2/魔術大学校 -16 アンデムリカ大聖堂
しばらく歩くと、アンデムリカ大聖堂の威容が白日の下に晒される。
「ほわー……!」
「お、大きい、……ね!」
「これは、なかなかのものだな……」
三人娘が大聖堂を見上げる。
高さ数十メートルに及ぶ巨大建築。
直線と流線とが混じり合う独特な装飾の狭間を、見事な彫刻が彩っている。
嵌め込まれたガラスはすべて、海のような澄んだ青色だった。
プルが、感心したように口を開く。
「で、デムリカだから、青、……なんだ」
「入ったらねー、もっとびっくりするよ!」
シオニアの言葉で、察する。
「ああ、そういうことか」
ガラスが青いせいで、大聖堂の中は青く染まっているのだろう。
ラーイウラで真っ赤な教会を見たから、わかる。
「ちょちょちょ、カタナさんなに察してるのさ! 察しちゃだめ!」
「ンなこと言われても……」
わかってしまったものは仕方がない。
「な、なな、中はどうなってる、……かなー」
「楽しみでしねー」
「まったくであるな」
「でしょ!」
「気ィ遣われてるよ」
「ささ、ごあんなーい!」
シオニアの後を追うようにアンデムリカ大聖堂へ入堂しようとしたとき、
「あっ」
プルが、何もないところで足を引っ掛けた。
即座に神眼を発動する。
二メートルの距離を一瞬で詰め、俺はプルを抱き留めた。
プルが転べばパンツが見える。
プルのパンツを第三者に見られることに、自分でも驚くほど抵抗があった。
「大丈夫か?」
「あ、……う、ありがと。だ、だいじょうぶ、でっす」
「気ィつけろよー?」
ぽん、ぽん。
プルの頭を優しく撫で、身を離す。
「──カタナさーん! プルちゃーん! 置ーいてーくぞー!」
「ああ、今行く!」
「は、はー……、い」
大聖堂の中は、やはり真っ青だった。
青いガラスを刺し貫いた陽光が、白い壁を波のようなムラと共に染め上げている。
その様子は、想像していたより遥かに荘厳で、美しかった。
「──これは、すごいな」
思わず嘆息が漏れる。
「連れて来てくれてありがとうな、シオニア。こりゃ一見の価値あるわ」
「でっしょー! でしょでしょ! いろいろ迷ったけど、まずはここだって思ったんだ!」
「し、シオニアさん、声響いてますよ……!」
イオタの言葉に周囲を見れば、他の観光客や礼拝者が、こちらに迷惑そうな視線を向けていた。
「!」
シオニアは、自分の両手で口を押さえると、
「やっちゃったー……」
と、小声で言った。
「シオニアお姉さん、一生の不覚です」
「お前の一生は何度あんだ、おい」
ドズマのツッコミは的確だ。
「思ったよりは礼拝者少ないんだな。銀曜日だし、もっと混み合ってるもんだとばかり」
「銀曜日はあくまで個人の祈りの日ですから、礼拝者は逆に減るんです」
「そうなんか」
「それに、ウージスパインは北方大陸の西端である。大陸中央に位置する銀輪教の総本山、パレ・ハラドナから離れれば離れるほど、信仰は薄れていくと聞く。ほら、ドズマなど、見るからに礼拝に行かなそうではないか」
「見た目は関係ねーだろ、見た目は。まあ、礼拝しねえのはそうだけどな。銀曜の夜だって、寝る前にちょいと祈って終わりだ」
プルが、遠慮がちに言う。
「……せ、せっかくだから、すこしお祈りしたい、……でっす。ぎ、銀曜日の祈りも、さぼってたし……」
銀曜日の祈りは、個人の祈り。
誰もいない場所で一人、月と語らうものだ。
ネルの屋敷であればともかく、騎竜車の旅路では、一人の時間を確保するのも難しい。
「そうですね、せっかくだし。ぼくも、大聖堂へ来たのは数ヶ月ぶりですから」
「あちしたちは初めてでし! 霊験あらたかーな感じでしね」
「ぴぃ!」
「ええと……」
事情を知らないドズマとシオニアを横目で気にしながら、尋ねる。
「……礼拝って、どうするんだ?」
教会付きのネルの屋敷に一ヶ月も住んでおいてなんだが、俺は一度も礼拝を行ったことがない。
その暇と余裕がなかったのだ。
「カタナ、お前マジか」
さすがのドズマも呆れ顔だ。
「しゃーない、しゃーない。カタナさん、東のド田舎出身なんだもんね!」
「あ、うん」
その設定、ちゃんと覚えててくれたのか。
嘘をついていることに、軽く罪悪感を覚える。
「てことは、東端から西端まで、大陸横断してンだな。すげーわ。出身は、ルルドカイオスとか、トートアネマとか、あのあたりか」
「だいたいそんなもん」
ルルドカイオス、トートアネマは、いずれも北方大陸東端に位置する国だ。
地図を見たことがあるくらいで、どんな国かはさっぱりわからないのだが。
「本来は聖書を手に聖句を読み上げるのだが、今回は簡易礼拝で構うまい。まあ、まずは座れ」
聖堂の長椅子に、七人で腰掛ける。
右隣のシオニアが、両手の指で輪を作ってみせた。
「まず、こうするんだよ。この輪は銀の糸車を表すの」
「銀輪教の紋章って、たしか糸車だったよな」
「そうそう。そして、この輪を胸の中央、心臓の真上に重ねるんだ」
「ふんふん」
「あとは、目を閉じて、心の中で好きな聖句を唱えるだけ。簡単でしょ?」
「聖句って言うのは、聖書の一節とか?」
左隣のプルが、頷く。
「う、……うん。せ、聖書も荷物に入ってる、けど、か、かたなは読めないからわからない、……よね。……で、でも、この言葉は知ってる、はず」
プルが、目を閉じて諳んじる。
「〈運命の銀の輪は、あなたの隣人が回す〉」
「ああ、さすがに覚えてる。プルが何度も言ってたからな」
「こ、この言葉は、聖句。わたしがいちばん好きな一節、……なんだ」
そうだったのか。
道理で耳に馴染むわけだ。
「さあさ、祈ってみましょ! お祈りの時間だ!」
「わかった」
胸の前で輪を作り、目を閉じる。
運命の銀の輪は、あなたの隣人が回す。
この聖句がなければ、俺は、あの流転の森で行き倒れていたかもしれない。
そう考えると、なんだか敬虔な気持ちになれた。
ラーイウラでは、この言葉のおかげでひどい目にも遭ったけれど、結局は素晴らしい出会いが俺たちを待っていた。
良くも悪くも俺の銀の輪を回した隣人たちの顔が、次々と脳裏をよぎる。
ルインライン
ナクル
メルダヌア
ウガルデ
ハイゼル
ヴィルデ
アイヴィル
ゼルセン
ダアド
レイバル
ラングマイア
エリエ
ヴェゼル
アーラーヤ
ジグ
そして、ネル
祈る。
それは、あるいは初めての行為だったかもしれない。
数分ほど没頭して、目を開く。
周囲を見渡すと、既に祈り終わっていたヤーエルヘル、イオタ、ドズマと目が合った。
パレ・ハラドナ出身のプルとヘレジナはともかく、シオニアの祈りが長いのは意外だった。
やがて、全員の祈りが終わり、俺は小さく伸びをした。
「礼拝は、これで終わりか?」
「うん、終わり! 次へ行きましょゴーゴーゴー!」
「次もまともだといいんだがな」
「全部まともじゃい!」
イオタが尋ねる。
「次はどこへ行くんですか?」
「次はねー……」
心のドラムロールと共に、シオニアが宣言する。
「ノートカルド広場!」
「まともだったわ」
「前から思ってたんだけど、ドズマってアタシのことなんだと思ってるんだい?」
「言ったら怒るから言わねえ」
「怒っていい?」
「まあまあまあ」
漫才を行う三人を見て皆でくすくす笑いつつ、俺たちは、次の目的地であるノートカルド広場へと向かうのだった。




