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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部二章 遺物三都
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4/最上拝謁の間 -7 二周目の選択

 ヘレジナがヤーエルヘルを背負い、皆で王の間を後にする。

 長い廊下を歩いているとき、ふと脳裏をよぎるものがあった。


「──そうだ。ネルのリボン、落としたままだった」


 あのときは、拾う気力もなかったけれど。


「みんな、先行っててくれ。すぐ取ってくる」


 ヘレジナが心配顔で問う。


「……危なくはないか?」


「危ないものは、さっき排除したろ」


「それは、まあ、その通りであるな」


「じゃ、行ってくるわ」


 きびすを返し、小走りで最上拝謁の間へと向かう。

 開け放されたままの真紅の大扉を抜けて、ヤーエルヘルの開孔術によって中央を大きく削り取られた広間と足を踏み入れた。

 周囲を見渡すと、リボンはすぐに見つかった。

 ただ、


「……あー」


 各所が焼け焦げ、ネルの血液やサザスラーヤの血潮が染み込み、元の色すら判別できなくなっていた。


「ネル、怒るかな」


 そう呟くと、


「──あはは、怒らないって」


 背後から、楽しげな声が返ってきた。


「ネル」


「やっぱり、すこし心配でね。大丈夫なのはわかってるんだけど……」


 気持ちはわかる。

 あんなことがあった場所だものな。

 ヤーエルヘルの魔術が削り取った半球状の穴の縁に、ネルが腰掛ける。


「すこし、話していいかな」


 ぽん、ぽん。

 ネルが、自分の隣を軽く叩いてみせた。


「ああ」


 請われるがまま、ネルの隣に腰を下ろす。


「──…………」


 しばしの沈黙ののち、ネルが口を開いた。


「ママとパパ、死んでた」


「……そうだな」


「あたし、ずっと自分を誤魔化してた。ママとパパは忙しいんだ、とか。王城は危ないんだ、とか。手紙を出せない事情があるんだ、とか。滑稽だよね。とっくに死んでたのに」


「──…………」


 ネルが、俺の肩に頭を預ける。


「……つらい」


「ああ」


「つらいよ、カタナ」


「……ああ」


 俺には、ネルの頭を撫でてやることしか、できない。

 しばらくの沈黙ののち、ネルが、ぽつりと言った。


「……すごく、ずるいこと、言っていいかな」


「言ってくれ。ちゃんと聞くから」


「うん」


 ネルが、俺を見つめる。

 涙で濡れた瞳で。


「……あたしのこと、可哀想だって。すこしでも、好きだって。プルやヘレジナ、ヤーエルヘルほどでなくたっていい。それでも、好きだって思ってくれているんなら」


 言葉を止め、意を決したように口を開く。


「……あたしと、一緒にいて。ラーイウラで、ここで、一緒に暮らそうよ。あたし、頑張るから。ここが住みよい国になるよう、頑張るから」


「──…………」


 ネルの頬に、涙が伝う。


「……置いて、行かないで……」



 ──嗚呼。



 心が、揺れる。



 好きだよ。

 好きに決まってる。

 このラーイウラで初めて、俺たちを一個の人間として見てくれた。

 強くなろうと足掻く俺たちを、常に見守り、サポートし続けてくれた。

 いくら感謝してもし足りない。

 そんなネルが、こう言っているのだ。

 一人にしないで、と。



 ──そのとき、世界が色彩を失った。



 眼前に一つの選択肢が現れる。

 そう、一つだけだ。




【青】ネルと共に生きる




 楽しいんだろうな。

 幸せなんだろうな。

 後悔、するのかもな。


 俺は、

 初めて、




 ──青枠の選択肢に抗った。




「……ごめん」


 俺は、選択した。

 ネルと別れ、プルたちと歩む道を。

 それは、[羅針盤]への反骨心だったのかもしれない。

 それでも、ネルと生きる未来を、可能性を、自らの手で捨て去ったことは事実だった。


「……そっか」


 ネルが、無理矢理に笑顔を作る。


「あ、あははー。なーんて、冗談、冗談。カタナは元の世界へ帰るんだもんね。あたしなんかでも、カタナを誘惑できるか試しただけだよ」


 ネルが、俺から身を離す。


「ありがとう、もう悔いは──」



 俺は、ネルを、正面から抱きすくめた。



「え──」


「好きだよ。好きだ。でも、これがどんな好きか、わからない」


 強く、強く、抱き締める。


「一緒にいたかった。ラーイウラで幸せに暮らしたかった。でも、選べなかった」


 ラーイウラに残るか、旅を続けるか。

 この二つの選択肢には、決定的な違いがあった。

 それは、両親が亡くなっていたことを知ったばかりのネルには、あまりに酷な理由だった。

 だが、偽りなく答えるべきだ。

 それが、俺を好いてくれたネルへの、精一杯の誠意だと思うからだ。

 唾液を飲み込み、俺はその言葉を口にした。



「──家族が、いるから」



 しばし呆然としていたネルが、


「……う、あ、……ああ、……ああああ」


 俺の体を掻き抱いた。


「ばかあ……! なんで、最初に、ラーイウラに出てこなかったのさあ! ……なんで、なんで最初に、あたしと出会わなかったのさ! そしたら、きっと、もっと惚れさせてみせたのにい! ばか、ばか、ばか! ばかかたなあ……!」


「……うん」


「こっち、王だぞ! 王さまだぞ! 王さまの言うことは絶対なんだぞお……!」


「うん」


「ばかあ……ッ!」


 しばらくのあいだ、俺は、ネルの優しい罵倒を聞き続けた。


 片方を選び、片方を捨てる。

 それが、選択だ。


 俺は、ネルのことが好きだ。

 自分の人生と天秤にかけるくらい、好きだ。

 それでも、俺は、プルたちと共に元の世界へ帰ることを選択する。

 どちらを選んでも、いつか後悔するだろう。

 選ばなかった選択肢の先を夢想するだろう。

 それでいい。

 後悔は、この気持ちが本物であった証拠だから。



 俺は、進む。

 この選択の先に、何が待ち受けていようとも。

 いつか、また、胸を張ってネルに会うために。

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