あなたの呼び名を
年明けにゆるく募集したお題で、
みこと。さんからいただいたリクエスト「カナンに甘やかされるフェリクス」です。
「——それでカナン。私を甘やかしてくれるの?」
昼下がり、ふたりの私室。部屋に入ってくるなり殿下は私に向かってそう言った。
「うぇえ……バレバレじゃん」
「カナンは父上や母上たちに聞き回っていたからね」
殿下は楽しげにクスクスと笑う。どこからか目撃されていたらしい。もうね、やっぱり私が殿下に内緒でなにかするのは無理だと思うよ。
「父上たちの意見は参考になった?」
「それがさあ。なんもいい案でなかったんだよね」
お強い方のお義母様は一緒に剣を振るった覚えしかないらしい。家庭的な方のお義母様は、殿下がほんの小さい頃は抱きしめたり、おやつをあげたり、一緒に遊んだりしたと言っていらしたが、なんか五歳くらいの頃にはすでに勉学と剣術に励み王族としての自覚が芽生えてたんだって。なんだそれ。それから……
「正妃のお義母様は、『王族としての顔を見せることが多かったから、もっと甘やかしてあげればよかった』って言ってたよ」
「ふふ、尊敬しているし、私はとても愛されて育ったと感じているんだけどね」
「言ってあげたら喜ぶと思うよそれ。……それで陛下なんだけどさあ」
私は困惑しながら殿下を見上げ、問いかける。
「『甘やかそうと一緒に遊ぼうとしたら、息子にお説教されちゃって……』ってしょんぼりしてたんだけど……陛下なにしたの」
「父上は私に『悪い遊び』を教えたがってね」
「あーね」
やりそう。ぜったいやりそう。使用人を撒く方法とか、誰にも見つからずに王宮を抜け出す隠れ道とか、ちょっと危ない路地裏の歩き方とか、ぜったい好きだもん。
幼少の頃の殿下に真っ当に説教されてしょぼくれる陛下……余裕で想像できるな。うんうんと頷いていると、殿下が柔らかく笑って私の髪を一筋すくい取る。
「そもそも、どうして急に私を甘やかそうと思ってくれたの?」
「いつも甘やかされてるから、甘やかし返そうと思ったんだよ」
「私は今のこのやり取りだけで、十分幸せなんだけどね」
「それはちがくて〜」
にゅっと唇をとんがらせる。殿下はクスクスと笑って、とんがらせた唇をつまんだ。
「じゃあ、カナンが今まで一番嬉しかった甘やかし方を私にして欲しいな」
「めちゃくちゃ難しいこと言うね」
「難しかったの?」
「殿下の甘やかし方神がかってるんだもん」
ふと気付いたときにはすでに甘やかされている。あんなのは再現不可能だ。あったらいいながすでにそこにあるのだ。さすが殿下、本当にマメに気付く。私なら見逃しちゃうね。
「——ふふ、本当にもう十分だよ」
殿下は目を瞬き、嬉しそうに破顔する。いやでも違うんだって。何かしたいんだって。甘やかし、かあ…………
「アアッ! そうだ!」
ぴんと閃いて、私はお昼寝用カウチソファーの端に座り、ぽんぽんと膝を叩いてみせる。
「はい殿下ゴロンして、頭はここね」
「……分かったよ」
殿下は少し困ったように笑いながら、ソファーに身体を横たえ私の膝にためらいがちに頭を乗せた。付き合いいいな。
——さて、甘やかして見せようじゃないか。女神の導きのままに……! 落ち着かない様子で横たわる殿下の、私の膝の上に乗った頭。柔らかな手つきで髪をすき、私はそっとささやきかけた。
「『フェリクス殿下はえらいわね……』」
「ッフ!!」
殿下は吹き出した。そのままケホケホとむせ返り、両手で顔を覆って震え始める。爆笑じゃん。
「……ごめん、誰の真似か、わ、わかってしまって」
「マリーちゃんだよね」
「ゴホッ……コホッ!」
殿下は声も出せずに笑い続けている。フウフウ言ってるじゃんね。なんか愉快そうで何よりだよ。方向性間違ってない? 大丈夫かこれ?
「————ふう」
「落ち着いた?」
「ようやくね。……抑揚がそっくりだったよ」
「めちゃくちゃ聞いてるからね……」
フフン……と私は胸を張った。
「ていうかね、殿下は膝枕されるの下手すぎじゃない?」
「されるのに上手い下手があるの?」
「そりゃあるよ。もっと肩と首の力抜いて、体だらーんってして、頭ももっとぐでーんって乗せきっちゃって」
「重くないかな?」
「平気だよ。それから目を閉じて、息を吸って〜吐いて〜、吸って〜……」
殿下は言われるがまま、目を閉じてゆったり呼吸を繰り返す。いやほんと付き合いいいな。殿下の身体から程よく力が抜けて、ゆっくりと、穏やかに、胸が上下する。額にかかった前髪をそっと横に流し、髪を柔くすきながら私は殿下の顔をまじまじと見つめた。睫毛なっが。毛穴無!
静かな昼下がり。ゆったりと時が流れていく。私は髪をそっとすき続けて、殿下は穏やかな寝息を立て始めて——寝たかな。寝たんじゃないこれ。ほー、フーン、なるほど?
私は視線を左右に動かして周囲を確かめる。当然誰もいない。フーン、なるほどね? これはもってこいじゃないですかね?
私はンンッと喉を鳴らし、少し身をかがめて、そっと口を開く。
「——あのね、大好きだよ、フェル」
ようやく本人を前に口に出せたぞ。何て呼ぶか考えて決めたのに、呼ぶタイミングをつかめなかったんだよね。まあ本人寝てるけど…………満足していた私の視線の先で、殿下の耳がみるみる赤くなっていく。ええ、真っ赤。
「いや起きてるじゃん」
「寝入りかけていたよ…………」
観念したように殿下が口を割った。ゆっくりと片手をあげて、口元を隠す。わあ、珍しい。めちゃくちゃ照れてる。
「何、今の」
「呼び方考えてたんだけど、呼ぶきっかけがなかったんだよ」
それだけじゃないでしょ……と殿下は途方に暮れたようにつぶやいて、それから私の目をじっと見据えた。
「愛しているよ、カナン」
フェルは口元を隠していた手を上げ、私の頬をそっと撫でる。指先に操られるように、私の顔はゆっくりと下に向かって、フェルもそっと首を伸ばして。
静かなふたりの昼下がりに、甘い、甘い口付けを——
本日、電子書籍発売から丸一年経ちました。
たくさん読んでいただけて本当に嬉しく思います。
ありがとうございます。
記念にこの小話と、それからバスティアン番外編
『麗しの王弟殿下は男装も女装もこの上なく似合って最高に至高です』
https://ncode.syosetu.com/n8163kj/
も公開しておりますので、合わせて楽しんでいただけると幸いです。
バスティアンが結婚するお話。カナンちゃんは出ませんが、フェリクス(17才)は出ます(*´艸`*)









