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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部五章 海洋国アーウェン
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2/エン・ミウラ島 -7 五人目

 診療所の扉を開くと、待合室が騒がしかった。


「──はい、忘れ物はないですか! 大切なもの、必要なもの、自分で持つんですよお!」


「はーい!」


「わかってるよー」


 パタネアの確認に、子供たちがわいわいと言葉を返す。

 待合室のソファには、まだ顔の青い中年の女性と、老齢に差し掛かった男性の姿があった。

 プルとマナナが治療した人たちだろう。

 ヘレジナがこちらに気付く。


「おお、プルさまにカタナ。戻られましたか」


 マナナとヤーエルヘルも、ヘレジナに続いてこちらを振り返る。


「よかったよかった。あと十分遅けりゃ、ヘレジナちゃんが探しに行くとこだよ」


「危なかったでし。入れ違いになるところでした……」


「悪い。魔獣除けの検証に、思いのほか時間がかかってな……」


 ナナイロが、俺のシャツの裾を引く。


「なーなーカタナ兄! その魔獣除け、使えんのか?」


「結論から言うと、使える。ちゃんと効果あったぞ」


「本当ですか!」


 パタネアに頷く。


「効果範囲も広めだから、地下室に篭もる必要もなさそうだ。ただ、もしものことを考えると、地下室のある家で過ごしたほうがいいとは思う。すぐ逃げ込めるようにな」


 子供たちから歓声が上がる。

 命あっての物種とは言え、嫌なものは嫌に決まっている。


「なら、ダーニャさんちをお借りしましょう! あそこのおうち、とても大きいですから。代わりに地下室は、もともと使われてなくてボロボロで」


 マナナが同意する。


「地下室を緊急避難先として使うんなら、妥当なとこじゃない? いくら範囲が広くたって、一ヶ所に固まってたほうが安心なのは違いないし」


「ですね!」


「──あ、そ、そだ」


 プルが、鞄から魔獣除けを取り出す。


「この、ま、魔獣除けなんですけど、近くにいると──」



 ──トンッ



 プルの言葉にかぶせるように、心臓が軽くノックされる。


「ギャッ!」


 ナナイロが、潰されたカエルのような声を上げた。


「……とまあ、こんな感じで変な振動が来るんだ。この振動で魔獣を遠ざけてるっぽい」


「なんだか、くすぐったいかんじでしね。落ち着かないかも……」


「な、な、な、なんだいまのはー!」


 がるるると威嚇をしながら、ナナイロがパタネアの背後に隠れる。



 ──トンッ



「にぎゃーッ!」


 そして、二度目の振動の直後、あっと言う間に診療所の外へと駆け出ていった。


「パタネア!」


「はい!」


 パタネアと共に、ナナイロを慌てて追い掛ける。

 夏が色濃い屋外に出ると、魔獣除けから隠れるように、ナナイロが診療所の壁に貼り付いていた。


「ナナイロ、どうしたの?」


 パタネアが、ナナイロに視線の高さを合わせる。


「胸が、ざわわ! めきょめきょ! がいーんってしたぞ!」


「大袈裟な……」


「あたしは、トンッてしただけだったけどな。へんな感じだけど、嫌ではないかも」


「おれ、苦手だあ……」


「まあ、好みの分かれる感覚ではあるよな。もしくはナナイロが特別に敏感──」


「んぎゃ!」


 ナナイロがさらに逃げていく。


「……え、今震えたか?」


「わ、わかりません……」


 二十メートルほど離れた位置で、ナナイロが振り返る。


「だ、だめだこれ。おれ、傍にいるの無理だぞ……」


 パタネアが、困ったように言う。


「ナナイロ、なんだか合わないみたいですね。風が吹いただけで痛む病気もありますし、感覚の鋭さは人それぞれなのかもしれません」


「しかし、どうすっかな。これだと、ナナイロは皆と一緒の家にいられないぞ」


「はい……」


 軽く思案する。


「ナナイロだけ隣の家にいてもらう、とか」


「すみません。ダーニャさんちのあたり、家と家とがかなり離れていて……」


「駄目か……」


 魔獣除けの恩恵を受けるためには、魔獣除けの近くにいなければならない。

 だが、ナナイロはそもそも魔獣除けの近くにはいられない。

 根本的な問題だった。


「……その」


 ナナイロが、遠慮がちに手を挙げる。


「おれ、カタナ兄たちについてっても、いいかな」


「俺たちにか?」


 パタネアが慌てて言う。


「ダメだよ、ナナイロ! 北の入り江は危険なんだから!」


「でも、おれひとりで別の家の地下室だなんて、絶対嫌だぞ……」


「だったら、あたしも一緒に!」


「パタ姉は、他の子たちの面倒があるだろ。目を離したら探検に行っちゃうような子だっている。マナナが手伝ってくれるとしても、大人の数、ぜんぜん足りてないもん」


「それは……」


 パタネアが消沈していく。


「だったら、カタナ兄たちと一緒のほうが安全だと思う。すごく強いし……」


「──…………」


 聡明な子だ。

 俺たちの力量も、人手が足りていないことも、すべて理解した上で提案している。


「……ナナイロ、カタナさんたちについていきたいだけじゃないよね?」


「う」


 ナナイロの反応に、パタネアが悲しそうな顔をする。


「嘘、ついたの?」


「ついてない! あれ、本当にだめなんだぞ! ついてってみたい気持ちはあるけど、パタ姉に心配かけてまではしたくない。信じてほしいぞ……」


 その言葉を聞いて、パタネアが微笑んだ。


「信じます。ごめんね、意地悪なこと聞いたね」


「ううん、おれこそ。みんな平気なのに……」


「誰かが平気なことでも、誰かはだめ。そういうこと、たくさんあるから。だから、ナナイロも気にしなくていいからね」


「うん……」


 二人のやり取りを聞きながら、俺は覚悟を決めていた。


「……わかった。ナナイロ、一緒に来い」


「カタナさん……」


 パタネアが、不安そうに俺を見た。


「ナナイロは、俺たちが守る。安心しろ──って、ただ言葉で言っても難しいよな。白き神剣に必要な純輝石アンセルは、魔獣除けに使っちまったし」


 俺は、近くの樹木の前に立ち、葉を十枚ほど失敬した。


「見ててくれ」


 十枚の葉を投げ上げ、神眼を発動する。

 ふわり、ゆらりと揺れ落ちる、掴みどころのない宙空の葉。

 俺は長剣を抜き放つと、そのすべてを縦に両断してみせた。


「──…………」


「──……」


 葉を幾枚か拾い上げ、パタネアとナナイロに見せる。


「大道芸だけど、こんくらいならできる。おまけに、ヘレジナは俺より強いんだ。多少は信じられるか?」


「すげー……!」


「それでも、心配です。けど……」


パタネアが、気丈な瞳で俺を見つめた。


「カタナさん。ナナイロを、お願いできますか」


「ああ、約束する。傷一つなく帰す」


「よろしく、お願いします!」


 パタネアが深々と頭を下げると同時に、マナナの声が周囲に響いた。


「──おーい、全員準備整ったよ!」


 皆が、診療所からぞろぞろと現れる。


「ナナさん、大丈夫でしか……?」


「うん、大丈夫だぞ」


 様子のおかしいナナイロに気を遣ってか、魔獣除けはまだ待合室にあるようだ。


「カタナ。そろそろ入り江に向かおうと思う。準備はできたか?」


「ああ」


 俺は、ナナイロの背後に回ると、その両肩に手を置いた。


「それと、ナナイロも同行することになった」


「なったぞ!」


「えっ!」


 プルが目をまるくする。


「魔獣除けの振動が、どうしても駄目らしいんだよ。一人で放り出すよりは、俺たちと一緒のほうが絶対にいい」


「そ、それは、そうかも……」


 ヘレジナが、胸を張って言う。


「私は構わん。そも、私とカタナがいれば、大抵の相手には遅れを取らんのだ。これは驕りではなく、事実である」


 ナナイロが、そっと目を伏せる。


「……ごめんな。おれ、お荷物になっちゃうけど」


 その言葉を聞き、ヤーエルヘルがナナイロの手を取った。


「お荷物は、あちしもでしよ」


「そーなのか?」


「はい。だから、気にしないでくだし。なるべく一緒にいて、カタナさんたちが守りやすいようにしましょうね」


「わかった!」


「ふうん……」


 マナナが、感心したように腕を組む。


「なるほどね。ワンダラスト・テイルの五人目は、うちじゃあなくてナナイロってことか」


「おれが?」


「だってそうだろ。うち、パタネアと一緒に子供たちの世話しなきゃなんないもん。頑張りたまえ、英雄ども」


「おれ、そんな……」


 ナナイロが、戸惑いながら、ヤーエルヘルの顔を見上げた。


「ナナさんが仲間なら、あちし、とっても嬉しいでし!」


 それは、未来を知っているが故の言葉だ。

 大人になったナナイロと共に二十年の時を過ごしたヤーエルヘルの、心からの喜びだ。

 プルが微笑む。


「そ、そっか! な、ナナイロが五人目、……だったんだ」


「面白いことになってきたではないか」


 ナナイロに左手を差し出す。


「一緒に島を救おうぜ、ナナイロ」


 残った右手で俺の手を握り、ナナイロが満面の笑みで頷いた。


「うんっ!」


 俺とヤーエルヘルのあいだで安心しきった表情を浮かべるナナイロを見て、改めて誓う。

 絶対に守る。

 この子を傷つけさせてなるものか。


「パタネア。マナナ。行ってくる」


「ああ、行っといで。油断はしないでおきなよ」


「ナナイロを、島を、よろしくお願いします……!」


 俺たちは、二人の言葉に無言で頷くと、診療所を後にした。

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