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悪役令嬢ユフィエルの恋  作者: 天川ひつじ
突発的小話
15/15

執務室にルドルフ様に会いに

ユフィエルとルドルフが結婚して、3か月が経った頃。


ユフィエルは、ルドルフの執務室を訪れていた。

ルドルフの筆記具が室内に落ちていたので、自ら届けに来たのである。


本来なら、誰かに届けさせれば良い話だ。

しかし、ここ二週間ほど、ルドルフは多忙らしく、まともに会えない日さえある。

食事すら別々になってしまうし、酷い時には、すでにユフィエルが就寝中の真夜中に帰ってきて早朝に執務に行ってしまう。


つまり、ユフィエルは寂しかった。会いたい。

それに、仕事中の彼の姿を見てみたい。はしたない事かもしれないけれど。

だから来てしまった。


執務室に行くと、中継ぎの間で、仕える者が3人もルドルフの執務室の扉を前に、なぜだか困っていた。

彼らはユフィエルを見ると軽く驚き、それから期待に目を輝かせた。


ユフィエルは瞬きした。


「ルドルフ様の、お忘れ物を、届けに参りましたの・・・」

そう告げると、三人が恭しく頭を下げてこう言った。

「是非お願いいたします」

「どうか」


ユフィエルは内心面食らいながら、妙に積極的に案内されるように、ルドルフのいる部屋に踏み込んだ。


「あら」

ユフィエルは思わず呟いてしまった。

ルドルフが、執務室の椅子にて、居眠りをしていた。


***


皆さまがお困りだったのはこういうことだったのですわね、と、ユフィエルは妙に納得した。

起こすに起こせないのだろう。

ひょっとして、声はかけたかもしれないけれど、それ以上できなくて困っていたのかもしれない。


少し呆れる思いがしながらも、無防備な様子がおかしくてユフィエルはクスリ、と笑った。

これはこれで貴重なお姿が見れたかもしれない、なんて思いながら。


部屋には使用人もいるが、やはり少々困り顔で、ユフィエルに期待するような眼差しを向けている。

ユフィエルは眠っているルドルフに近寄り、そっと耳元で

「ルドルフ様」

と呼んでみた。


起きない。


では、と、ユフィエルは、皆が己に求めている方法で起こすことにした。

何の事はない、声だけでは無くて、ルドルフに触れて起こす事だ。


「ルドルフ様。起きてくださいな」

こんなところで眠ってしまうなんて、どれだけお疲れを溜めておられるのかしら・・・。

少し心配になりながら、ユフィエルは腕に触れて、少し揺すってみた。

「皆さまお待ちでいらっしゃいますよ。ルドルフ様」


変らない様子に、耳元で、他の者には聞こえない小声で

「あなた」

と呼んでみた。


数秒、様子を伺ってみる。

今度は少し腕を叩いてみようかしら、と、ユフィエルが思案した時に、ふっとルドルフの眼球が動いた。

「・・・・・・ェ・・・ル・・・?」


「おはようございます。起きてくださいな、ルドルフ様」

「・・・・・・ん」


ルドルフが目を覚まし、ぼぅっとユフィエルを見て、嬉しそうにふわりと笑んだ。

ユフィエルがニコニコそれを見守っていると、どうやら、ルドルフは何かの違和感を持ったらしい。


「・・・あれ?」

ルドルフはゆっくり周囲を見回してから、次にせわしなく、部屋の中とユフィエルを見比べた。

「・・・ユフィエル、なぜここに」

「うふふ。ペンをお忘れでしたので、お届けに参ったのです」

「ペン」

「これですわ」

「あぁ、確かに私のものだ。え、これを届けに?」


ルドルフが少し不思議そうに見るので、ユフィエルは拗ねる気持ちになった。

「・・・最近あまり一緒におれませんもの・・・」

「・・・」

「・・・ご迷惑でしたか?」

「っ、まさか! ありがとう、」

ルドルフが顔を赤くして焦ったように礼を言う。


その様子に、ユフィエルもはにかんだ。

「・・・実は、お届け物を口実に、お顔を見たいと思って来てしまったのです。ご様子も知りたくて・・・」

「・・・ありがとう。・・・こんなところを目撃されて、恰好悪いな・・・」

「随分お疲れが溜まっておられますのね。お勤め、本当にお疲れ様でございます」


なぜかルドルフの目が泳いだ。

ユフィエルはそれに気づいた。


何か私に隠しておられそう。

じっとユフィエルが無言で見つめていると、ルドルフはさらに挙動不審になった。

「いや、あの、え、あの、だ」


ユフィエルはじっと無言で、首を傾けてみた。

ルドルフはぎょっとして、勝手に何かを諦めて、はぁ、と頭を垂れた。

「・・・実は・・・私が勝手に企画をしているものごとを、抱えていて・・・普段に無い量をこなすことになっているのです」

「まぁ」

でもそれもお仕事なのだから、仕方のない事だ、とユフィエルは思った。

それに、ルドルフは国を継ぐ者なのだから、ユフィエルに言う必要のない重要な事柄を多く扱っているはずだ。


ユフィエルが言葉少ない返事で、内心で色々思っているうちに、ルドルフはさらに気まずそうになって自ら告白した。

「・・・あなたに、隠し事をして、申し訳ありません。けれど、決して、例えば他所に心が移ったなどということはありません・・・」

「はい、信じております、ルドルフ様」

「・・・っ!」

ルドルフはまた絶句した。

求めていないのに、ルドルフは述べた。

「あの、あなたへの、祝いにと、実は、色々、隠れて、その、動いておりました・・・」

「まぁ」


「・・・怒っておられませんか」

「・・・どうしてですの?」

「隠し事をしました。それに、あの、居眠りだなどと恰好のつかないことを・・・」

ルドルフが、酷く落ち込んでいる。


ユフィエルは返事をしようとして、はたと気づいて室内をチラと確認した。使用人たちが、ルドルフの機嫌の回復を願っているような、ユフィエルを頼みにしているような、そんな目をして自分たちを見つめていた。

ついでに目の端に映った、あちらにある机の上の書類などは、ルドルフ様がやるべきお仕事では・・・。

溜めておられる?

あぁ、だから本当にお会いできる時間も無いほどご多忙なのね・・・。


きっと、扉の前、中継ぎの部屋では、少なくともあの三人が、ルドルフの復帰を心待ちにしている事だろう。


「・・・ルドルフ様。私のために、大変なお仕事をしてくださっているのですね。・・・お心づかい、本当に有難うございます。嬉しいですわ」

ユフィエルの言葉に、ルドルフが少し赤いままの顔で、ユフィエルを見る。

ユフィエルは、かなりの本心を冗談交じりで打ち明けた。

「でも、こちらでお休みになられるより、私の傍でお休みいただきたいのです・・・ダメでしょうか?」

「・・・私もそれを望んでいるよ、ユフィエル」

「あの、私に、あなたの時間を下さいませ・・・あの、お忙しいのは、どのぐらいの期間になりますでしょうか」


ルドルフはため息をついた。

「・・・あと1か月ほどは」

「・・・まぁ!」

ユフィエルは悲しくなった。

こんな状況が、1か月も続くなんて!


「あの」

ユフィエルは、言うべきか迷った。言ってはいけないかもしれない。

でもどうしましょう。

どうしましょう。

ユフィエルは、椅子に座っているルドルフにお願いするべく、腰をかがめて、ルドルフの手を両手で取った。

「・・・あの、私、とても寂しいのです。・・・あの、せっかくの、お心づかいと知りながら、こう言ってしまう私をお許しくださいませ」

「・・・な、んだろう、ユフィエル」

「・・・あの・・・私の、ための、その、企画・・・? というものを、少し、もう少しゆるやかに、していただけませんの? あの、早く戻っていただきたいのです・・・」


ルドルフは胸をうたれたような表情で、やはり両手でユフィエルの両手を握り返した。

そして、聞いてもいないのに話した。

「・・・あなたに離宮を贈りたいと思っています」

「まぁ・・・離宮」

「はい。離宮です。夏にはそこでのんびり過ごしに行きましょう」

「・・・はい」

「そのために、離宮の環境整備と、今先にやっておける仕事を前倒しでしております」

「・・・まぁ」

「どうか我慢していただけませんか」


「・・・ルドルフ様のお疲れが溜まっておられるのでは、ありませんか。もし具合を悪くでもされたら、私・・・」

「大丈夫です。優秀な人材が多くおりますから。倒れる前に、彼らに振り分けます」


ユフィエルの脳裏に、中継ぎ部屋の3人の様子が思い起こされた。

「・・・」

「彼らはそれが仕事ですから」


ルドルフ様は思う以上に、仕事に関してお厳しい方なのかもしれない、とユフィエルは瞬きをした。

とはいえ、お昼寝をしておられたのが、ユフィエルの良く知るルドルフ様らしいけれど。


ルドルフがはぁ、とまたため息をついた。

またがっくり頭を垂れる。

「・・・私はどうも、あなたに隠し事ができないようです。当日に驚かせようと思っていたのに」

「まぁ」


「不義を疑われてはなどと思うと恐ろしくて・・・恰好悪い」

ルドルフがますます落ち込んでいく。

それにどうしてよりによって自分は居眠りしていたのだろう、などと悲しそうだ。


普段の様子は本当にどういう状態なのかしら。中継ぎ部屋におられた方々にお伺いしてはダメかしら、などとユフィエルはふと思ってしまった。


ルドルフの復帰を待っている皆の事を思い出したユフィエルは、ルドルフを励ました。

「ルドルフ様。私、隠し事ができないルドルフ様が、とても好きですわ」

本心からの言葉だ。

「・・・え」


「どうか、無理せずに、居てくださいませね。夏の離宮、とても嬉しいですけれど、あなた様も大事なのですもの・・・」

ユフィエルは、続きを、やはり言ってはいけないのではと迷ったが、勇気を持って正直に言うことにした。

「多少準備が間に合わなくても、私良いと思いますわ。あなた様が一緒にいてくださいますなら、それだけで幸せなのですもの。・・・ご無理をされて、お体を崩されたり、それに一緒に離宮に行けなくなったら嫌ですわ・・・」

ルドルフがハっとしたようにユフィエルを見つめている。


ユフィエルは少し恥ずかしくなってきた。

皆の注目の前で心を打ち明けているのに等しいのだから。

「・・・あの、私、これ以上おりましては、お仕事のお邪魔になってしまいますもの。・・・今日はこれで帰りますわね」

「・・・あぁ」

ルドルフが少し寂しそうにする。

ユフィエルも名残惜しく思う。

「また、こちらに、お仕事のお姿を見に来ても、宜しいですか、ルドルフ様・・・?」

本音だ。そして、少し我儘で、分をわきまえていないお願いだ。ユフィエルの頬が染まった。


ルドルフは嬉しそうにした。

「分かった。いつあなたが来ても良いように、私も政務に励むとしよう」

その言葉がとても嬉しい。ユフィエルがニコリと笑むと、ルドルフもニコリと笑んだ。


ついでに、部屋の使用人たちも、なんだか安堵の様子を見せていた。

終わり

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