!」


「か、カタナ兄ー!?」


「仕方ないだろ、時間切れなんだから」


 助かった──なんて、間違っても思ってはいないぞ。

 本当だぞ。


「そ、そりゃないぞー……」


 取り急ぎ、別れの挨拶をしなければなるまい。


「え、っと! その! げ、げ、元気で、ね!」


 プルが、一度だけ、パタネアごとナナイロをぎゅっと抱き締める。


「もちろんです!」


「へへ……」


「慌ただしい別れになってしまったな。もうすこし情緒が欲しいところであったが……」


 ヘレジナが腕を組み、微笑む。


「元気な子を産むのだぞ、パタネア」


「へ? は、はい。がんばります……?」


「あはは! ヘレジナちゃん、最後にそれ言う?」


 マナナが、心底楽しそうに笑ったあと、口を開いた。


「──また明日ね、パタネア。ナナイロ。すぐに会えるよ」


「は、はい!」


「おう!」


 ヤーエルヘルが一歩前に出て、ナナイロと視線の高さを合わせる。


「ナナさん」


「ヤー姉……」


「また明日、でし。未来のあちしのこと、よろしくお願いしまし!」


「……ああ、また明日!」


 俺は、パタネアとナナイロが皆と仲睦まじくしている姿を、この目に焼き付けていた。

 二度と見られない風景。

 奇跡の先の先でのみ見ることのできた、優しい結末を。


「──ナナイロ。お前は、ワンダラスト・テイルの五人目のメンバーだ。いつまでも、ずっと。六十年経ってもな」


 俺の言葉に、ナナイロが、驚くほど大人びた笑みを浮かべた。


「うん、知ってるよ。知ってる。おれたちは──」




 ──そして、俺たちの視界は、白く、白く、明転した。




 ナナイロが最後に何を言いたかったのか、唇の動きで察することができた。

 ああ、そうだな。


 おれたちは、仲間で、ずっと友達だ。




 さようなら、エン・ミウラ島。

 そして、

 ただいま、ワンテール島。

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