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2/ハノンソル -9 ハノンソル・カジノの長い夜(2/3)

「こちらの部屋で、しばらくお待ち下さい」


 そう告げて、ディーラーが退室していく。

 ハノンソルの地下に広がる広大なカジノフロアに、さらなる下層があることを、どれほどの人間が認知しているのだろうか。

 俺たちが案内された部屋は、どこかリゾートホテルを彷彿とさせる一室だった。

 だが、部屋の中央に鎮座する扇形のカジノテーブルが、ここがくつろぐための場所ではないのだと主張している。

 カゴに盛り合わせてあったフルーツを勝手に貪り食いながら、ナクルが口を開いた。


「まず、最低限の利益を確定するぞ。もし負けたとしても、それ以上は絶対に手を出さないって金額を決めておくんだ。オレは、学費の三千があればいい。兄ちゃんたちは?」


「俺は、上着を取り戻せれば、それで構わない。二千だな」


「わ、わたしは、お金はべつに……」


「なら、五千と端数は別に取り分けておく。それでいいな。チップはプルの姉ちゃんが持っとけ」


「は、はい!」


 ナクルがプルにチップを渡す。


「んで、このフロアの参加料は、一勝負につき千シーグル──つってたな。貧乏人を馬鹿にすんのも大概にしろやって気分だぜ」


「千シーグルって、どのくらいの金額だ? いまいち金銭感覚が薄くてな」


 プルが、小さく首を横に振る。


「ちょ、ちょっと、わからない……かも」


「……あんたら、ほんと何者なんだ。ちょいと浮世離れし過ぎだぜ。まさか、どっかの王族とか言わねえよな」


 なかなか鋭いな。


「ま、深くは追求しねえよ。千シーグルつったら、ハノンで真っ当な職についても、稼ぐのに一月はかかる額だ」


 なるほど。

 単純に換算できるものでもないが、無理に当てはめるとするならば、日本円にして二、三十万円といったところだろう。

 そこから計算すると、1シーグルは二百円少々。

 ナクルがスったという五千シーグルは──


「ナクル」


「なんだ?」


「……ギャンブルはもうやめとけ。目標額は手に入るんだから、これ以上はいいだろ」


「わーってるよ。兄ちゃんみたいに頭のネジがぶっ飛んだ賭け方ができねえと、大勝ちなんて夢のまた夢だって痛感したからな。真面目に勉強して、さっさと灯術士になって、つつましく生きてくとするさ」


「ああ、それがいい」


 一発逆転なんて夢を見るから食いものにされる。

 結局、真面目に堅実に生きた人間がいちばん幸福なのだろう。

 もっとも、俺のように、ブラック企業に囚われて抜け出せなくなることもあるにはあるが。


「……あのさ」


 ナクルが、首の後ろを掻きながら言う。


「ルインライン=サディクル。あんたら、最初に会ったとき、その名前を出したよな」


「は、はい……」


「今なら、すこし思うんだ。あんたらが、ンなつまんねえ嘘をつくような人間とは思えねえ。だったら、本当に、ルインラインの連れなんじゃねーかってさ」


 以前から疑問に思っていたことを、ナクルにぶつけてみる。


「ルインラインって、どれだけ有名なんだ? 少なくともハノンでは、道行く人は全員知ってたみたいだけど」


「なんだって連れのあんたが知らないんだよ……」


 会ったばかりなのだから仕方がない。


「──まあ、いい。とにかく武勇伝には事欠かない人でな。スールゼンバッハの吊り橋。魔獣戦線。盗掘王との死闘に、ハディクル山の竜退治。このあたりの逸話は、パレ・ハラドナの周辺国に住む子供なら、寝物語に何度も聞かされてる。ガキが木の棒振ってりゃ、大抵はルインラインの真似事だ」


「へえ……」


 思った以上の知名度だ。


「俺は、リンドロンド遺跡でハサイ楽書と銀琴を手に入れた話がいちばん好きかな。ルインラインの逸話には作り話も多いから、ンな魔術具存在しないのかもしれねえけどさ」


「ハサイ楽書ってのは知らんけど、銀琴はあるぞ」


 俺がそう告げると、ナクルが目を輝かせた。


「マジで!」


「ああ。ルインラインの弟子に、危うく銀琴で殺されるところだったからな」


「……なんで?」


「いろいろあったんだよ」


 誤解だったとは言え、覗きだの下着泥棒だのという話は、十三歳の少年にはあまりしたくない。


「つーか、ルインラインに弟子なんかいたのかよ。初耳だ……」


「ヘレジナ=エーデルマン。あいつもとんでもない達人だよ。なにせ、流転の森で──」


 ヘレジナの武勇伝を語ろうとしたところで、フロア奥の扉が開いた。


「お待たせ致しましたあ」


 現れたのは、布面積の非常に少ないドレスを身に纏った二十代半ばの妖艶な美女と、数名の護衛らしき男性たちだった。

 こぼれ落ちんばかりの大きな乳房を揺らしながら、美女が巻き髪を掻き上げる。

 ふわりと蠱惑的な香りが漂った。


「……兄ちゃん」


「ああ」


「オレ、ここに来てよかった」


「奇遇だな、俺もだ」


 ナクルと固い握手を交わす。


「ふぎゃ……」


「大丈夫だ、プル。相手が巨乳だろうと美女だろうと手は抜かないぞ」


「そ、そ、そういうことではなくてえ……」


「わたくし、本日カップを振らせていただく、メルダヌアと申しますう。お見知り置きを」


 美女──メルダヌアが一礼する。


「ワオ……」


 頭を下げることで強調された深い胸の谷間に、俺とナクルの視線が吸い込まれる。


「オレ、ここに来てよかった……!」


「あらあら、おませさんですねえ」


 メルダヌアが、愉快そうにくふふと笑う。


「むう……」


 プルが、一歩前に出た。


「わ、わ、わたしたち! けれすけれすさんに、あ、会いたい、でっす! こ、このカジノの経営者、……ですよね? ど、どうすれば会えますか!」


「あの方に会って、どうするのお?」


「──…………」


 プルがこちらを振り返る。

 隠す必要はないだろう。


「伯爵の元にいるルインライン=サディクルを呼び出してもらいたい。ケレスケレス=ニアバベルは伯爵と同等の発言力を有していると聞いた。できるだろ」


 ルインラインの名を聞いて、メルダヌアが驚いた表情を浮かべる。


「……仮に、ルインラインさまが伯爵の元にいるのが真実であったとしてえ」


 そして、俺たちを値踏みするように目を細めた。


「そんなことをすればあ、あの方は、伯爵に対し大きな借りを作ることとなります。それはおわかりですねえ?」


「ああ、わかってる」


 そりゃあ、そうなるわな。


「ですが、そのデメリットを覆して余りあるメリットをご提示頂ければあ、あの方をご紹介するにやぶさかではありません」


「──…………」


 カジノテーブルに据え付けられた豪奢な椅子に腰掛け、足を組む。


「いくらだ?」


「いくら、とは?」


「ケレスケレス=ニアバベルは、いくらで動くかって聞いてんだ」


 メルダヌアが口角を吊り上げる。


「面白い」


 俺は、あえて挑発的に、チップをテーブルに叩きつけた。


「おおよそ二万シーグルある。足りないぶんは今作る」


「それでは──」


 メルダヌアが、親指で弾いた二枚の金貨を、空中でカップにすくい取る。

 ──タン!

 そのままの勢いで、カップがテーブルに伏せられた。


「二百万シーグル、かっちりきっかり支払っていただきましょう!」


「にひゃッ!?」


 ナクルの引き攣った声が背後から響いた。


「──二百万でいいんだな?」


「大言壮語は好きですよお。実力が伴えば、ですが」


「お、おい、兄ちゃん。大丈夫かよ……」


「問題ない。五シーグルを二万シーグルにするより簡単だぜ」


 一、二、三、四。

 ゆっくりと指を立てていく。


「最短で四回。最長でも七回連続で勝てばいいだけだ」


「──…………」


 メルダヌアが眉をしかめる。


「……まさか、すべての勝負で、全財産を賭け続けるつもりですかあ?」


「問題でもあるのか?」


「いえいえ。そういう方、たまにいらっしゃいますよお。でも、大抵は、一度目で負けるか二度目で怖気づく。三度目に辿り着いた方には、今まで出会ったことがないですねえ」


「なら、お初にお目にかかる」


 呆れたように微笑み、メルダヌアがチップを回収する。


「参加料は千シーグル。賭け金は、二万シーグルちょうど。以上でよろしいですかあ?」


「ああ」


 ジングル・ジャングルというゲームに必勝法はない。

 ルールが複雑であればあるほど付け入る隙が生まれ、その隙を埋めるための駆け引きが発達し、やがてそれを元に戦術が練り上げられる。

 経験と学習、あるいは才能によって、勝率を上げることが可能なのだ。

 だが、ジングル・ジャングルにはそれがない。

 コインの表と裏を当てるだけのゲームに、駆け引きの発生する余地などあるはずもないだろう。

 世界が漂白され、選択肢が目の前に現れる。




【黄】ニーゼロを選択する


【黄】イチイチを選択する


【青】ゼロニーを選択する




「ゼロニーだ」


 もはや躊躇はない。


「ゼロニー。それで構いませんねえ?」


 頷く。

メルダヌアが伏せていたカップを開くと、二枚の金貨が、数字らしき文字列の刻印された側をこちらへ向けていた。

 裏だ。


「はい、出ましたあ! お見事正解! 配当は四倍だから、八万シーグルになりますねえ」


 メルダヌアと共に入室した男性のひとりが、金属製の大きなケースの鍵を開け、その中から六枚のチップを取り出す。

 一万シーグルチップ。

 黒と金を基調とした重厚なデザインだ。


「さ、お客さま。次は、いかがなさいますかあ?」


 決まってる。


「すべて賭ける」


「──…………」


 メルダヌアから作り笑いが消えた。


「躊躇なし、ですか」


「躊躇して勝率が変わるんなら、いくらでも躊躇するけどな」


「……確かに」


 ニヒルな笑みを浮かべたまま、メルダヌアがカップに金貨を入れ、軽く振ってから伏せた。


「参加料は千シーグル。賭け金は七万九千シーグル。よろしいですか?」


「ああ」


 選択肢が現れる。




【黄】ニーゼロを選択する


【黄】イチイチを選択する


【青】ゼロニーを選択する




 即答する。


「ゼロニー」


「また、ゼロニーですか」


「ああ」


 メルダヌアがカップを開く。

 裏が二枚。

 ゼロニーだ。

 護衛の男たちが、ほんのすこしだけざわめく。

 だが、メルダヌアが無言で指を鳴らすと、一瞬でフロアが静まり返った。

 俺の目の前にカジノチップが積み上げられていく。


「──およそ、三十二万シーグル。これだけあれば、残りの人生を慎ましく暮らすこともできるでしょう。お客さまの目の前にあるのは、それほどの金額なのです」


「そうだな」


「勝負、致しますか?」


「当然だ」


「では、掛け金をどうぞ」


「先に宣言しただろ。全額だよ」


「──…………」


 しばし唖然としたのち、メルダヌアが口を開く。


「後悔、なさいませんよう」


 そして、二枚の金貨をカップに入れた。




【黄】ニーゼロを選択する


【黄】イチイチを選択する


【青】ゼロニーを選択する




 カップが伏せられると同時に宣言する。


「ゼロニー」


「──……!」


 メルダヌアが、焦らすようにカップを開いた。

 裏が二枚。

 ゼロニーだ。

 護衛たちが、再びざわめく。


「か、かたな! すごい!」


「──…………」


 素直に喜ぶプルに対し、ナクルの表情は険しかった。


「な、ナクル、ど、ど、どうかした……?」


「……妙だ」


「妙?」


「三回連続でゼロニーが来た」


 プルが小首をかしげる。


「た、たまにあることだと、思う……けど」


「額が大きくなりすぎて感覚が麻痺しちまったからか、ようやく見えてきた。妙なのは、メルダヌアの姉ちゃんの態度だよ。まるで、カップを開く前から結果がわかってるみたいだ」


 ナクルに睨まれたメルダヌアが、苦笑しながら口を開いた。


「ふふ、そんなことあるはずないじゃないですか。こんな凄腕の博徒と勝負するのは初めてなので、緊張してるだけですよお。コインにも、カップにも、カジノテーブルにも、勝負に関わるすべての物品に抗魔の術式を刻み込んであるんですから、イカサマなんてできません。調べていただいても結構ですよ?」


「──…………」


 ナクルがテーブルに右手を翳す。

 数秒ほどして、


「……魔力マナが散らされる。抗魔術式は嘘じゃないみてえだな」


「もちろんですよお」


 俺にはわからないが、魔術的なやり取りがあったらしい。


「水差して悪いな、兄ちゃん。オレの考え過ぎだったかも」


「いや──」


 最初に会ったときから感じていたが、ナクルには人を見る目が備わっている。

 だが、明確な見落としが一つあった。

 それは、もしかすると、この世界の住人すべてに共通する盲点なのかもしれない。

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