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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部五章 海洋国アーウェン
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1/ワンテール島 -2 友との別れ

 預かり所で騎竜と再会し、おやつ代わりの飼い葉を与える。

 人によく馴れた騎竜の鼻頭を掻いていると、ふとシィのことが脳裏をよぎった。

 首元を掻いてやると、気持ち良さそうにしていたっけ。

 そんなことを思い出しながら、旅程に必要なぶんの物資を搬入し、騎竜車へと乗り込む。


「騎竜車も久し振りだな……」


「そ、そうだ、……ね」


 プルが、わくわくした様子で呟く。


「ま、……また、旅が、始まるんだ……」


「海洋国、アーウェン。どんな国なのでしょう。楽しみでし!」


「きっと、ま、また、いい出会いがある、……よ! いままで、ずっと、そうだったから」


「その出会いがナナさんだったら最高だな」


「はい!」


 ヤーエルヘルの頭を、帽子の上から撫でる。

 すると、ヤーエルヘルが目を閉じ、気持ち良さそうな顔をした。


「ははっ! シィみたいだな」


「シィちゃん、でしか……?」


「ちょうど、な。あの子のことを思い出してたんだ」


 ヤーエルヘルが、遠い目をする。

 戻れない過去を見据えるように。


「……きっと、悲しい別れもあるのでしょうね」


 俺は、頷いた。


「あるかもしれないな。でも、それは、生きてりゃ絶対訪れることだ」


「──…………」


「それでも、進まなければならない。シィを失ってなお、顔を上げて歩き続けることを決めた、イオタみたいにな」


「……はい」


 ヤーエルヘルが、俺を見て微笑んだ。


「イオタさんは、あちしの憧れ、でし!」


「それ、本人に言ってやれ。喜びすぎて発狂するかも」


「は、恥ずかしいので、次に取っておきまし……」


 イオタ、喜べ。

 意外と脈あるかもしれないぞ。


「──では、いったん魔術大学校へ向かうぞ」


 御者台から顔を覗かせたヘレジナが、そう口にした。


「おう、わかった」


 騎竜が歩き出す。

 舗装の行き届いたネウロパニエでは、騎竜車も揺れず快適だ。

 ほんの二十分ほどで、十二時の門の前へと辿り着く。


「おーい! こっちこっちー!」


 ヘレジナが騎竜車を停めると、シオニアが駆け寄ってきた。

 イオタ、ドズマ、そしてベディルスが、後ろから歩いてくる。

 俺たちは騎竜車を降り、御者台から離れられないヘレジナの傍で四人を出迎えた。

 ドズマが右手を上げる。


「よう、とうとう出立か」


「随分長居しちまったよ。離れがたくてな……」


「ははっ、そいつは光栄だな! お前らのおかげで濃密な日々を送らせてもらったわ」


「楽しかったぜ、ドズマ。来年こそは最優等クラス、もぎ取れよ」


「当然ッ!」


 ドズマと拳をぶつけ合う。

 ベディルスが、鉄面皮を崩さずに言った。


「ウドウ君たちには、世話になった。息子のことでも迷惑を掛けたな」


「気にしないでくだし。ベディルスさんのせいじゃありません」


「いや──」


 その双眸は、後悔に満ちていた。


「やはり、私のせいだ。あの馬鹿の暴走を止められなかった。気付けなかった。本当は、私が引導を渡すべきだったのだ。パドロ=デイコスが、息子を殺す前に」


 プルが、睫毛を伏せる。


「そ、……それは、か、悲しすぎ、……ます」


「……悲しい?」


「わ、……悪い子は、親に、殺されなければならない……。そ、そんなの、悲劇、……でっす。ツィゴニアさんは、ひ、ひとりの人間、……でした。その責任の一部は、……ベディルスさんにあった、……としても、ぜ、絶対に、すべてじゃない。子は、親の手から、は、離れていくものです、……から」


「──…………」


 ヘレジナが、苦笑するように口を開く。


「ベディルス。その様子では、同じことをイオタにも言っているのだろう?」


 イオタが呆れ顔で答えた。


「正解です。毎日のように言ってますから、ここらで懲らしめてあげてください」


「こ、こらしめは、しないけど……」


 だが、ベディルスの気持ちは痛いほどわかる。

 贖罪を果たしたいのだ。

 赦してもらいたいのだ。


「──でも、そうだな。謝り続けるほうは心が楽でも、謝られ続けることがしんどいこともある。イオタはきっと、ベディルスさんと今まで通りに日々を過ごしたいと思ってますよ」


 ベディルスが、イオタへと向き直る。


「……そう、なのか?」


 イオタが苦笑する。


「そりゃそうでしょう。お爺ちゃんが責任を感じてるのはよくわかったけど、ぼくは、そんなこと、どうだっていいんだよ。お爺ちゃんは、ぼくの唯一の家族だ。悪いと思っているのなら、長生きして、孝行させてよね」


「……ああ」


 ベディルスが、深く、深く、頷いた。


「まさか、別れの場でまで世話になるとはな。またネウロパニエを訪れたら、私の店に立ち寄ってほしい。義術具の調整をしたいのだ」


「ええ、お願いします。必ず寄りますよ」


 会話が一段落つくのを見計らって、シオニアが前へ出る。


「──カタナさん。プルちゃん。ヤーエルヘルちゃん。ヘレジナちゃん」


 シオニアの言葉を、無言で待つ。


「とっても、とーっても、楽しかった! 学校での日々も、参観会での思い出も、炎竜を退治したことも、ぜんぶ!」


「ああ、俺もだ。俺も楽しかった。シオニアがいてくれたからな」


「うん。わ、わたしも……」


「楽しかったでし……!」


 御者台のヘレジナが、腕を組む。


「まったく。貴様は、人好きのするというか人懐こいというか、共にいて飽きない人柄であるな。出会いこそ悪かったが、今は紛れもなく私たちの友人だ。次に会うのを、本当に楽しみにしておる」


「えへへー!」


 最後に、イオタが口を開く。


「──師匠」


「ああ」


「あなたと初めて出会ったときのぼくは、弱虫で、シィしか拠り所のない、情けない子供でした。あなたに出会わなければ、あなたのように強くありたいと願わなければ、きっと、ぼくの心は砕けていた。耐えられなかった。でも──」


 イオタが、両隣に視線を向ける。


「ぼくには、友達がいます。家族がいます。心配しなくったって、大丈夫ですよ。ぼくは、まだまだ強くなる。残してくれた練習メニューは、ちゃんと毎日こなしてます。このあいだ、ドズマさんからだって、一本取ったんですよ」


「十七回挑んで、ようやくな」


「一本は一本!」


「そりゃそうだ」


「カタナ=ウドウの一番弟子として、立派にやっていきますから。だから、あなたは、自分のすべきことをしてください。ただでさえ過保護なんだから」


「ははは……」


 ついに本人にまで言われてしまった。


「わかった、わかった。次に来るときまでに腕上げとけよ。師範級くらいに」


「ええ、もちろん。奇跡級にまで」


 思わず目を見張る。


「大きく出たな……」


「こういうのは、勢いで言ったほうがいいんですよ。現実は後からついてくる」


 たしかに、そういうものかもしれない。

 有言実行の中には、言った手前、後には引けなくなったが故の成果も混じっているはずだ。


「それと、ヤーエルヘルさん」


「はい」


「身長も伸ばしてカッコよくなっておきますので、その時はまた御一考のほどを!」


「はい!」


 ヤーエルヘルが、元気よく頷く。


「可愛い彼女を作る件はどうなった?」


「それはそれ、これはこれです」


「がんばってくだし! 応援してましね」


「……あ、つらい。今すごく脈のなさを実感してつらい」


 実際にはそうでもないのだが、あえて言わないでおく。

 すべては、次に会ったときだ。


「──さて、各人別れは済ませたな」


「もう、行っちゃうの?」


「今生の別れでもあるまい。このままだと、いつまでも話し続けてしまうだろう」


「だな」


 ヘレジナの言葉に頷くと、俺は、プルとヤーエルヘルの背中をぽんと叩いた。

 ステップに足を掛け、騎竜車へと乗り込む。


「また来る。そのときまで、元気で」


 イオタとドズマが、微笑みながら手を上げる。

 ベディルスが、右手の甲をこちらへ向け、一礼した。

 シオニアが、大きく手を振る。


「また、……ねッ!」


 俺たちも、手を振り返す。

 騎竜車が出発しても、その姿が小さくなっても、シオニアは、いつまでも手を振り続けていた──






 騎竜車の中で、ウージスパインの地図を広げる。


「ウージスパインの東端、ラーイウラのすぐ隣が、ニャサ」


 ニャサと書かれた丸の上に指を乗せ、そのまま左上へとずらしていく。


「北西にしばらく行くと、ネウロパニエ」


「でし」


「ぐ──ッと西へ進んで、果てが港町リンシャ。そこから海を挟んで、ようやくアーウェンか」


「す、すーごく、遠い……」


「ニャサからネウロパニエまでが、だいたい一日半だったろ」


 ニャサの上に親指を、ネウロパニエの上に人差し指の先を置いて、距離を測る。

 そして、ネウロパニエからリンシャまでを数えていくと──


「……うーわ、軽く十日はかかりそうだぞ」


「ウージスパイン、ほんとに広いでしもんね……」


 広大な地図を見渡しながら、リンシャまでの道筋をなぞる。


「でも、街や村はいい感じに点在してるな。上手く繋げて行けば、野宿は一日二日で済みそうだ」


「よ、よかったー……。物資は、も、問題ない、……けど、夏場の野宿は、うん」


「でしね。夏だと虫が……」


「でも、あれあるじゃん。離れたところに灯術の明かりを浮かべて、誘蛾灯にするやつ。あれ便利だよなあ」


「旅の知恵、というやつでし。あちしもナナさんから教わったんでしよ!」


「さ、さすが、筋金入りの旅人……」


「だいぶ旅慣れて来たとは言え、俺たちはまだまだ駆け出しだからな。ヤーエルヘル先生、ご教授お願いします!」


「えへへ、おまかせくだし!」


 ヤーエルヘルが、自分の平らな胸をぽんと叩いてみせた。

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