1/ネウロパニエ -6 世界で唯一、最高の
「実を言えば、灯術と操術の機能はいらないんだ。ある程度の炎術を何度も使えれば、それでいい」
「ある程度ってな、どんくらいよ」
「だいたい、焚き火くらいの火勢があればってとこだな。さっきくらいの炎だと、さすがにショボい」
「焚き火──って、おい」
ユーダイが眉間に皺を寄せる。
「そいつは、さすがに無理があるな」
「難しいんでしか……?」
「義術具──と言うより、魔術具と半輝石について軽く説明してやる。まず、人間には魔力がある。ない人もいるけど、たいていはある。人間の持つ魔力の平均値を、まあ、わかりやすく百としようや。このガントレットの木っ端半輝石は、だいたい五くらいのもんだな」
「えー、っと」
ガントレットの半輝石を軽く数える。
「数えても意味ねえぞ。全部合わせて、五だ」
「少ねえ!」
「はっは、思った以上に少ねえだろ。でも、木っ端半輝石なんてそんなもんなんだよ。ほら、井戸用のポンプを使うときは、ずっと半輝石に魔力込め続けないといけないだろ。あれ、半輝石に溜められる魔力が微小だからなんだ。入れた傍から使っちまうの。懐中時計なんかは、そもそも使う魔力が少ないから、いちいち込めなくても数日は持つんだけどな」
「なるほど……」
このあたりの理論は、初めて聞いた。
「で、次の問題は術式だ。普通の人が魔力を使って炎術を使用する。このときの魔力変換効率は、余程上手ければ九十パーセントだ。下手でも、まあ、五十パーセントくらいにはなる。高等魔術になるにつれ、この変換効率はガクンと落ちていくけどな。でも、魔術具に彫り込まれた術式では、どうしてもロスが大きくなる。このガントレットの魔力変換効率は、せいぜい十パーセント程度だ」
「はー……」
「つまり、元より五しかない魔力のうち、さらにその十分の一しか使えないわけよ。普通の魔術具は、変換効率が低くても魔力を潤沢に使える。でも、魔力のない人が使う義術具となると、こうなっちまうわけだ。焚き火くらいの炎を出すとなると、その予算があっても一度がいいとこだろうな」
ユーダイが、エルロンド金貨をヘレジナに弾いて返す。
「悪い、うちでは無理だ」
「そう、でしか……」
「なかなか上手くいかないもんだな」
「魔力を百くらい入れられるようなクソでけえ半輝石でもありゃ、それ背負って使えるんだけどな。そこまで来ると、十万、二十万じゃ到底足りねえよ」
「……ま、しゃーないか」
元より魔術に頼らずここまで来たのだ。
一度は魔術体験ができたのだし、それでよしとしよう。
「ありがとうな。冷やかしになっちまったけど、勉強になったよ」
「いいってことよ! 滞在中に何かあれば、このプネマ工房をよろしくな!」
ガントレットを外し、皆を振り返る。
「んじゃ、いったん宿に帰るか」
「──…………」
見れば、隣のプルがごそごそと鞄を探っている。
「プル?」
「ゆ、ゆゆ、ユーダイさん。こ、これ、使えません、……か?」
そう言ってプルが鞄から取り出したのは、ロウ・カーナンの遺跡で俺とヘレジナを救ってくれた、飴玉サイズの純輝石だった。
「……なんだ?」
ユーダイがそれを受け取り、しげしげと眺める。
その表情が、徐々に驚愕へと変わって行った。
「──こいつ、純輝石じゃねえか。こんな貴重なもん、どっから!」
「ふへ、へへへ……」
「うおー、初めて見た……」
ユーダイの手が震えている。
この世界の人々にとってみれば、百カラットのダイヤモンドにも近しいものなのかもしれない。
「これなら三千──いや、五千は入る。桁違いだな……」
「ま、……魔力の問題、か、かいけつ」
「プル……」
ありがたい。
だが、素直に受け取るわけにも行くまい。
「それ、お婆さんの形見なんだろ。そんな貴重なもん、俺のために使うなよ。大事に仕舞っときな」
「──…………」
プルの太めの眉尻が下がり、今にも泣きそうな表情になる。
「……おい、カタナ」
ヘレジナの鋭い視線が俺に刺さる。
「い、いや、でもだな……」
今にも涙がこぼれ落ちそうなプルと、俺に殺気を放つヘレジナに挟まれて困惑していると、ユーダイが口を開いた。
「──おい、兄ちゃん。その気遣いは間違ってるぜ」
「間違って、る……?」
実際、言葉選びを間違えた気はしている。
プルを傷つけ、ヘレジナを怒らせ、ヤーエルヘルに心配をかけているのだから。
だが、どう間違えたかがわからない。
「兄ちゃんには、その子が軽々しく純輝石を差し出したように見えたかもしれねえ。でも、違うんだよ。女の子が大切なものを差し出すのは、とっくに覚悟が決まってるときだ」
「──…………」
「そして、贈り物ってのは怖いもんだ。相手のことを考えれば考えるほど、不安があとから溢れ出してくる。喜んでくれるだろうか。がっかりされないだろうか。そして、そもそも──」
ユーダイが、厳しい表情を作って、言った。
「そもそも、受け取ってくれないんじゃないか」
「あ──」
俺は、何をしていたのだろう。
お婆さんの形見の純輝石が大切なものだなんて、俺より、ヘレジナより、ヤーエルヘルより、世界中の誰よりも、プルがいちばん理解している。
それを使えと、俺に言ってくれた。
そこに、どれほどの勇気と、俺への想いが込められていたのだろう。
俺は、
それを、
拒絶したのだ。
「──……プル」
間に合うだろうか。
赦してくれるだろうか。
こんな、考えなしの馬鹿野郎でも。
「……かた、……な」
「……ごめん。俺、なんか勘違いしてたみたいだ。プルの気持ち、わかってなかった。プルは、すべてわかってて、義術具に純輝石を使っていいって言ってくれたのに」
深々と頭を下げる。
「──今度は、こっちから頼むよ。俺のために、純輝石を貸してほしい」
「──…………」
ぺし。
後頭部に、優しい刺激が与えられる。
「こ、……これで、ゆる、し、……まっす」
「……今のは?」
「手刀、でしね」
たぶん、世界一優しい手刀だろう。
俺は顔を上げ、プルに微笑みかけた。
「ありがとう。絶対、大切に使うから」
「……うん!」
「んじゃ、ユーダイさん。これ──」
話がまとまりかけたとき、ユーダイが慌てて言った。
「ま、待て待て! 引き受けるとは言ってねえぞ。こんな貴重なモン、俺の腕じゃもったいねえよ」
「作れない、でしか……?」
「いや、作れる。注文通りには作れるさ。でもよ、見たくないか?」
ユーダイが、不器用にウインクをする。
「最高の素材で作る、最高の義術具」
「最高の、義術具……」
それは、魅力的にも程がある言葉だった。
「これだけの器だ。炎術だけじゃもったいねえ。爆砕術だって、いっそのこと灰燼術だって扱えるぜ」
「──!」
灰燼術。
ジグの灰燼拳によって作り上げられた白き神剣を思い出す。
あれを自在に使えるとしたら──
「それだ! 灰燼術の義術具!」
「お、食いついたな」
ユーダイが腕を組み、自分の顎を撫でる。
「よーし、うちの師匠を紹介してやる。最ッ高の術具士だぜ。俺は輝石士であって術具士ではねえからな。手に持てるもんは術具士の領分だ。餅は餅屋って言うだろ」
「悪いな、冷やかしみたいなもんなのに」
「なーに、純輝石なんて見せてくれた礼よ。待ってろ、今紹介状書いてやる」
工房の奥へ向かおうとするユーダイに、ヘレジナが尋ねる。
「ところで、その師匠とやらはどこに住んでいるのだ?」
「ああ、ネウロパニエだよ」
思わず、皆と顔を見合わせる。
「ネウロパニエ、でしか……」
「うん? なんだ、問題でもあったか?」
「あ、い、いえ!」
「……そうか、ネウロパニエか」
パドロとの約束を思い出す。
確約こそしなかったものの、さすがに気が引ける。
迷っていると、プルが俺の手を取った。
「い、いい、行こう! ネウロパニエ!」
「でもなあ……」
「わ、わたし、お、お誕生日の贈り物、と、とと、当日にあげたい……!」
「義術具だって、依頼してすぐに完成するわけではないでしもんね。早め早めに行動しないと」
「危険ならば、気にするな。今の私たちを傷つけられる状況など、そうあるものか」
ユーダイが満足そうに笑う。
「事情は知らねえが、決まりなんじゃねえか?」
「……まあ、うん。そういうことに」
なってしまった。
三人の気遣いが嬉しくて、照れくさくて、なんとか視線を逸らす。
三人の視線が俺に集まっているのが、なんとなくわかった。
「最高の純輝石で、最高の義術具を。世界で唯一の灰燼術の義術具を、うちの師匠に作ってもらってこい!」
「ああ!」
俺は、まだ強くなれる。
ヘレジナの背中はいまだ遠い。
だが、いつかきっと追いついてみせる。
借り物の能力に、すがってでも。




