2/魔術大学校 -19 揚げタコ焼き
寮の食堂で必要そうな食材を分けてもらい、帰室する。
「──ぴィ! ぴィ!」
俺たちの帰りを健気に待っていたシィが、喜びに部屋を飛び回った。
「ただいま、シィ」
イオタがシィを抱き寄せ、頭を撫でる。
「竜も、よく見たら愛嬌ある顔してんな」
「可愛いだろ?」
「わりと」
思わず自慢してしまうくらいには、俺もシィのことが気に入っていた。
「よく見なくても可愛いですけどね!」
「ぴ!」
「はいはい、本題本題」
ドズマが椅子に腰掛ける。
「カタナ、どうすりゃいいんだ?」
「大筋は覚えてるけど、すこし試行錯誤も入るからな。あと、俺魔術使えないから、調理は頼んだ」
「ま、そうなるわな。オレも得意ってほどじゃねーけど、調理術の単位は取ってる。よほど高度な調理法でなきゃなんとかなるはずだ」
「調理術なんてのまで取れるのか、全優科……」
「全優の名は伊達じゃねーってことよ」
感心しながらボウルを手に取る。
「じゃ、まずは生地からだな」
「おう」
「了解です」
「分量の記憶が曖昧だから、すこしずつ混ぜていこう。生地の材料は、小麦粉、卵に、水と乳。これをよーく掻き混ぜる」
「よっと」
操術で操られた材料が、次々とボウルに投げ込まれていく。
それでいてこぼすことはないのだから、実に器用だ。
「で、混ぜりゃいいんだな」
ボウルの中の生地が、まるでミキサーにかけたかのように自動的に混ざっていく。
「ドズマさん、上手いですね」
「これでも初等部からずっと銀組だぜ、オレ」
「さすがです」
生地に指先を入れて様子を確認する。
「ちっと生地がゆるいかな。小麦粉足そう」
「了解」
小麦粉が慎重に投入されていく。
「本当は、出汁も欲しいんだよな……」
「ダシ、ですか?」
「昆布やら何やらを煮出した汁のことだよ」
「昆布って、海藻の一種だったか。あれ食えんの?」
「食べられる。まあ、そのまま食べるってより、旨味成分を抽出して使うことのが多いけど。俺の国だと重要な食材の一つだったな」
「海藻って、図鑑でしか見たことないです。あれ食べるって人は、ウージスパインにはなかなかいないんじゃないかな……」
「まあ、ないものねだりしても仕方ない。ありものでなんとかしよう」
そうこうしているうちに、生地が完成する。
「タコなかったけど、いいのか? ほら、名前的に」
「まあ、なければないでなんとかなる。今回は味見みたいなもんだしな」
丸いお好み焼きみたいなものだ。
「ただの揚げ焼きになっちゃいますね」
生地のボウルを浮かせながら、ドズマが問う。
「で、こっからどうする?」
俺は、右手の中指と親指とで輪を作ってみせた。
「こんくらいの大きさだけ取り分けられるか?」
「ああ」
カタンとボウルが机に着地し、代わりに生地の一部が球体となって浮き上がる。
「──…………」
タコ焼き器を使うわけではないから、作り方に迷う。
「それ、外側からゆっくり加熱してみてくれ」
「ゆっくりだな」
ぽこ、ぽこ。
宙に浮いた生地の内側から、泡が湧き出てくる。
中で沸騰しているのだろう。
「で、多少加熱したあと、油で揚げる」
「……さすがに制御難度が上がってきたな。イオタ、油だけ纏わせてくれ」
「わかりました」
用意してあった油が生地を包む。
ジュウジュウという生地の揚がる音と、良い香りとが、室内を包む。
「──と、まずはこんなもんか」
こんがり揚がった球体が、皿の上へとゆっくり着地した。
「これが、揚げタコ焼きのタコ抜きですか」
「……見た目の再現度はかなり高いな。味はどうか」
「食ってみ」
「ああ」
軽く塩をまぶし、あらかじめ用意してあったフォークを球体に刺す。
サクッ。
舌火傷に注意して、口へ運ぶ。
「──はふっ」
熱い。
だが、懐かしい熱さだ。
カリッとした表面と、トロッとした中身。
風味に物足りなさこそあるものの、十分タコ焼きの範疇である。
「おおー。かなり、ぽい」
「ほう」
ドズマが満足げに頷く。
「今の手順で、オレたちのぶんも作ってみようぜ」
「了解です。楽しみですね」
ドズマが過熱し、イオタが油を纏わせる。
この連携で、すぐに二個のタコ焼きが完成する。
「塩でいいんだな」
「ひとまずはな。あと、馬鹿みたいに熱いから、火傷に注意だぞ」
「大丈夫ですよ、子供じゃないんだから」
そう言ってタコ焼きに口をつけたイオタが、
「──あッッッ」
あまりの熱さに吹き出しそうになっていた。
「はははッ、お前子供かよ!」
「だから言ったろ」
「ううう……」
イオタを余所に、ドズマが慎重に口をつける。
「ほふ」
しばし咀嚼し、
「……あー、こりゃ悪くないな。悪くない。新食感だし、普通に美味い」
「ほ、ほんとら、けっこう美味しい……」
「ぴ?」
「シィには、あとで、油使ってないのをあげるよ」
「ぴィ!」
ドズマが、考え込むように腕を組む。
「しかし、どうだろうな。そこそこ美味いけど、これでエイザン黙らせられっかな……」
俺は、不敵に笑ってみせた。
「タコ焼きは、まだ完成してないぞ」
「え、そうなんですか?」
「タコ焼き専用ってわけでもないが、定番の調味料があるんだよ」
「ああ、それで、砂糖だの果実酢だの瓶詰めのソースだの持ってきてたのか」
「その通り」
材料となりそうなものを、片っ端から机に置いていく。
「タコ焼きに使う調味料は、二種類。マヨネーズとソースだ」
鰹節も欲しいところだが、さすがに存在しないだろう。
「マヨネーズ、ですか。初めて聞く調味料だ」
「ソースって、随分幅が広いな。そのガンビーズソースでいいのか?」
「マヨネーズは材料覚えてるからなんとか行ける、……はず。ソースのほうは、うちの地元ではただソースって言えばそれを指すから、名前らしい名前ってよく知らないんだよな。ガンビーズソースと風味は似てるから、ここから魔改造するぞ」
ドズマが頷く。
「じゃ、ソースから行くか。一から作るよか早いだろ」
「ああ」
ペーストを湿らせたようなガンビーズソースをスプーンでボウルに落とし、指で舐める。
「……塩辛い」
「そのソースはどんな味なんですか?」
「甘味と酸味があって、甘味が強めだな。砂糖とリンゴ酢でも混ぜてみるか。イオタ、混ぜたものメモってくれるか。良いものができたとして、再現性は必要だろ」
「はい、わかりました」
イオタが机からノートを取り出し、鉛筆で材料を記入していく。
それを横目に、ガンビーズソースに砂糖とリンゴ酢を軽く混ぜ、味を調える。
「……ちょっと甘すぎるかな」
「塩でも足すか?」
用意した材料を、思いついた通りに足していく。
最初は不可能と思われたが、案外なんとかなるもので、
「──これ、近いわ。すげー近い」
やがて、味も香りもよく似たソースが完成した。
「どれ」
ドズマとイオタがソースを指に取り、舐める。
「あ、これ行けるな。タコ焼きにこれだけ塗っても美味そう」
「たしかに。ありそうでなかったソースと言いますか……」
ソースの入ったボウルを取り置く。
「じゃ、最後にマヨネーズだな。これはわりと簡単で、卵の黄身、酢、塩、コショウ、そして植物油。これを適当な分量で、乳化しながら混ぜるだけだ」
ドズマが眉をひそめる。
「……材料だけ聞いたら不味そうなんだが」
「まあ、食べてのお楽しみだな」
ソースとは別のボウルに材料を取り、味見をしながらマヨネーズを作り上げていく。
しばらくすると、納得の行くマヨネーズが完成した。
「ほら、これがマヨネーズ」
ドズマにボウルを差し出す。
「……すっぱそう」
「酸味は強いが、言うほどじゃあない。酢を少なめにしたからまろやかな仕上がりだ」
ドズマが、恐る恐る、マヨネーズの一部を操術で口へと運ぶ。
「──…………」
「どうです?」
「お前も舐めてみ」
マヨネーズを指に取り、それをくわえたイオタが、目を見開いた。
「あ、美味しいかも……」
「だよな。味の想像がまったくつかなかったんだが、悪くない」
「だろ?」
マヨネーズは好みが分かれるから、気に入ってもらえてよかった。
「で、さっきのタコ焼きに、この二つの調味料を塗るわけだ。印象、ぜんぜん変わるはずだぞ」
「りょーかい」
慣れた手順で、二人がタコ焼きを作り上げる。
そして、完成したソースとマヨネーズを塗りたくり、火傷に注意して口へ入れた。
サクッ。
「!」
「……!」
顔を見合わせた二人が、目をまるくして頷き合う。
「どうだ、完成品は」
「これ美味いぞ! かなり!」
「はい! これなら票稼げますよ!」
「そうかそうか」
うんうんと頷き、完成版のタコ焼きを口へと運ぶ。
「──よし、良い出来だ。まさか、こっち来てタコ焼き食べられるとはなあ」
豆醤に続いて、里心のつくものを口にしてしまった。
「でもよ。これ、タコいるか? このままでよくねえ?」
「気付いてしまったか……」
出汁が入っていないせいで、タコとの親和性が悪くなっている。
有り体に言えば、タコを入れる必要がないのだ。
「まあ、もともと生地と調味料がメインの料理だからな。タコはあってもなくても」
「タコ焼きなのに」
「こういう形状の食べ物をタコ焼きって呼んでるだけだから」
実際、タコ焼きパーティーなどでは、タコ不在のタコ焼きが量産される。
タコが入っているか否かは重要ではないのだ。
「なら、名前変えとくか。仮で銀組焼きとかに」
ドズマの案に、俺とイオタが頷く。
「いいじゃないですか、銀組焼き」
「わかりやすくていいじゃん。明日はそれでプレゼンしてみっか」
「ああ。エイザンの度肝抜いてやろうぜ!」
「おう!」
「おー!」
イオタとドズマは美味しいと言ってくれたが、クラスメイトたちはどう感じるだろう。
不安と期待の双方が入り混じる中、俺とイオタはドズマを見送り、本日の修練を開始するのだった。




