執事は主を大きくしたい③
爪先に地面を感じるから見ずとも分かっているのだが、無意識に足を浮かせてしまっていないかを視認してから、襟締に添えた指先に力を込める。
「フリートさん、手が、届きます!」
「これでお分かりになりましたか?」
信じられない思いでフリートさんを見上げると、とても満足そうな笑顔で見下ろされていた。
そんなに慈愛に満ち溢れた目で見られるとなんだかいたたまれない。思うところに手が伸ばせただけでそのような顔をされては、どうしていいのか分からなくなって、とりあえずはこの目の前の襟締に集中する。
にこにこと音がしそうなほどの笑みを浮かべるフリートさんに見守らながら、襟締を上着から引き出し結び目を解く。
相変わらず踵は浮いているけれど、無理な態勢ではない。腕も伸ばし切るほど伸ばしていないから、やはり縦に伸びたのだろう。
これはもう、認めざるを得ない。
私はどうやら、成長したらしい。
守人は塔の中では現状維持されるのではなかったのかとか、塔の保護は一体どうしたのかとかいろいろ言いたいことはあるけれど、なぜだかフリートさんが嬉しそうなので、今のところは溜飲を下げておく。
それに、原因はなんとなく分かっている。
守人になってから何十年も現状維持し続けていたというのに今更成長したのはやはり、先日の西の塔での名乗りの儀の影響だろう。
神術は使っていないから、トオルの神気に触れたことが私の体の何かを刺激したのか。あるいは、あの儀式に参加したことで、塔かあるいはこの世界における私の立ち位置が変わってしまったのか。
考えても答えなど出ないのだが、それでも考えることは止めないままま、両手の動くままに紫紺の襟締を結んでいく。
久しぶりなのに、案外覚えているものだ。
夜も更けて、きっとフリートさんもあとは着替えて寝るだけだろうから、簡単結びでいいだろうと記憶を頼りに結び始めたけれど、なかなかどうして綺麗に結べているではないか。
「よくこうして、父上の襟締を結ばれていましたね」
襟締の出来具合を自画自賛している私の耳に、ぽそりと落ちたフリートさんの呟きが心地よくて、つい笑みが溢れる。
私が初めて名乗りを挙げた国王陛下であるフリートさんのお父上との思い出話は枚挙に暇がないが、私に襟締を結ばせることを楽しみとされていた頃の思い出は私の心をいつも温かくしてくれる。
あの頃はまだ幼かったフリートさんはおいそれと私たちに近づくことは出来なかったはずだが、どこからか見ていたのだろう。
神気の見える私に姿を隠したとて意味がないことを知らない幼子たちを思い出して、また頬が緩んでいく。
それにしても、いつも物陰からこちらの様子を窺っていた小さな影のうちの一つが、こんなにも大きくなられるとは。
……本当に、大きくなられて。
私よりも頭三つ分は大きいフリートさんを見上げながら、どうせ縦に伸びるのなら追い越してみたいものだと密かな野望を抱く。




