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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部四章 ウージスパイン魔術大学校
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2/魔術大学校 -15 待ち合わせ

 中央区から道をすこし外れると、縦長のビルが数を減じていく。

 空の広く見える落ち着いた街並みに、それでも無数の人々が行き交っていた。

 馬車や騎竜車の入れない区画であるため、人々はすこし窮屈そうに見えるが、それでも日本の繁華街と比べれば実に広々としたものだ。

 ある通りを左折したとき、


「──ヤダー!」


 甲高いシオニアの声が耳に届いた。


「ヤダヤダ、行くんだい!」


「馬ッ鹿お前、待ち合わせ! わかる? 言葉理解できる?」


「ドズマじゃあるまいし!」


「あァン!?」


 見れば、ドズマがシオニアの襟首を掴んでいた。


「ど、どうしたんですか!」


 言い争う二人を見たイオタが、慌てて駆け寄っていく。


「おお、イオタ! いいところに! このアホ止めてくれ!」


「えっ、えー……」


 戸惑うイオタの後ろから、俺たちは悠々と近付いていった。


「よう、ドズマ。シオニアも」


「こんにちは!」


「こ、こんにちはー……?」


「何を揉めておるのだ。周囲に迷惑であろう」


 ドズマが辟易した顔で答える。


「このアホが、どっかの歌劇俳優がそこの通りを歩いてただのなんだのって聞かなくてよ」


「握手してもらったらすぐ戻るってば!」


「その俳優の名前は?」


「覚えてない!」


「出てた歌劇の表題は?」


「見てない!」


「やめとけ、失礼だ」


「なんで!」


 ああ、シオニアは今日もシオニアだなあ。

 ヘレジナが呆れながら言う。


「その様子では、そもそも本物の歌劇俳優であるかすら疑わしいではないか」


「そのときはそのときさ!」


「一般人だったら、相手に迷惑だろうが……」


 すっかり常識人が板に付いたドズマが、そっと溜め息をついた。


「やめておきましょう。ほら、みんな揃いましたし……」


「あ、ほんとだ。イオタ君おーっす!」


「お、おーっす」


「カタナさんちーっす!」


「ちーっす」


「プルちゃん、ヘレジナちゃん、ヤーエルヘルちゃん、いえーい!」


「い、いえーい……。ふへ、へ」


「いえーい、でし!」


「挨拶くらいまともにせんか」


「今日はこのシオニア=パピルスが、ネウロパニエの名所を案内しちゃうぞ!」


「ああ、頼むわ」


 本当に楽しみにしていたのだ。


「謝礼は、カタナさんに一つお願いできる権ね!」


「またかよ」


 シオニアは、事あるごとにこの権利をねだり、そのたびくだらないことに使っている。

 先日など、高い場所の掲示物を剥がすから椅子を押さえててほしいという、わざわざ使わんでもそれくらい手伝う案件で消費していた。

 ちらりとプルを窺う。


「……?」


 俺の視線に気付き、プルが小首をかしげた。

 プル、なんかシオニアに対して思うところがありそうなんだよな。

 しかし、ヘレジナが深く尋ねても、困ったように笑うばかりで胸中を明かしてはくれないらしい。

 シオニア自身はこの通りの快活脳天気娘だし、俺に惚れているという誤解も既に解けている。

 また、何を抱え込んでいるのだろう。


「……まあ、そんくらいいいけどな。ただし、前から言ってる通り、ライン越えたら拒否権発動すっから」


「わーい! 現在、二権利保有!」


 喜ぶシオニアを横目に、ドズマが小声で俺に話し掛けてくる。


「……お前も大変だよな。シオニアに懐かれちまってよ」


「懐かれてんのか、これ……」


 こそこそとイオタも参加する。


「これで懐かれてなかったとしたら、懐いたときが怖すぎるでしょう……」


 当のシオニアは、ヤーエルヘルに抱っこされたシィに夢中だ。


「あいつ、面白そうなもんならなんでも食いつくからな。カタナのこと、たぶん、新しいおもちゃか何かだと思ってるぜ」


「ええ……」


「心当たり、ありませんか?」


「心当たりしかない」


「人気者はつらいねェ、おい」


「まあ、いいけどな。悪い気はしないし」


 シオニアの相手は疲れるが、決して嫌ではない。

 むしろ、楽しい子だと思っている。


「お願いできる権、急にドカンとヤバいのが来るかもしれませんよ」


「あり得るな。〈椅子を押さえててくれ〉と〈四つん這いで椅子になれ〉を同じレベルのお願い事として認識しててもおかしくない」


「いや、さすがにそれは──」


 ない、と言い切れるだろうか。

 不安になってきた。


「よく、女性は怖いと言いますが、シオニアさんはシオニアさんだから怖いとしか言いようがないですよね……」


「イオタ、お前も言うようになったな」


「ドズマさんほどでは」


 イオタとドズマが、不敵に笑い合う。


「友情を深めてるとこ悪いんだが、不安煽るだけ煽って放置はやめてくれ。フォロー入れろフォロー」


 マジで心配になってきたぞ。


「──おい、そこ。男ばかりで何をこそこそ話しておる。そろそろ行くぞ」


 ヘレジナの声に顔を上げれば、四人は既に歩き出していた。


「ああ、ごめんごめん」


「最初の観光名所はァ──……」


 先頭のシオニアが振り返り、右腕を天高く掲げる。


「アンデムリカ大聖堂! です!」


「なんだ、シオニアにしちゃ普通じゃねーか」


「なによう、その言い草!」


「まあ、まともなもんに文句はつけねえ。続けてよし」


「納得いかないぞ!」


「あ、アン、デムリカ……。も、もしかしたら、陪神デムリカの聖堂、……かも」


 プルの言葉にシオニアが答える。


「そうそう。ほら、デムリカは智慧を司るでしょ。学士なんかはデムリカを信仰してる人多いし、ここ学園都市だからね。そういうこと!」


「面白いでしねー」


「ああ、なるほどな。ラーイウラでサザスラーヤが信仰されてるようなもんか」


 イオタが目をまるくする。


「え、そうなんですか?」


「座学で習ったりしないのか?」


「ラーイウラって、隣国は隣国なんですが、本当に謎に満ちた国でして。正直、入るな危険ってくらいの認識しかなかったです」


「国交はあんだろーけど、一般人が行く場所じゃねえな」


 シオニアが小首をかしげる。


「じゃあ、カタナさんたちってラーイウラから来たの?」


 あっ。


「えっ! え、と、その……」


 プルがわたわたと説明をする。


「す、すす、すこし事情があって! と、通ったことがあった、……でっす」


「あー」


 イオタが頷いている。

 遺物三都から突っ切ったことを察したようだ。


「ね、ね、旅人狩りとか大丈夫だった?」


「まあ、うん。なんとかな」


 嘘です。

 抗魔の首輪をバッチリ嵌められました。


「まあ、それはよいではないか。そのアンデムリカ大聖堂とやらに案内してくれ」


「おっけー! では、シオニアお姉さんについてくるんだぞ!」


「はあい」


「ぴぃ!」


「楽しみでしねー、シィちゃん」


「あまり、お姉さんという風体ではないがな」


「おうおーう! 中等部の小娘ちゃんがよー!」


「はっはっは、言いおるわ」


 言いたい。

 その人、本当は二十八歳ですよって言いたい。

 ヘレジナとシオニアが火花を散らす横で、ドズマが右手を上げた。


「アンデムリカ大聖堂なら、こっちだ。行こうぜ」


「あー! アタシが案内するの!」


「すんなら、しろ」


「はーい。ではゴーゴー!」


 シオニアの先導で、ネウロパニエの街を行く。

 道端の露店から焼き貝の香りが漂っていた。

 歌いながら舞台のチラシを配っている男性に、シオニアが握手を求めていた。

 ネウロパニエの外周スラムから来たであろう物乞いの子供たちは、案外儲かっている様子で、割れた瓶の中の銀貨を数えては、にんまり笑っていたりした。

 中央区から郊外へ逸れることしばし、無数の建造物の向こうに先の尖った屋根が見えてくる。


「──お、あれか?」


「カタナさんめざとーい! そう、あれこそが、ネウロパニエが誇るアンデムリカ大聖堂! の、さきっちょ!」


「こ、ここから見えるなら、か、かなり大きそう、……かも」


 プルに、イオタが言葉を返す。


「大きいですよ。ネウロパニエでいちばん大きな建造物じゃないかな」


 ヤーエルヘルが、目をぱちくりさせる。


「あれだけビルがあるのに、でしか!」


「ビルはほら、高いだけだし」


「ビル建てた人に怒られろ」

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