017 春燕の舞(翡雲視点あり)
「皆様、春燕です。私のために御祝いしてくださり感謝申し上げます。先日、私の姉が今生を旅立ちました。これからは私が姉の舞を引き継ぎます。姉のように煌びやかな衣も宝石も私には似合いませんが、精一杯、皆様のために雨乞いの舞姫の責務を果たしていきます」
春燕は凛と立ち、礼をすると、琵琶の音が流れ舞を踊り始めた。衣は上品で質素な物で、扇も梓晴の扇の方が豪華なくらいだ。
「素晴らしい、質素倹約を掲げる春燕様らしい慎ましやかで雅な衣装だ」
「美しい舞だ、舞姫様の舞を見られる日が来るなんて。前の公主では考えられないことだったな」
舞い踊る春燕に、皆が絶賛した。
私は泰然様がくださった扇で顔を隠し、その様子を黙って見つめることしかできなかった。
雨乞いの舞を春燕も踊れたんだ。
きっと、勉学だけでなく、舞も一生懸命習得したのだろう。
私は春燕を讃える言葉を彼女に伝えることはできないけれど、民が、そして皇后が彼女を認め、褒め称えてくれることを祈ろうと思う。
舞が終わると、どこからか美味しそうな匂いが流れてきた。
「祝いの饅頭を用意しました。皆様、頂いてください」
春燕の掛け声が響くと、いつの間にか饅頭を持った従者が現れ、その前には長い列ができていた。
「お二人の分も私が受け取ってまいりましょうか」
「いえ、けっこうです」
「もう帰るところだ。林殿、また会おう」
「はい。失礼いたします」
林殿と別れ、すぐにここを去ろうと思い足を動かすと、私はまた目眩に襲われフラついてしまい、泰然様に支えられた。
早く馬車へ戻りたいのに、足に力がはいらない。
「たくさんありますから、皆様どうぞ」
従者を左右に従え、春燕は橋の上から皆に呼びかけている。
そして、私の方を見て、ハッと目を見開き、こちらを凝視した。
咄嗟に私は目線をそらし、泰然様が私を背中から支えたまま、くるりと向き直り私を隠すように春燕に背を向けた。
「春燕様? お、お待ちください」
従者の焦る声と、春燕がこちらに駆け寄る足音が耳に響く。
まさか、私だとわかった?
もし尋ねられたら、なんと答える?
思考を巡らせていると、春燕は私たちを素通りしてその先へと走っていった。
「翡雲様!?」
春燕の視線の先にいたのは翡雲様だった。
皆、春燕に道を空け、翡雲様は人が捌けた道の真ん中に佇んでいた。
そして、駆け寄る春燕は、あと一歩で翡雲様に辿り着くところで、石もなく平坦な道にも関わらずつまずいた。
「きゃっ」
春燕はそんなドジな子ではない。
翡雲様に触れたくて、わざと躓いたのだろう。
しかし、そんなことを思うのはきっと私だけ。
周りの者たちは驚き、春燕と翡雲様に、皆の視線が集まった。
そして──ずしゃっ……。
「えっ……」
一瞬、皆何が起きたか分からなかった。
泰然様は顔を背け、口元を手で覆い咳き込むふりをして、多分笑っている。
春燕を避けた翡雲様は、顔色一つ変えず感情のわからぬ無の表情で、砂煙を起こして地面に倒れた春燕を見下ろしていた。
場は静まり返り、二人の従者も突然の出来事に固まってしまっている。
その静寂を破ったのは小さな男の子だった。
「舞姫様、転んじゃったよー」
春燕はその言葉にハッとすると、翡雲様を見上げて口を開いた。
「私ったら、翡雲様にお会い出来て嬉しくて、転んでしまいました。えへっ」
「そうか、気をつけなさい。君は舞姫なのだな、私では、畏れ多くて触れることすらできない。婚約者でもないのたからな。自分で立てるな?」
それを聞くとすぐさま春燕の従者が彼女に手を貸し立たせたが、周囲の者達はざわめいていた。
「雲龍国の第二皇子様だ」
「前の舞姫の許婚だ」
「春燕様と婚約するのではないのか?」
など、様々な言葉が飛び交う。
それらを静め、翡雲様は声を張り上げて言った。
「皆様、ご安心を、雲龍国は碧砂国から舞姫を奪うようなことはいたしません。雪燕と私は、彼女が舞姫となる前から幼馴染であり、許婚であったため、婚約していました。こちらの舞姫と私は、一切関係がありません」
「そうか、では碧砂国は安泰だ」
「春燕様が舞姫でよかった」
皆口々に安堵の言葉を述べ、春燕はそれを、拳を微かに震わせながら聞いていた。
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言葉だけでなく、見苦しい舞だった。
地味な衣を着て雪燕を貶めるような言葉を発し、尚且つ、ただ自分に酔いしれたような舞に吐き気がした。
誰の舞も見たくなかったのに、一番嫌いな娘の舞う姿を視界に入れてしまうとは、なんたる失態か。
しかも私に気付きあの女はこちらへ駆け寄り、わざとらしく転んだ。
もちろん助けない。触れたくないからだ。
しかしここは碧砂国だ。
自国の町で公主に恥をかかせるのは忍びない。
適当な言葉を並べて手を貸さなかった言い訳をし、今後婚約などと話が出ないように、またいい加減な言葉を発した。
春燕は、恥をかかされた怒りからか、拳を震わせ、一歩私に近づくと周りの喧騒に忍ばせながら私にだけ聞こえるように上目遣いで呟いた。
「舞姫になれば、翡雲様が私を見てくれると思ったのに」
私も彼女だけに聞こえるように耳元で呟いた。
「雪燕のように美しい舞が踊れれば、心を惹かれたかもしれないな。──しかし、お前の舞は醜かった」
「なっ……」
瞳に怒りを滲ませて、春燕は懐から龍の刺繍が施された香袋を取り出すと、俺の前に突き出した。
「今までは、一切関係がありませんでしたが、今日からは違います。受け取っていただけますか?」




