陛下に不敬と誓いを添えて
ついカッとなって声を荒げてしまった自分をなかったことにする方法を、どなたかご存知ないだろうか。
ハンフリート陛下の口から聞こえて来た「返品」という言葉に取り乱して、これまでのことがほんの些細なことに思えるほどの不敬をとうとうやらかしてしまった。
とりあえず本当にもうこれ以上は何も発してくれるなという気持ちで唇に封印をしようとして、左手がハンフリート陛下に握られたままなことを思い出す。
両手を軽く私の左手の指先に添えているだけに見えるのに、しっかりと捕まえられていて抜けそうにない。
声を荒げた勢いで椅子から飛び降りハンフリート陛下の正面で仁王立ちする私と、恭しく見えるような手つきで私の左手を取り跪くハンフリート陛下。
この構図は、まるで騎士が忠誠を誓う儀礼のようで、大変よろしくない。
「あの、ハンフリート陛下。そろそろこの手をお離しくださいませんか?」
余計なことを言わないように口には気をつけて、間近で浴びた私の暴言に目を見開いて石像のごとく固まったハンフリート陛下へと、恐る恐る声をかけた。
ゆっくり瞬きしているので、意識があることは分かるのだけれど、聞こえているのかいないのか分からない、無反応。
なのに、手に込めた力は一向に緩む気配はなく。
とてつもなく、気まずい。
思うところがあるのなら、言葉にしていただきたい。
不愉快だったというのなら、顔を顰めるなりして態度で示していただきたい。
完全なる無の状態では、こちらはもうお手上げだ。
「先程ははしたなくも取り乱してしまい、お見苦しいところをお目にかけましたこと、誠に申し訳ございませんでした」
まずは謝罪かと、ハンフリート陛下の前に両膝を着いて見上げれば、私の動きに合わせて見下ろす形となったその金青の瞳がゆらゆら揺れた。
ひとまず無反応でなかったことに安堵して、そのままじっと揺れる瞳を見つめていると、ハンフリート陛下がゆっくり口を開いた。
「そんなこと、するわけない、と仰いましたか」
「はい」
「返品は、しないと?」
「はい。つい声を荒げてしまいましたが、誓って絶対私はそんなことは致しません」
また声を荒げてしまわないよう右手を胸に当てて誓いの形を取る。十年前からの誓いを今更形にするのはなんとも言えない気持ちになるけれど、ハンフリート陛下の御心がこれで晴れるのならば安いものだ。
見上げる金青の瞳に喜色が混じると、氷が溶けるようにハンフリート陛下の表情が動きだす。
「それでは、私は採用された、ということですね?」
ハンフリート陛下は、それはもう嬉しそうに笑った。