執事は主の息を確かめたい
伽藍堂にひとり、私が蹲っている。
空気が冷えているのは夜のせいか、人の気配がないせいか。
もう空腹すら感じないほど何も口にしていない体は、それでもまだ感覚を忘れることはできないようで床の固さや冷たさに身が縮まっていく。
これは、夢だ。
私はもう、あそこにはいない。
もうとっくの昔に守人として、塔に召喚されている。
早く目覚めなくては、これは夢だ、と思うのに、ひとりぼっちの私は床の上で身動ぎもしない。
俯瞰で見ているはずなのに、体は床に這いつくばっている奇妙な感覚に絶望感がじわじわと押し寄せる。
―トゥワ様。
誰かが私を呼ぶ。
―トゥワ様。
この夢の世界の私の名前ではない、名前で。
「トゥワ様、起きてください」
声とともに軽く揺すられた拍子に、あっけなく目が覚めた。
「このようなところでうたた寝をされては、お体に障ります」
こちらを覗き込む顔は心配そうに顰められ、そんな顔も麗しいとはさすが有能執事のフリートさんだな、などと場違いな感想を抱く。
大変美味なる朝食を頂き、最近の天の災いの記録を解析していた、ところまでは覚えているのだが、そのあとの記憶がない。
まだ正式に塔の守人の任を譲渡したわけではないが、今の私にできることは少ない。
何かあれば出張って行くこともあろうが、今は平時。
特にやることもないので、フリートさんにお願いして、私が塔の守人になってからの天の災いの記録を取り寄せてもらっていた。
頻繁に起こる天の災いの傾向が分かれば、神術に頼らなくとも被害を抑えられるのではないかと思って始めたことなのだが。
大小合わせて100件以上にも上る記録を解析するだけでもなかなかの大仕事となり、幸せな満腹も相まって、つい微睡んでしまったらしい。
「眠っていらっしゃるとは分かっておりましたが、息がとても浅くて」
覚醒しきらない頭で自分が居眠りしてしまった経緯をつらつら思い返していたら、私が確かに息づいていることを確かめるように、フリートさんの大きな手が、頬に額に触れてきた。
とても温かい手だ。
塔に喚ばれる前の夢なんか見ていたものだから、体が強張っていたらしい。
触れられたところから体が温度を取り戻していく。
空腹でも忘れられなかった感覚が、と思いかけて、今はもう空腹どころか満腹だったことを思い出す。
寝椅子に体を預けた私の傍らで跪くフリートさんの眉間の縦線はなかなか消えないようで、脈を取るように私の右手首に添えた手にも力が入っている。
どうにか安心してほしくて、項垂れるフリートさんの白金の髪に手を伸ばしかけたところで、塔に荘厳な鐘の音が響き渡った。
「フリートさん、王宮から誰か来たようです」




