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明日の英雄達  作者: tsubame
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1-1.傾奇者

いつの時代にも光と闇は共存している。それは決して交わることはないが離れることもない。まるで私たちのように。



傾奇者かぶきもの



時は政情不安の江戸時代。華やかな時代と思えど波乱に満ちた景色が色咲かせる。人々は不安の波に流されまいと必死で生き抜く中で6人組の若者集団は我が道を歩んだ。


何れ大人にならなければならないその時まで。




「おいおい…、お前らいい加減懲りないのか?」


この日私は初めての経験をする。というのも私の目の前に壬生浪士の土方歳三がウンザリとした表情を浮かべているのだから。


そうそう名乗りおくれましたが私、浅間あさま かえでは生きて来たこの16年は決して道を踏み外したことなどありませんよ。

だけどひょんな事に、ある一団に巻き込まれてしまったせいで壬生浪士にこっ酷く叱られているのです。


「偶には優しくしてくれないと私そろそろ寂しくて泣いちゃうかもよ?」


隣りでふざせた台詞を吐くこの少女こそが私を巻き込んだ張本人である。有栖川ありすかわ すずは可愛らしげな表情をしているのにも関わらずどきりとさせる発言をする。栗色の長い髪をかき上げながら土方さんを挑発した。


「鈴…お前は反省するまで屯所の掃除をしろ。お前達は静かに良い子に家へ帰れ」


「何で?お仕置きが必要なのは私じゃないのに…」


あんぐりと口を開ける鈴にあかんべえをする三浦みうら 伊助いすけは洒落っ気のある今時の青年である。このふざせた輩に何故私のような良い子が一緒にいるのかと問われれば、それは5時間前に遡らなければならない。




…昼九ツつまりは昼の2時頃だった。私はいつものように父様の行きつけの団子屋で小遣い稼ぎをしていた。


「いらっしゃい!出来立てホヤホヤの抹茶団子はいかが〜?」


「ねぇ鈴、アタシお団子が食いたい〜」


そこに現れたのは文句の付け所のない美男美女だっが、彼らが醸し出す雰囲気に街の人々の視線が集まっていた。


「でも最近お腹に肉が乗って来たって言ってたじゃん」


「意地悪なアンタ嫌いよ!」


2人のやり取りはまるで漫才のようで人々の関心を引き寄せていた。こういう客は少し苦手だけど有難いものである。賑やかな店ほど繁盛するからだ。


「どうぞ!美味しいですよ!色とりどりの花を意識した新作のお団子もありますよ」


そう言って輝きそうな多色を使用したお団子を差し出すと2人の表情も明るくなっていった。


「なにこれ超いとほし〜」


よし…男の方は簡単に落とせた。次は女の方だ。こっちは最近の若者と変わり簡単には靡きそうにない。だったら一捻り必要である。


「ついこの間入って来たばかりの果物の風味を閉じ込めた大福はどうですか?甘くて酸っぱい面白い商品ですよ」


「一口食べてみてもいい?」そう尋ねる彼女は恐る恐る大福を口にしてみると一瞬目を見開かせるも次には満面の笑みを浮かべる。


「何これ!超〜美味びみ!」


「ずるい!アタシも食べたい〜」


わいわいと盛り上がっている2人に「なんだ?なんだ?」と更に人が集まっていた。そして気が付けば団子と大福が売り切れてしまい今日はもうやる事がないからと店仕舞いをすることになったのだ。



「つっかれた〜」


ぐーっと背伸びをして家まで帰ろうと振り返ると見覚えのある顔が2つ目に入った。


「アンタさっきの団子屋の子でしょ?」


「えっ?えぇ…そうですけど…」急に呼び止められ私は心臓が跳ね上がった気分になる。


お店に立っている時は活き活きとしているけど、本当の私は地味でぽっちゃりとした陰気臭い女子おなごに戻ってしまうのだ。


だから豹変した私の顔を鈴は怪しげに見つめていた。


「それよりさっきのアンタを見てアタシ達感心したのよ。アンタの売り込みに魅了されたってこと」


「私達ね、ある劇団の宣伝役なんだけど最近飽きたしたから新鮮味に溢れた貴女の手を借りたいって思ったわけ」


道理で派手なワケだ。彼らはただ団子を食べに来たわけではなく、チンドン屋としての人材発掘をしていたのだ。


「もしお手隙なら手伝ってくれないかしら?」


その時は暇だからと流れで承諾してしまった。この時代華美な格好は禁じられていたのだが、彼らの虜となってしまっていた私は真似事をしたくなったのだ。



「今、話題沸騰中の歌舞伎を見逃したら勿体無い!この芝居を観れば人気者になれること間違いなし!」


チャンチャンと音楽を奏でる伊助に合わせて軽やかに舞う鈴。そして私の呼び込みは多くの人の注目を集めることができた。

派手な衣装を身に纏い注目の的になるこの瞬間は本当に生きている心地がする。


「空いている席もあと僅か!あの鬼の副長までもが笑み溢れる…」


私はそこまで言ってしまった辺りで息を呑む。思わず口にしてしまった名前の主が目の前にいたのだ。


「へぇ〜鬼の副長も笑顔になれる作品なんだ〜」そう言って私が手にしていた引札を奪ったのは紛れも無いあの華浪士の沖田総司であった。


「ならその見世物の内容を聞かせて貰おうじゃねぇか」


不敵な“笑み”を浮かべる土方さんによって私達は補導されたのだった。


こうして振り返ってみると私は自らこの荒波に飲まれたことに気がつく。ほんの僅かに期待してしまったからだ。彼らといるとなりたい自分になれるかもしれないと。





「ホントあの人達って育ちが悪そう。なんたってこのアタシを虫ケラのようにつまみ上げたのよ?」


夜道を歩きながら伊助は腹で茶を沸かせるほどに怒りを露わにする。


「なんか腹が立ったらお腹が空いてきちゃった…。これから友達とご飯に行くんだけどアンタも行くでしょ?」


「いや、私はそろそろ帰った方が良いかも…、父様もきっと心配しているに違いないもの」


「アンタって空気が読めないわね。少しは友達ができた方が父様も安心できるんじゃないの?」伊助の言っていることは一理ある。私の友達と言えばお隣さんである佐藤さんだけだし、彼女にはそろそろ孫が生まれそうなのだ。

同年代とこうして絡むのは初めてに等しいかも知れない。


「そうね、そうよ。少し楽むだけならバチなんか当たりっこない!」


内心ワクワクが止まらなかった。何故かイケないことをしている気分にもなってしまったせいか気持ちが妙に高まっていたのだ。


京都の繁華街に佇む大きな屋敷の中へと入って行く伊助に対して私は足を止める。こんな立派な屋敷など想像していなかった。緊張が走り後ずさりしていると伊助の呆れた表情が戸からはみ出す。


「ほら時は金なり!さっさとして頂戴」


急かされながら私はこの屋敷の中へと入っていた。大広げな玄関にはズラリと並べられた下駄や品のある装飾品を見て、この屋敷の持ち主はとんだ金持ちだと想像する。


「いつも此処で集まってるの?」ごにょごにょと尋ねると伊助の慣れた嫌味返事が返ってくる。


「確かにアンタじゃ敷居が高いでしょうね」


2階へと上がると襖の奥から盛り上がっている声が聞こえて来た。こんな見ず知らずの部外者が入って来たら嘸かし白い目で見られるのだろう。

後ろ向きな私の心は押し潰されそうだった。


伊助が襖を開ければ一瞬で輩達の視線が集まる。


其処はまるで舞台のような華やかさがあり、私には眩しかった。


「あら、お客さん?」


すると艶のある黒髪が印象的な美少女が私に声を掛けたのだ。鈴とは違った温かみのある笑みは私の緊張を解いてくれる。


「さっきまでねアタシ達補導されてたのよ」


「それなら立派に私達の仲間だわ」


この美しい少女の名は京都の中でも有名な革新的な清水家しみずけ の一人娘である朱美あけみだ。箱入り娘として育てられた彼女は品性を感じられる表情を見せては男達を虜にさせる。


「ってことは鈴の奴は今頃掃除させられてんだ?」大きな口を開けて笑いこける少年は中村なかむら)京蔵きょうぞう。爽やかな外見と裏腹に人の不幸を好む腹黒の第一印象を植え付けられた。チラつく腕の筋肉を見せつけるのが彼の癖なのだろうか、いちいち鼻に着く。


「愚かだ、少しは賢く商売が出来ぬのか?」


ヤレヤレと肩を竦ませる容姿端麗な青年の顔を何処かで見たことがある気がしてならない。いいや、この3人を見たことがある気がする…。


「松っちゃん、アンタ達が喰っていけるようたアタシ達は体を張ってるのよ?ちょっとは敬意を見せてちょうだい!」怒りを露わにする伊助の言葉に胸のモヤモヤ感が消え失せた。


「貴方達はもしかして役者さん?」


「ご名答じゃない!」パチパチと拍手をする朱美を冷めた眼差しで見つめるのが毛利もうり 松之烝まつのじょうだ。美人俳優だと京の町で評判があり知らない者はいないほどである。


「さぁ!皆で蕎麦でも食べましょう!」緊張でカチンコチンに固まる私を見て、朱美は微笑みながら手際良くお碗を並べては几帳面に盛ってくれた。


「美味しい…!」


朱美お手製のお蕎麦はサッパリとした柑橘系の香りまで楽しめる一品であった。こんな美しくて優しくて料理まで出来るなんて完璧すぎて怖いくらいだ。朱美の魅力に惹かれていると扉が開く。


「あら鈴、やっと解放されたの?」伊助の悪意ある質問に鈴は顔を顰める。しかし疲れたように顔がげっそりとしており、言い返す気力もなさそうだった。


「そう拗ねんなよ、俺が癒してあげるから」


京蔵の揶揄い笑う様子を見て私は段々と鈴のことを哀れに思えてきた。だけど


「貴様如きに鈴が靡く訳がなかろう」


松之烝のひと言に鈴の顔色が変わって行く。彼女の瞳からは感情が伝わって来そうだった。

はて、これは目には見えぬ空気が流れ込んでいる。新参者でありながら悟ってしまった。


「鈴ちゃんの分の蕎麦も取ってあるから機嫌直して?」


空気を読みながら朱美の助け舟が出ると再び私達は盛り上がった。何故か彼等と一緒にいると自然と笑みが溢れ、ついつい長居をしたくなってしまった。


「すっかり夜が明けちゃったわ…!」


良い気持ちで居たのに昇り始めた朝日に私は冷や汗をかいた。朝帰りなどしたと父様に知れてしまえばきっと雷が落ちてしまうだろう。


「今日はありがとうございました!私はこれで失礼します!」


「待って!お家まで籠を出させるわ」


これ以上親切な朱美の好意に甘えてしまうのは失礼だと感じ私は断った。すると今度は京蔵が口を開く。


「なら俺が家まで送ってやるよ、楓の家は何処なんだ?」


「そんな!1人で大丈夫です!」


「良いって。俺もどうせ帰るとこだし、朝の散歩がてらにな」


人懐っこい笑みを見てしまえば私は断れなくなる。そして京蔵の好意に甘えることにした。彼の印象がガラリと変わったからだ。




「あんたも散々だったよな、伊助達に巻き込まれて壬生浪士の世話になっちまうなんてさ」


ガハハと笑う京蔵に私も釣られてしまう。そんな彼の不思議な魅力を感じ始めていた。


「実は私もノリノリだったんです。だから巻き込まれたなんて思っておりません」


私には彼らの強引さが必要と感じた。彼等と一緒に居ればきっと楽しい人生を送れるはずだ。人生は短いのだから意味のあるモノにしたい。


「そんなに楽しかったんならさ、また呼び込みしてみない?」京蔵の誘いに私は頷いた。




あの日から私は彼等と過ごすことが多くなった。勿論佐藤さんともお茶をしたり過ごすこともあるけれど、私の呼び込みは京の町で評判となり忙しくなったのだ。

彼等は私に意味のある人生を教えてくれた。それはどんな物よりもかけがえのない美しいものである。


しかし残酷なことに人は人生に意味を求めるが決して満足しない生き物である。

友人達に料理を作ったり、ゲラゲラ笑ったり、慈善事業に協力したり色々な喜びを探す。でも、日々の喜びだけで人生に意味は見出せない。

何よりも愛する人が必要なのだから。


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