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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部二章 遺物三都
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2/魔術大学校 -3 彫刻術

 貿易の授業を終えると、時刻は十時半だった。

 ぐっと伸びをして、隣席のイオタに尋ねる。


「次、なんの授業だ?」


「……つ、次は、ぼく、彫刻術の教室です。カタナさんも、同じ教室のはずで」


「彫刻術って?」


 イオタが、すこし驚いた顔をする。


「え、と……、魔術で〈彫る〉技術を高める、ものです。今は、石膏で、手本通りの胸像を──」


 そのとき、大柄な男子生徒が、イオタの背中へ向けて思いきり手を振り上げた。


「──よう、イオタ!」


 そのまま彼の背中をしたたか叩くつもりだったのだろう。

 だから、合間に腕を割り入れた。


「今日も湿気た──」


 そのまま男子生徒と固い握手を交わす。


「やあ、どうも」


「は? ……え?」


「これはこれは御丁寧に」


 握った手を二、三度振り、離す。


「イオタ、行こうぜ」


「は、……はい!」


 そして、狐につままれたような顔をする男子生徒を尻目に、俺とイオタは早足で二年銀組の教室を後にした。

 高等部の母屋を出たところで、イオタが口を開く。


「……その、ま、また、ありがとうございます……?」


「ろくなやついないな、銀組……」


「そ、そういうわけでは」


「これ、聞いていいのかわからないんだけどさ」


 言葉を濁しつつ尋ねる。


「イオタって、なんで、その……、こういう扱い受けてるんだ?」


「──…………」


 イオタが、悲しそうに目を伏せた。


「……その。ぼく、座学の学年最優等生徒なんです」


「あー……」


 わかってきた。


「あの、主導してるっぽいエイザンってやつは?」


「二位……」


 すべてが繋がった。


「あいつ、もしかして、座学以外ではトップだったりしない?」


「よ、よくわかりました、ね……」


「なんとなく……」


 シャン家は、聞く限りは名家ではない。

 そうでなければ裏路地で術具店を営んだりはしていないはずだ。

 にも関わらず、イオタの父親であるツィゴニアは、元老院で最も発言力のある議員である。

 親の実績で負けて、座学でも負けて、よほどプライドに差し障ったのだろう。

 苦しい生き方だとは思うが、だからってイオタをいじめていい理由にはならない。


「……そ、その。ぼくも、聞いていい、ですか?」


「ああ、いいよ。なんでも聞いてくれ」


「その……」


 イオタが、言いにくそうに口を開いた。


「カタナさん、魔術使えないのに、彫刻術の授業はどうするのかなって……」


「あっ」


 どうしよう。


「……彫刻刀とかって、あると思うか?」


「彫刻する道具、ですよね」


「ああ」


「ある……、かも?」


「先生に聞いてみるしかないか……」


 憂鬱な気分で、彫刻術の教室へ向かう。

 事情を説明すると、顎の下に立派なひげを蓄えた彫刻術の師範が言った。


「……君は、どうして、この授業を取ろうと思ったのかね?」


 そんなもん、こっちが聞きたいわい。


「ええと……」


 軽く思案し、勢いで押し通してみることにした。


「──たとえ魔力(マナ)がなくても、彫刻したっていいじゃないですか! 俺は、したいんです! 彫刻が!」


「ほう」


 師範が、片頬に笑みを浮かべる。


「そこまでやる気があるのなら、やってみなさい。芸術は、すべての人間の前で平等であるべきだ」


「ありがとうございますッ!」


 深々と礼をする。


「か、カタナさん……」


「うん?」


「み、みんなに聞こえてます……」


「──…………」


 振り返ると、教室にいたすべての生徒が、俺からそっと目を逸らした。


「……まあ、ほら。すぐにバレるんだし」


「そうですけど……」


 意外だったのは、嘲り笑う生徒が一人もいなかったことだ。

 魔力(マナ)がないと言うのは、元の世界で言う身体障害者に当たる。

 この反応を見るに、かなりセンシティブな問題なのだろう。


「ほら、これを使いなさい」


 師範が取り出したのは、錆びかけた一本の彫刻刀だった。


「弘法筆を選ばず、と言う。この一本で、君が世界を変えるんだ」


「うっす」


 この世界で言う弘法って、誰に当たるんだろう。


「返事が小さい! 先程の熱意はどこへ行った!」


「はいッ!」


「──では、授業を開始する。各自、準備室にある自分の作品を取ってくるように!」


 彫刻術の授業を取っている四十名余りの生徒が、自分の席に彫刻途中の石膏像と小さな見本を置く。

 上手いものもあれば、当然、下手なものもある。

 顔も体も何もかもが歪んで現代芸術のようになっているものも散見される。

 その中で、イオタの石膏像は、比較的完成度が高いように思われた。


「お、上手いじゃん」


「そ、そうですか……?」


 イオタが、すこし嬉しそうに微笑む。

 自信作らしい。


「彫刻術ってどうやるんだ? 見せてくれよ」


「ええと、ですね……」


 右手の親指を立て、イオタが解説する。


「ちょ、彫刻術は、操術の一種です。ぼ、ぼくの場合は、親指の腹に、硬いものを彫る魔術を纏わせるんです」


 その親指を、彫りかけの石膏像に押し付けると、


 ──ガリッ。


 石膏が、僅かに削れた。


「こんな感じ、です」


「……便利だなあ」


 魔術とは万能の道具である。

 頭ではわかっていたのだが、こうして改めて見せつけられると、魔術の使えない自分が悔しくもある。

 もっとも、とっくに折り合いはつけているのだが。


「う、上手い人は、指のガイドもいらなくて、意識するだけで彫れるんですけど……」


 イオタが周囲を見渡す。

 すると、同じ授業を取っていたエイザンが、腕を組みながら視線のみで彫刻を行っていた。

 たしかに魔術には秀でている。

 だが、彫刻としての完成度は、イオタの作品のほうが上だと感じた。

 しばしエイザンの様子を眺めていると、その狐目と目が合った。

 エイザンが、席を立ち、こちらへとやってくる。


「やあ、カタナ君。すまないな。まさか君が、読み書きできなければ魔力(マナ)もない障害者だとは思わなかった。先程は、少々大人げない態度を取ってしまったね」


「悪いな。隠すつもりはなかったんだけど」


「はは、構わないさ。わからないことがあったら、なんでも聞いてくれ。銀組から降格するまでは、だけどね」


 俺は気付いていた。

 エイザンの視線が、イオタの石膏像へと向けられている。


「では、失礼するよ。また教室で」


 エイザンがきびすを返す。


 その瞬間、

 エイザンの肘が、

 イオタの石膏像に〈当たらなかった〉。


「あっ──」


 にも関わらず、石膏像は倒れた。

 操術だ。

 神眼を発動し、机から落ちる前に石膏像を受け止める。


「おっと」


「……えっ?」


 エイザンが目を見開く。


「危ねえな。気を付けてくれよ」


「──…………」


 エイザンは、一瞬俺をすごい目で睨んだあと、


「……ああ、申し訳ない。今後は気を付けるよ」


 そう、イオタではなく俺に謝って、自分の席へと戻っていった。


「よ、よかった……」


 イオタが、石膏像が無事だったことに、ほっと胸を撫で下ろす。


「頑張って完成させような」


「……はい!」


 明るい笑顔を浮かべるイオタを横目に、自分の机へ向き直る。


「さてと」


 熱意を見せてしまったからには、サボってもいられない。

 俺は、錆びた彫刻刀を握り締め、硬くてでかい豆腐のような石膏塊に突き立てた。

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