爪先の聖女
当然のような顔でフェリクスの弟妹が出ますが、
電子書籍版で少し存在に触れたものの登場しているわけではなく、名前も込みで初出です。
「私さあ……理解っちゃったんだよね……」
うららかな午後、私は義理の弟妹の研究開発室を訪ねた。道具類を中心に、『こんなものが欲しい!』を趣味で手広く作り出す、ベルントくんとヘルミーナちゃんの離宮だ。
「カナンお義姉様、何がお分かりになったの?」
迎えてくれたヘルミーナが胡乱げな顔つきで首を傾げる。私はドヤァと胸を張って、革命的な気づきを口に出した。
「あのさ、靴の方が頑丈になったらいいんだよ」
「――つまり、ヒールで踏んでも足を傷つけないような、保護具を仕込んだ靴が欲しい、ということ?」
「そー。フェルの足は気兼ねなく踏めるからもういいと思うんだけどね、バスティアンが踊れないことを許してくれないんだよ……」
フェルはいくら踏んでも大丈夫だ。痛がらないし、足の甲を何度も確かめたけどかすり傷ひとつなかった。いや旦那が頑丈だと安心だね。問題はバスティアンの特訓に付き合ってくれる使用人なんだよなあ……
これ以上の犠牲を出すわけにはいかない……と決意を固くしていると、扉がノックされた。ヘルミーナの返事に扉を開き、姿を見せたのはもうひとりの義弟アロイスくんだ。
「カナン義姉上もいらしていたのですか」
「うん、お願い事しにきたんだよ。アロイスくんは?」
「私はベルント兄上に頼まれて作った資料を届けに。ミーナ、兄上は?」
「大はしゃぎで視察に出かけたわ。ほら、例の、ワーム研究施設」
「そのための資料をまとめてきたのに? 家畜化の歴史や魔物に関して調べてきたんだけど」
呆れたようにアロイスが肩を落とす。ああ、例の。髪飾りを作ったときの粘液の魔物。
「家畜化できそうなんだよね?」
「そうなの。粘液の有用性が高くって……無害化も進んでいるんだけれど、カナンお義姉様ご覧になった?」
「見た見た。ぬめっとしてうぞっとしてたよ」
黒紫で、かなりデッカくて、ぞりぞりの歯の奥から細長い舌みたいな管まで出た。いやあ、アレの粘液なんだよなあ……としみじみ思う私の前で、ヘルミーナが肩を抱いて身震いする。
「ベルントお兄様よく喜んで研究施設に行けるものだわ。カナンお義姉様もよくご覧になったわね」
「気持ち悪いものまじまじ見ちゃう方なんだよ」
それにしたって……と嫌そうに眉根を寄せたヘルミーナが、腕をさすった後にふと顔を上げた。
「でも、素材は本当に有用なのよ。……そうだわ。カナンお義姉様の靴にも使えるんじゃないかしら」
「あの粘液で靴を?」
アロイスが驚いて声を上げる。ヘルミーナが「ああ、違うの」と説明を始めた。おお……すごい、どんどん話が具体的に進む。いやここに持ち込んでよかったね。
「――なるほど、爪先から足の甲にかけて保護具を。確かに硬化した粘液は衝撃に強く、しかも軽い」
「アクセサリー以外の活用法として、試作品を作るのにも丁度良いわ。カナンお義姉様、この件当開発室でお預かりします」
「たすかる! ありがとうヘルミーナちゃん。よろしくね!」
いやあ、胸のつかえが取れたよね。もう任せといたら大丈夫だな。私は話し合うふたりを眺めながら、のんびりとお茶を堪能した。
§
「――というわけでね、開発資金提供とか、オレリアに言えばいい?」
夜、私室に戻ってきた任せといたら大丈夫な人筆頭フェルに報告と相談をする。言わなくても知ってそうだけど、まず言うのが一番間違いないもんね。
「ああ、彼女に言っておけばあなたの予算から適正に処理してくれるよ」
フェルは突然の話に、余裕の笑みでうなずいた。知ってたなこれ。
ヘルミーナたちに任せたとはいえ、何もしないわけにもいかない。資金を提供することにした。使い道のわからない予算が潤沢にあるもんな……なんかドレス作ったりとか、寄付とか、色々出たり入ったりしてるらしいけどよくわかっていない。額が大きすぎるんだよ……
管理はオレリア・ド・ウィンスロー、なんとバスティアンの奥さんが補佐官に就任してくれた。夫婦揃って私を支えてくれている。あんなに仕事ができる人を抱え込んでいいのかなとも思うけれど、王太子妃の補佐官に就任することはこの上ない名誉なのだそうだ。
なんか私の肩書きがオレリアの役に立つなら願ったり叶ったりだよ……補佐官がオレリアで本当に助かるもんな……横領とかされても私一生気づかない自信あるんだけど、フェルが秒で気づくと思う。そんな危なっかしい、ゆるゆるに見えて一分の隙もないデッカいお金預けるとか、本当に信頼できる人にしか任せられないもんな……
私のせいで人を狂わせる訳にはいかない……私の周囲は優れた人物で固められている。私の日々は丸投げで成り立っているのだ……
しみじみひとりで頷いていると、優れた人物筆頭フェルが顎に手を当てて考え込んでいた。なんかマズいことあったかな?
「どうしたの?」
「いや、考えていたんだ。あなたが思いついた靴は、あなたが想定している以上に有益かもしれない」
「どゆこと?」
ダンスで足を踏みつける人そんないるかな? いるなら喜んで靴を提供するけど。仲間だもん、いたたまれなさ分かるよ……
「例えば庭師。荷運びをする者や、建築業、それから林業を営む者。そういった人々にとって、足先を保護することはとても重要だろう」
フェルが思ってもいなかった説明を始めた。ほーん? なるほど?
「あなたの旗印のもと、量産や低価格化……市井に広めることを想定に含め、開発にあたらせよう。きっとあなたの発案は、たくさんの人を救うよ」
構わないかな? と柔らかく目を細めるフェルに、あいまいに頷く。そんな大ごとになると思ってなかったんだけど、まあ、フェルが『役立つ』って言うのなら……
「任せるね……?」
フェルは「うん」と、笑みを深めた。
§
さて、その靴がどうなったかと言うと、『安全靴』という名称で、いや、本当に広く世間に広まった。
私が提案した『爪先安心くん』という名称は笑顔で黙殺されたんだよね。解せぬ。まあ、なんか皆が怪我をせず、安全に仕事ができるようになるならいい事だ。よかったよかった。
それはそれとして、王太子妃が発案した靴ということも広く世に知れ渡り、私はなぜだか『事故の多い業務に就く国民のために安全靴を発案した、慈悲深き王太子妃』として名を揚げた。今では『爪先の聖女』と称えられてしまっている。
いや、なんでだ。ダンス踊れないことが発端だなんて公にできんよね。し……知られないで済むといいなあ〜〜……
まあまあ、『清らかな乙女』になって、王太子妃になって、婚姻譚は好きなように本やら劇やらになっている。もうひとつくらい増えたってもう今さらでしょ。
好きにするといい……人気が高いのはいい事だよ……私は私室のバルコニーから空を見上げ、すべてフェルに丸投げしようと決意を新たにしたのだった――
電子書籍発売から二年経ちました。
今も読んでもらえること、覚えていてもらえることを、とてもうれしく思っております。
皆様へ、特大の感謝を込めて。









