2/魔術大学校 -18 クラス会議
「──では、これよりクラス会議を執り行いたいと思う」
級長であるエイザンが、教卓に両手を置く。
「議題はもちろん、参観会での出し物だよ。まず意見を募ろう。銀組に相応しい内容を期待する」
隣席のイオタに、小声で話し掛ける。
「……参観会での出し物って、何が定番なんだ?」
「教室で行うものですから、大掛かりなものはあまり。絵画や彫刻といった共同製作物の展示や、テーマを決めた研究発表。クラスによっては一ヶ月前から練習をして短い歌劇や演劇を披露するところもありますね。成績優秀者の集まる銀組では、研究発表が通例みたいなものですけど……」
「研究発表か」
面白くないとは言わないが、地味だ。
「最優等クラスは市民からの投票で決まるんだろ。研究発表じゃ弱くないか?」
「それはそうですね。実際、銀組が最優等クラスに選ばれたの、見たことないですし」
「──そこ」
エイザンが、俺たちを指差す。
「こそこそ話していないで、意見があるのなら言ってみたらどうだい」
「あー……、いや」
意見と言われてもな。
「エイザン。お前は案とかないのか?」
待ってましたとばかりに、エイザンがその狐目を開く。
「もちろん! 僕は級長だからね。素晴らしい案を持参してきているとも」
そう言って、黒板に何事かを書き付ける。
「──ずばり、ネウロパニエの治水の歴史だ! ネウロパニエの治水、その成り立ちを、レマ川にスポットを当てて追っていく。素晴らしく学術的な研究発表、我ながら最優等クラスも夢ではないテーマだと思うよ」
頭の後ろで手を組んだドズマが、小さく頷く。
「ほーん。ま、悪くはないんじゃね」
他の生徒たちからも、消極的な肯定の意見が出始める。
代案がないから賛成、といった雰囲気だ。
「ふん」
エイザンが、当然とばかりに鼻を鳴らす。
「カタナ君。僕に尋ねたのだから、君も何か意見を出しなよ。すぐに降格するとは言え、それまでは銀組の仲間なのだからね」
「あー……」
高校の学園祭を思い出す。
「俺の地元でも、参観会みたいな催しがあってな。そんときは模擬店を開いた」
「模擬店、とは?」
「料理を作って、売るんだ。露店みたいに」
俺の言葉に、クラスメイトがざわめく。
「──え、それアリなの?」
「食べ物を出すのはまずいんじゃないか……?」
「でも、他にやってるクラス、見たことないよな」
二つ前の席のドズマがこちらを振り返る。
「へえー、面白いじゃん。カタナ、そんときは何売ったんだ?」
「揚げタコ焼き」
イオタが小首をかしげる。
「タコを焼くんですか?」
「いや、ちょっと違うな。卵と小麦粉で作った生地にタコの足をちょいと入れて、揚げ焼きにするんだ。丸くて一口サイズ」
「あ、美味しそう」
「けっこう美味いぞ。外はカリカリ、中はトロトロってやつ」
雰囲気が、変わる。
銀組の生徒たちが興味を抱き始めたのがわかる。
「──ふん、くだらないね。そんな揚げてるのか焼いてるのかもわからない代物」
エイザンがそう言いつつ、黒板に乱暴に書き記す。
模擬店、とでも書いてあるのだろう。
それからしばらく意見を募ったが、他の案は出なかった。
「では、多数決で決めることとしよう。ネウロパニエの治水の歴史を研究すべきという聡明な生徒は手を上げてほしい」
俺は、こちらに手を上げた。
郷に入っては郷に従えと言うし、あまり通例から外れるのもよくはないだろう。
エイザンは、自分の意見に賛同する俺を見て一瞬口角を上げたが、クラスメイトの半数ほどしか手を上げていない様子に気付くと、すぐに表情を変えた。
「十五票……、だって?」
銀組の人数は、三十一名だ。
「い、いや、まだわからない。揚げタコ焼きとかいう正体も不明なものに賛成する輩は手を上げたまえ!」
また、クラスの半数ほどが手を上げる。
その数は、
「……こちらも十五票か。誰か手を上げていない人がいるな」
エイザンが、教室を見渡す。
「ああ、オレだよ」
ドズマがひらひらと手を振った。
「カタナの案はおもしれーし、エイザンの案も悪くねえ。でも、エイザンの言う通り、カタナのほうはまだよくわかんねーだろ。だから、いったん保留だ」
イオタが追従する。
「たしかに、そうですね。面白そうだと思って賛成はしましたけど、揚げタコ焼きの正体もわからないうちから決められないです。揚げタコ焼きはちゃんと作れるのか。味はどうなのか。材料は確保できるのか。売るとして、金銭のやり取りは学校側に認められるのか。そういった部分もクリアして行かないと」
「そりゃそうだ」
ここまで接戦になるとは思っていなかった。
ネウロパニエが好きになり始めている身としては、治水の歴史も興味深い。
エイザンの案が通るなら、俺としてはそれで構わなかった。
「だからよ。作ってみようぜ、その揚げタコ焼きってやつ。話はそれからだろ」
「──くだらない!」
エイザンが教卓を叩く。
「そんな冒険、することはない! 銀組は銀組らしく、格調高い研究発表をすべきだ!」
ドズマが、呆れたように言う。
「でもよ、エイザン。研究発表で優勝したクラス、たぶん全優科の長い歴史ン中でも一度もねーぞ。去年だって、中等部四年の演劇だったじゃねえか」
「そ、それは、客のレベルが低いからであって──」
イオタが反駁する。
「レベルの高い低いはわかりませんけど、客層は基本的に去年と変わりませんよ。来るのはネウロパニエに住んでいる市民なんだから」
「──…………」
黙ってしまった。
「俺は研究発表でいいと思うぞ。テーマも悪くないし」
「カタナ、お前は案を出した責任を果たせ。作んぞ、揚げタコ焼き。んで、明日の放課後みんなで食う。その後で再投票すんべ!」
ドズマがまとめたことで、会議は終わりを迎える。
「じゃ、その揚げタコ焼きってやつ楽しみにしてるから」
「また明日なー!」
「……あー、わかった。なんとか再現はしてみるわ」
三々五々帰って行くクラスメイトたちに、軽く手を振ってみせる。
エイザンは、最後の最後まで、俺を睨みつけていた。
教室に俺たち以外の姿がなくなったあと、
「──てな感じが落としどころだろ」
そう言って、ドズマがウインクをしてみせた。
「またエイザンの恨みを買った気がすんだけど……」
「恨まれたとして、逆恨みですよ。治水の歴史も面白いテーマだとは思いますけど、優勝は無理ですから」
「学士だろうと、一般市民だろうと、一票は一票。幅広い層のウケを狙わねーとな」
思わず感心する。
「皆、わりと本気なんだな。最優等クラスになると、何かあんのか?」
「何かって、なんです?」
「いや、賞金とかさ」
ドズマが笑う。
「なんもねーよ。名誉だけだ。でも、そういうもんだろ。くだんねーことを馬鹿みてえに頑張るのが楽しいんじゃねーか」
「──確かに」
思わず笑みがこぼれた。
「んじゃ、どっかで材料調達してこようぜ。正直レシピはうろ覚えだけど、なんとかなるだろ」
「学校側の食堂は昼だけだから、寮だな」
「冬華寮のぼくらの部屋で作りましょうか。他のクラスの人に、あまり見られたくないし」
「おう」
「ああ」
互いに頷き合い、高等部の母屋を後にする。
会議がそれなりに長引いたため、外は既に薄暗くなり始めていた。
「──あ、か、かたな!」
母屋の前で待っていたプルが、俺の姿を見つけて子供のような笑みを浮かべる。
ヘレジナとヤーエルヘルも一緒だ。
「悪い、待たせちまったな。クラス会議があってさ」
「ああ、参観会とやらの出し物か」
「そうそう」
「二年銀組は何をするんでしか?」
ヤーエルヘルが、純真な瞳で尋ねる。
その様子に、イオタが苦笑した。
「それは、さすがに、ヤーエルヘルさんにも言えないかな」
「そうでしかー……」
「ま、それに関しちゃ当日のお楽しみってこった。わりーがカタナは借りてくぜ。こいつがいないと始まんねーんだ、これが」
プルが小首をかしげる。
「か、……かたながいないと、始まらないもの?」
「二年銀組の出し物がどうなるか、こいつにかかってるからな」
「ほう、それは楽しみであるな」
三人に頭を下げる。
「つーわけだから、悪い! 今日はもう寮に帰るわ。この埋め合わせはどっかでするから」
「……う、ううん。し、仕方ない、……もんね。か、かたなたちも、がんばってね。わたしたちも、がんばるから……」
「お前たちの度肝を抜いてやろう」
イオタが挑戦的に微笑む。
「そんなこと言っていいんですか? 期待しちゃいますよ、ぼくたち」
「その期待を超えてこその剣術士である」
「いや、剣術関係ねーだろ」
「心構えのことを言っておる!」
「じゃあ、あちしたちも寮に帰りましね。また明日、でし!」
「ああ、また明日」
三人と別れ、寮への帰途につく。
その途中、ドズマがふと口を開いた。
「思ったんだけどよ」
「はい?」
「イオタって、随分年下が好みなのな」
「──ぶッ!」
イオタが吹き出す。
「カタナさん……?」
睨まれても困る。
「言ってない、言ってない。お前がわかりやすいだけ」
「……そんなにわかりやすいですか?」
「気付いてないの、シオニアくらいじゃね」
「いやー……、どうだろ。女の子って鋭いぜ。普通に気付いてると見るべきだな。だから、本当に何も知らないのは本人ばかり」
「本人にまで気付かれてたら、恥ずか死ぬ……!」
首まで真っ赤にしたイオタが、両手で顔を覆う。
「で、どこが好きなのよ。ん?」
「俺も気になるな、それ。ヤーエルヘルの父兄的存在として」
イオタが、意外そうに問い返す。
「え、普通に可愛くないですか?」
「まあ、可愛いわな。でも、プルとヘレジナだって、とんでもねー美形だろ。三人並んだときにヤーエルヘルだけ突出してるかっつーと、どうかな」
「──…………」
イオタが、足元を見つめる。
「……最初に会ったとき、シィのこと、可愛いって言ってくれたんです。あのときのぼくの拠り所はシィだけで、シィを褒められると、まるで自分自身を褒められているような気がした。それで──」
「それで?」
「そのときの笑顔が、超可愛かったんですよ!」
ドズマが半眼でイオタを見る。
「途中までいい話かと思ったら、最終的には見てくれが好みだと」
「そういうものでしょ!」
「そういうものかもな……」
女性の外見に惹かれると不実、内面に惚れると誠実という風潮がある。
だが、内面も外見も、その女性の一側面に過ぎない。
その両方に好意を抱くことこそが、真に相手を誠実に愛するということではないだろうか。
──などと考えることもあるのだが、恋愛とは縁遠い人生を送ってきてしまったため、体現する機会はとんとないのだった。
「──…………」
ふと、ネルのことを思い出す。
元気だろうか。
無理をしていないだろうか。
ジグはジグで、ネルを大切に思いつつも不器用だから、補佐という役割には向かないんだよな。
「──ドズマさんはどうなんですか!」
は、と、ラーイウラへ飛んでいた意識が戻ってくる。
「オレ? オレは胸のでかい女が好き」
見事に外見のみだった。
「じゃあ、四人の中から一人選ぶとしたら?」
「……え、シオニアも入れんの?」
「いちおう」
「あー……」
しばし悩んだのち、ドズマが答えた。
「消去法でヘレジナかな」
「消去法なのか」
「まず、シオニアは除外だ」
「せっかく入れたのに……」
「ヤーエルヘルも、ガキっぽ過ぎて除外」
「そこがいいんでしょう!」
「イオタ……」
師匠は、喜んでいいのか悲しむべきなのかわからないよ。
「プルも悪くねーけど、こう、恋愛っつーより庇護欲のが強くなっちまうんだよな。兄貴的な視点に立っちまうっつーか」
「ああ、それはわかるな……」
プルは、あらゆる意味で放っておけない子だ。
「つーことで、消去法でヘレジナ。年下より年上のが好みだし」
「年上には見えませんけどね……」
思わず苦笑する。
「それ、イオタが言えたことじゃないからな。俺、お前と初めて会ったとき、ヤーエルヘルと同い年くらいだと思ってたんだから」
「え、ひどい! ぼくをなんだと思ってるんですか!」
和気藹々と、帰途を行く。
男同士の会話は、これでいて楽しいものだ。




