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異世界は選択の連続である[Re:]  作者: 八白
第一部二章 遺物三都
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4/最上拝謁の間 -5 起こすこと、それが奇跡

 ラライエは本来、頭部だけの存在だ。

 脳に損傷を受けてはさすがに再生できないのか、そのまま崩れ落ち、動かなくなる。

 ヘレジナが、双剣を回収しながら、言った。


「いくら速かろうと体術は素人。次にどう動こうとしているのか、見ればわかる。動く前に避け、適当な場所に刃を置いておけば、勝手に自滅というわけだ」


「……ああ」


 対処法はわかっていた。

 だが、俺にはできなかった。

 俺は、次撃を予測できるほどの眼力を持っていない。


「──…………」


 アーラーヤに左腕を押し付けると、ネルの元へと足を向ける。


「ネル……」


「──……う」


 ネルの死体の前で、プルが口元を押さえる。


「ネルさん……?」


 ヤーエルヘルが、呆然と立ち尽くす。


「……なんで」


 ヴェゼルが、叫んだ。


「なんで死んでるんだよ! 王になるんだろ! 奴隷制を廃止するんだろッ! 嘘つき! 根性なしッ!」


「ヴェゼル、落ち着け」


 左腕を治癒したアーラーヤが、ヴェゼルの肩を掴む。


「これが落ち着いて──」


「……落ち着け。こいつらが悲しめない」


「あ──」


 アーラーヤに、心の中で礼を言う。


「……俺のせいだ。俺の、せいなんだ。俺が[羅針盤]なんて当てにしたから、こうなった」


「──…………」


「守れなかった。ネルは、自分の命を犠牲にして、俺を助けようとしてくれたのに。それなのに──」


「……かたな」


 プルは、何も言わなかった。

 何も言えなかったのだと思う。

 ただ、黙って、俺の手を握ってくれた。

 眼前に二つの選択肢が現れる。




【ネルを助ける】


【ネルを見捨てる】




[星見台]。

 俺の背中を押す、ただそれだけの能力。

 俺は、[星見台]のことを、そう捉えていた。


 ──だが、本当にその通りなのか?


[羅針盤]が俺を裏切った今、[星見台]を信用するべきなのか。

 俺には、もう、何もわからなかった。


「……ジグを、呼んでこなければな」




【ネルを助ける】


【ネルを見捨てる】




 わからない。




【ネルを助ける】


【ネルを見捨てる】




 所詮、俺はただの一般人に過ぎなかった。

 俺には何も決められない。

 俺には、何も、できない。




【ネルを助ける】


【ネルを見捨てる】




 うるさい。




【ネルを助ける】


【ネルを見捨てる】




 黙ってろ。




【ネルを助ける】


【ネルを見捨てる】




 頼むから、そっとしておいてくれ。


「カタナさん」


 気が付けば、ヤーエルヘルが俺の顔を覗き込んでいた。

 翡翠色の、美しい瞳で。

 しかし、その色が、普段より遥かに深みを帯びているように見えた。


「──助けますか? それとも、見捨てますか?」


 そんなの、決まってる。


「助けられるのなら、助けたいに決まってる……」


「わかりました」


 ヤーエルヘルが、盃へと向かう。

 そして、盃の中から、いまだくすまぬ赤黒い臓器を拾い上げた。


「ヤーエルヘル、お前……!」


 驚愕するヘレジナを横目に、その心臓を、ネルの背中の大穴へと押し込む。


「プルさん。アーラーヤさん。治癒術を」


「いや、お前。これ、もう完全に死んでるぞ。治すも何も──」


「アーラーヤ、さん」


 プルが、深々と頭を下げる。


「い、一度だけで、いい。お願い、……します」


「──…………」


 アーラーヤが、後頭部をぼりぼりと掻き、


「……失敗しても、俺のせいじゃねえからな」


 そう言って、ネルの背中に手をかざした。


「一度失われた命は、治癒術で傷を塞いだとしても、戻ってはきません。でも──」


 ヤーエルヘルが、盃から、サザスラーヤの血潮を注ぐ。

 ネルの背中の穴へ、注ぎ込む。


「命そのものたる、サザスラーヤの血液があれば」


 俺は、尋ねた。


「……可能性はある、のか?」


「はい。〈奇跡〉が起これば、ですが」


 プルとアーラーヤ、奇跡級の治癒術による二重治癒によって、ネルの背中の大穴が塞がれていく。

 しかし──


「……やっぱ、無理があったか」


 アーラーヤが手を止めた。

 傷は、既に治りきっていた。


「──…………」


 プルは、無言で手をかざし続ける。


「手は尽くした。諦めよう。死者蘇生なんつーのは、人の手に余る所業なんだよ」


 ヤーエルヘルが、俺を見上げる。


「カタナさん。もう一度だけ、選択していただけますか。あなたの意志で、しっかりと」


 ヤーエルヘルの言動がおかしいことには、気が付いていた。

 口調が違う。

 雰囲気も違う。

 何より、俺にしか見えないはずの[星見台]の選択肢を読み取ったかのような言動だ。


「選択してください。あなたの意志にお任せします」




【ネルを助ける】


【ネルを見捨てる】




「──…………」


 ネルは死んだ。

 もう、生き返らない。

 俺は、ネルを見捨てた。

 青の選択肢に目が眩んで、思考を停止した。

 俺は──


 同じ選択肢を突きつけられたにも関わらず、またネルを見捨てるのか?



「──見捨てない。絶対に」



 そう口にした瞬間、脳裏で鳳仙花が弾けた。


 そうだ。

 まだ試していないことがある。

 諦めるのは、すべての手を尽くしてからでいい。

 俺は、王の間へと駆け出した。


「おい、カタナ!」


 ヘレジナの声を背に浴びながら王の間へと戻り、テーブルに置いてあった美酒の瓶を掴み取る。

 足りなかったのかもしれない。

 あるいは、摂取の方法が間違っていたのかもしれない。

 俺は、最上拝謁の間へと取って返し、ネルの上体を抱きかかえた。


「カタナ、何を……?」


「サザスラーヤの血潮を飲ませる」


「……血潮は、もう、傷口に注いだではないか」


「ラライエは、サザスラーヤの肉を食らい、その血潮を飲んでいた。サザスラーヤは命を司る陪神であり、そして──」


 瓶を傾け、ネルの口に中身を注ぐ。


「ラライエは、千年を生きた」


「!」


「頼む、手伝ってくれ。このままじゃ喉の奥まで届かない」


「わ、わわ、わかった!」


 プルが、ネルの首の角度を固定する。

 俺は、口の端から溢れた血潮を指で拭うと、もう一度ネルの口に瓶を傾けた。


「──ネル、聞こえてるか。見捨てて、ごめん。助けられなくて、ごめん。言い訳なんてしない。起きて、俺のことを怒ってくれ。俺のことを、殴ってくれ」


 涙が溢れる。

 ネルの頬に、しずくが落ちる。


「起きてくれ、ネル……ッ!」


 そのとき、ネルの首筋がかすかに動いた。

 血潮を飲み下したのだ。


「ネル!」


 そして、




「──まッ、ずーい!」




 ネルが、飛び起きた。


「うお!」


「生き、返った……?」


 目をまるくするアーラーヤとヴェゼルを横目に、俺は、ネルに微笑みかけた。

 頬をくすぐる涙を、快く感じながら。


「……地獄の交響曲みたいな味だろ」


「不味さで生き返ったわよ!」


「ネル……!」


 プルが、ネルに抱き着く。

 ネルは、そんなプルの背中を、優しく撫でた。


「はいはい、プル。ちゃんと生きてるからだいじょーぶ」


「……寝坊だぞ、ネル」


「ヘレジナも、泣かない泣かない」


 ヘレジナが、目元を擦りながら怒鳴る。


「泣いとらんわ!」


 そして、ネルが俺を見た。


「──カタナ。あなたの声、ちゃんと聞こえてたよ」


「そっか」


「でも、王子さま的には口移しで飲ませてくれてもよかったんじゃない? 減点よ、減点」


「ははっ」


 目元を拭いながら、軽口を叩く。


「そりゃ、こんな不味いもの、……なあ?」


「そーゆー理由かい!」


「冗談冗談」


「本当かな……」


 ネルが、俺に不信の目を向ける。

 仕方ないだろ。

 口移しじゃ、喉の奥まで届かないもの。


「──よかった」


 ヤーエルヘルが、ぽつりと呟く。


「そうだ。ヤーエルヘル、気分は大丈夫か?」


 そう尋ねた瞬間、


「──…………」


 ふらり、と。

 ヤーエルヘルが、倒れた。


「おわ!」


 ヴェゼルが慌ててヤーエルヘルを受け止める。


「ヤーエルヘル!」


 アーラーヤが、冷静に言う。


「ひとまず王の間へ運ぶぞ。臭そうだが、ベッドもある」


「シーツくらいはちゃんと交換してると思うけど……」


「加齢臭ってのがな、あるのよ」


 実感の篭もった言葉だった。


「では、ヤーエルヘルは私が背負おう。ヴェゼル、乗せてくれんか」


「はいはい。貸し──は、いいか。これくらい」


 ヴェゼルが、ヤーエルヘルをヘレジナの背中に乗せる。

 俺たちは、ラライエと側近の死体を片付ける間もなく、いったんその場を引き上げた。

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