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ことわざ先輩の腹積もり。  作者: 阿寒湖まりも


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15/15

14言め『明日ありと思う心の仇桜』

そこは『三寒四温』のつらたんたんの観念世界の中。


七天罰党(しちてんばっとう)』と名乗る謎の3人組の手により、言業(ことわざ)紡久(つむぐ)掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)両名と分断された一文(ひとふみ)安美(あみ)は、Whammy(ワミー)なる女と泥沼(どろぬま)の戦いを()(ひろ)げていた。


「……いい加減(あきら)めたらどうなの?」


「まだまだ!!!」


安美(あみ)は勢い任せに突進するが、Whammy(ワミー)は依然としてびくともしない。それどころか彼女は、その華奢(きゃしゃ)な身体からは想像もつかないほどの力で安美(あみ)()ぎ払う。


「どこまで無駄(むだ)な傷を増やせば気が済むのかしら。大人しく死んだふりでもしておけば良かったのに」


「ここで私が(あきら)めちゃったら、貴女(あなた)はあの2人のところに行っちゃうでしょ?」


安美(あみ)はよろよろと立ち上がり、強がりで笑ってみせた。


「アンタのしつこさには心底うんざりだわ……!」


おかしい。絶対におかしい。その身体で、立ち上がれるわけないじゃない。その(よこ)(ぱら)の傷。身体が消し飛ばないように多少手加減したとはいえ、普通の人なら激痛でまともに立つことすらできないはずなのに。


「本当に何なのよ、アンタは!? もう分かったでしょ!? アンタ(ごと)きがワタシには(かな)うわけがないの! 無駄(むだ)なのよ、全部全部!! その身体でこれ以上戦ったらアンタ、死んじゃうわよ!?」


「……Whammy(ワミー)さんは、優しいんですね」


「は?」


何を言っているのか、さっぱり分からなかった。


「誰が優しいですって? 今更そんな見え見えのお世辞(せじ)言われたところで、嬉しくも何ともないのだけれど?」


「お世辞(せじ)じゃない……ですよ。だって貴女(あなた)、さっきからずっと私の身体を気にしてばかりじゃないですか。それになんだかんだ無駄(むだ)と言いつつ、ここまでしっかりと私の足掻(あが)きに付き合ってくれてますし」


「はあ……。アンタの目には、随分(ずいぶん)と都合の良い世界が見えてるみたいね」


瞬間、視界が少しぼやけたかと思えば、手先が小刻みに(ふる)え始める。


「(なんだ……、この違和感は)」


手の(ふる)えが()まらない。寒気がする。それに何だか、気持ちが悪い。


「思いの(ほか)長いこと(ねば)っちゃってくれたのが誤算だったけれど、これでもうおしまいね」


「何を言って……、おえっ」


咄嗟(とっさ)に口を(ふさ)いだ手の隙間(すきま)から、ぼたっ、ぼたっと赤黒い液体が垂れる。口の中が濃厚な鉄の臭いと味に包まれて、心臓の音がうるさいくらいに大きく、速く聞こえる。


「はぁ……、はぁ……、え、ええ……?」


「アンタは不思議に思わなかったの? どうしてワタシが途中から()()()()()使()()()()()()()()って」


ふと見れば、Whammy(ワミー)の目つきはがらりと変わっていた。壁際まで獲物を追い込んだ(へび)のように、翠緑(すいりょく)(ひとみ)爛々(らんらん)(かがや)かせ、妖艶(ようえん)微笑(ほほえ)んでみせる。


「アンタに付き合ってあげてたのは、()()()()()()()()()()()()()()よ。あの攻撃は手が熱くて痛いし調()()も難しいから、やっぱこっちの方が手っ取り早いのよね」


Whammy(ワミー)の左腕から透明で不気味な液体が、どろどろと(したた)り落ちていく。


「〝毒液装甲(J-Armor)〟。皮膚(ひふ)から体内へ侵入し血流に乗って、やがては全身を(むしば)猛毒(もうどく)。これが、ワタシが『嫉妬』のつらたんたんと同化することで手に入れた特別な力。素晴らしいでしょ?」


「つらたんたんと、同化した……?」


「あら、いいわねその表情! 弱者が強者に踏み(にじ)られる時のその表情! (おび)えるような、(うらや)むような、強い(にく)しみのこもったその表情こそ、ワタシをワタシたらしめる! 何なのかしら、この高揚感は! 貴女(あなた)から流れ込んでくる負の感情、たまらなく美味(おい)しい!」


Whammy(ワミー)はあまりの多幸感に()(ぶる)いし、不用心にも安美(あみ)の元へと近づいていく。


「こんなに満たされたのはいつぶりかしら! 今なら何でもやれるような気だってする! ……そうね! ねえアンタ。あの2人を()めなさいよ」


「……え?」


「今ワタシは最高に気分がいいから、見逃してやるっつってんのよ。解毒(げどく)はもちろん、傷だって治してあげる。あの2人だって、ワタシたちの仕事の邪魔をしないんだったら別にどうでもいいしさあ。悪い提案じゃあないでしょう?」


確かに、Whammy(ワミー)の要求を飲めば、私たちは誰一人欠けることなく生き残れるかもしれない。私は猛毒(もうどく)(おか)されていて、戦況もあまり(かんば)しくない。ここで彼女に(したが)わない手はないだろう。


――でも。


「ほらほらどうしたの? いつワタシの気が変わってもおかしくないのよ? ちゃっちゃと決めちゃいなさいな。それともアンタ、このまま長いこと苦しんで死ぬ気?」


「……一つ、聞かせてください」


「何よ」


貴女(あなた)は、いえ貴女(あなた)たちは、あのつらたんたんを手に入れてどうするつもりなんですか?」


Whammy(ワミー)は露骨に(まゆ)(しか)める。


「それ、今関係ないわよね? いい? 今アンタが答えなきゃいけないのはワタシの提案に乗るか乗らないかの二択だけ。それ以外に興味は無いわ」


「関係、大ありなんですよ。もし貴女(あなた)たちがつらたんたんを、人を傷つけるために使おうとしているのなら、私は――」


「くだらない」


冷たい、冷たい声だった。


「無関係の人のことなんてどうでもいいじゃない。それでアンタたちは助かるんだから」


「……ああ、そう」


――相容れないな、この人とは。


安美(あみ)Whammy(ワミー)(すき)を突き、(あご)に鋭い一撃を放つ。Whammy(ワミー)は大きくバランスを崩し、危うく倒れかけたが、なんとか()()って持ち(こた)えた。


「悪いけど、貴女(あなた)の提案には乗れない」


「は、はぁ!? 正気!? このままだとアンタ死ぬのよ!!? 普通なら自分の命を優先するところでしょうが!!!」


「死なないよ。紡久(つむぐ)先輩が、笑子(しょうこ)ちゃんが、私を守るって言ってくれたから」


「はっ! お得意の仲間同士の信頼ってやつ? よくもまあそんな愚直に人を信じられるものね。いつ裏切られてもおかしくないってのに」


「……いや、これはそうだったらいいなって願いだよ。私みたいな人を不幸にする劇物を本気で助けようとする人がいるなんて、まだちょっと信じられてないんだ。ただその言葉に(すが)りたくなっただけ」


安美(あみ)の呼吸が段々と浅くなっていく。だがWhammy(ワミー)(にら)みつけるその眼光は依然として鋭いままだった。


「それに、貴女(あなた)みたいな人に助けられるなんて、まっぴらごめんだし」


ああ、もう最悪。どうしてこうも()みきった目をしていられるのかしら。(あきら)めないでいられるのかしら。本当に。見ていて本当にムカッ(ぱら)が立つ!!


「そういうところが嫌いなのよ! 誰にでも優しくて馬鹿正直! アンタの(となり)にはいつも誰かが居て、楽しそうに笑ってる! アンタみたいなのが幸せそうにしてるのを見ると反吐(へど)が出るの! ああ、クソクソクソ、嫌いよ嫌いよ大嫌い! 頼むからワタシの前から消えてよ、()()!!」


「え?」


急に名前を呼ばれて、安美(あみ)は目を丸くした。「どうして名前を知っているのか」と聞きたかったが、今それどころではなかった。Whammy(ワミー)の様子がおかしいのだ。


今の彼女に、先ほどまでの自信など欠片もない。手で顔を(おお)い、子供のように泣きじゃくっていた。彼女の姿は、ある種の哀れみさえ感じさせた。安美(あみ)が心配そうに手を伸ばそうとすると、彼女は一心不乱に(さけ)んだ。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。どうしようどうしよう、やっちゃった。()()……!! 呼ばないって決めてたのに、どうして。嫌だ嫌だ嫌だ。ごめんなさい。待って、お願い!」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


一方言業(ことわざ)紡久(つむぐ)はピンク髪の男・dotドットに足止めされ、膠着(こうちゃく)状態に(おちい)っていた。


「〝(Love) (Call) (Beat)〟」


dot(ドット)の前腕部が(はじ)け飛んだかと思うと、ピンク色のガントレットが現れ、鋭い一撃を放つ。


「〝君子(くんし)(あや)うきに(ちか)()らず〟」


言業(ことわざ)紡久(つむぐ)(ことわざ)で無理やり体を動かして()ける。ガントレットは攻撃を終えると、バキバキと音を立てて瓦解(がかい)した。


瞥見(べっけん)。何度あの女を側目(そくもく)すれば満足(まんぞく)するのだ。戦場(せんじょう)での集中力(しゅうちゅうりょく)散漫(さんまん)絶息(ぜっそく)へと(つな)がる。先刻(せんこく)殴打(おうだ)も、(あや)うく当たるところだったぞ」


「ご忠告どうも! 〝窮鼠(きゅうそ)(ねこ)()む〟!」


紡久(つむぐ)が両手を口のようにガブガブと動かすと、dot(ドット)の左半身が消し飛ぶ。……が、これも(またた)()に再生してしまう。


「クソッ!!」


「全力で勝とうとするのなら、彼女を案ずるべからず。彼女を守ろうとするのなら、不毛な戦闘を続けるべからず。お前の行動は中途(ちゅうと)半端(はんぱ)だ。このままではオレを負かすなど夢のまた夢だ」


「うるさい! そんなことは分かっている!」


「〝(Love) (Call) (Penetrate)〟」


dot(ドット)の腕から飛び出したピンク色の(やり)が彼女の右肩を勢いよく(つらぬ)く。(やり)(またた)()に消失し、刺創(しそう)からは血液が()(こぼ)れ、紡久(つむぐ)は苦悶の表情を浮かべる。


「王手だ」


dot(ドット)(こぶし)を振り上げたその時、天が白い(かがや)きを放つ。そして空から数本の光の柱が()(そそ)ぐと同時に、見知った少女の声が広大な戦場に(とどろ)いた。


「〝(かみなり)はもうたくさんだー(Thunder)〟!」


笑子(しょうこ)の掛け声と共に雷鎚(いかずち)は、激しい雷鳴と閃光を(ともな)って、悪党3名へと落とされた。


「この(かみなり)は、言霊(ことだま)ん力で具現したもんや! (くわ)しいことは分からへんけど、お前もつらたんたんなんやったら、いかにタフな身体やろうと()くやろ、この攻撃は!」


短時間とはいえ、超高温の電撃(でんげき)が体中を()(めぐ)る。まともな人間ではまず間違いなく()えられまい。これをまともに食らった讃木(さぬき)矯正(きょうせい)は――、


「あっはははは!! あはははははは!!!」


――高らかに笑っていた。


「……ウソやろ?」


「そうかそうか! これが(かみなり)に打たれるという感覚か!! ああ熱い! 痛い! なんて()えがたく(うと)ましい苦痛なんだ!! 指の先から髪の毛の一本に至るまで、ズキズキとした痛みが()()なく襲い来る!! ああ貴重な経験だ! 希少な体験だ! 俺は嬉しい!! なぁ、次に君は俺に何を見せてくれるんだ? 見たい!! 聞きたい!! 知りたい!! さあ教えてくれ!!!」


雷に打たれたとは思えないほど嬉しそうに声を上げる彼の(はだ)は、徐々(じょじょ)に元の灰色を取り戻していく。


「知るかアホ! ウチはお前の相手しとるほど(ひま)ちゃうねん!! お前みたいな『かまってちゃん』には、()()()の相手をしとる方がよっぽどお似合いや!!」


「………アイツだって?」


鋼鉄の壁が大きく音を立てて崩壊し、『三寒四温』のつらたんたんが姿を(あらわ)す。


「ああ! そういえば居たねえ。いやあ、戦闘が楽しくてすっかり忘れて――」


大量の桜の花びらが讃木(さぬき)矯正(きょうせい)の肉体を豆腐のように切り(きざ)む。


――しかし。


「そうかそうか! 君は自分の観念世界で好き勝手されちゃったからご立腹なんだね!! 失敬失敬!!」


「なんッで頭だけでも生きとんねん!!」


讃木(さぬき)矯正(きょうせい)にとってはそれすら決定打にはなり得ない。『三寒四温』のつらたんたんは「これ以上の攻撃は無駄だ」と判断したのだろう。


「ねえ、目を覚ましなさいよ、ねえ!! アンタこんなところで――。……は?」


今度は丸焦げのWhammy(ワミー)の方へと猛突進を始める。あまりに突然のことで、彼女は逃げ遅れたよおうだ。あわや接触というところで、ピンク色の巨岩がつらたんたんに命中し、大きく軌道を()らした。


「はあ、はあ、(あぶ)なかった……!!」


dot(ドット)!? そんなデカい投石器なんか作って……、アンタ身体は大丈夫なの!?」


(かま)うな! 取られるぞ!」


「取られるって何を……、あ!!」


Whammy(ワミー)dot(ドット)と話している(すき)に、笑子(しょうこ)が地面に倒れている安美(あみ)を回収し、そのまま走り去っていく。


「あ~~~、クソッ!!! どうしてこうも上手くいかないのかしら!!」


「ごめん。オレが拙劣(せつれつ)だったから――」


そこまで言いかけたところで、Whammy(ワミー)は彼の頭を優しく()でる。


「ごめんね、大きな声出して。ちょっとむしゃくしゃしていたの。アンタに怒ったわけじゃないから、気にしないで」


「……うん」


そんな2人の元に、再生を終えた讃木(さぬき)矯正(きょうせい)が合流する。


「はいはい二人とも! ここからが本番だ。邪魔者が居なくなったことだし、ちゃっちゃとつらたんたんを片付けよう!」


矯正(きょうせい)はちょっと(だま)ってて」


「あっれえ!? 俺だけちょっと扱い(ひど)くない!?」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


笑子(しょうこ)!! 無事か!!」


「……紡久(つむぐ)先輩」


紡久(つむぐ)笑子(しょうこ)の元へ()け寄る。笑子(しょうこ)は地面にぺたりとへたり込んで、地面に寝かされた安美(あみ)をただ茫然(ぼうぜん)と眺めていた。


「そ、その傷……」


「ん? ああ。これは大した傷ではないよ」


あの男は本気では無かった。先の(やり)の攻撃は、血管や骨を極力傷つけないよう細工がされていた。おかげで簡単に治癒(ちゆ)できた。……屈辱(くつじょく)だ。


「君こそ、ボロボロじゃないか」


「ウチのことはええねん。問題は安美(あみ)や」


紡久(つむぐ)安美(あみ)に目をやると言葉を失った。全身の(あざ)に炎症。それに加え目元は涙で赤く()れており、口からは血を()いていた。


「みゃ、脈がない。心臓が動いてへんのや。こ、呼吸も、と、()まっ、()まってて……。どないしよ。先輩。ウ、ウチ、どうしたら……」


笑子(しょうこ)はいつものお気楽さはどこへやら、涙目で頼りなく紡久(つむぐ)(すが)るばかりであった。


……見ればわかる。恐らく何らかの毒が安美(あみ)の肉体を(むしば)んでいるのだ。笑子(しょうこ)の話を整理すれば、どうやら今の安美(あみ)は心肺停止状態。今すぐに何とかしなければ、安美(あみ)は死んでしまう。


どんなに優れた『ことだマスター』といえど、死者を(よみがえ)らせることはできない。父や(まこと)(にい)でさえ、母を生き返らせることができなかったように。


取り返しのつかなくなる前に、私が動かなければ。私が、安美(あみ)を助けなければ。


「〝(どく)(もっ)(どく)(せい)す〟」


安美(あみ)皮膚ひふ(ただ)れが徐々(じょじょ)に引いていく。


「これで、毒は打ち消せたはずだ。これから私は心肺蘇生に取り掛かる! 笑子(しょうこ)!! 安美(あみ)のために力を貸してくれ!!」


「……助かるんか?」


「やってみなければ分からない。だがやらないよりは断然やった方がいい!!」


「……分かった」


笑子(しょうこ)は制服の(そで)で涙を(ぬぐ)い、呼吸を整えた。


「ええで。安美(あみ)を助けるためなら何でもやったる!!」


「いい心意気だ」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


……あれ。ここはどこ?

暗い。寒い。……私、死んじゃったのかな?


(うぬ)はまだ死んでおらん。……いや、本当にここで死なれては困るのだよ」


「……誰?」


安美(あみ)は声の主の方を向く。そこには白い人のようなものが居た。


()は人語で“神”と形容される者だ」


「神ィ!? ……そうは見えないですけど」


「不敬で(たた)るぞ無礼者!!! ……オホン。まあ良い。(うぬ)は今、(せい)()(さかい)彷徨(さまよ)っておる。本当に(あや)うく死ぬところだったのだぞ!! 余計な仕事を増やすんじゃないよ(まった)く……」


「な、なんかすみません……」


自称“神”はたいそうご立腹(りっぷく)なようだった。


「あの……どうして私は生きてるのでしょうか? 私、てっきりWhammy(ワミー)の毒で死んでしまったのかと……」


自称“神”は大きくため息を()く。


「ああ。普通だったらあそこで死んでいるところだ。(うぬ)が『言葉贄(ことのはのにえ)』としての役目を(まっと)うすることなくな!! 不安で不安で胃がキリキリしながら見ておったわ!!」


「す、すみません……」


“神”にも胃袋ってあるんだ……。


「時に(うぬ)が先刻対峙(たいじ)していたWhammy(ワミー)なる女。やつの能力は、名を呼んだ対象を不幸にすることだ」


「そうなんですか?」


それってものすごく(つら)いことなんじゃ……。


「あやつは感情が(たか)ぶりすぎたあまり、(うぬ)の名を呼び、意図せずして能力を暴発してしまったのだ。そのせいで(うぬ)掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)が敵を掃討(そうとう)するために具現した雷に巻き込まれた。しかしその雷が(うぬ)の心臓を停止させたことで、かえってWhammy(ワミー)の毒の(めぐ)りが一次的にストップしたのだ。(まった)(うぬ)は運が良いのだか悪いのだか……」


「すんごいピタゴラス○ッチですね」


「何はともあれ、言業(ことわざ)紡久(つむぐ)掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)が、今も懸命(けんめい)(うぬ)の救命活動にあたっておる。(じき)(うぬ)の意識も覚醒するだろう」


「よ、良かったぁ〜」


――て、あれ? 私のことはともかく、紡久(つむぐ)先輩や笑子(しょうこ)ちゃん、そして出会ったばかりのWhammy(ワミー)のことを、どうしてこんなに(くわ)しく知っているんだろう。神様だから?


「……知っているさ」


「(心を読まれた!?)」


「……このやり取り、既視感があるぞ。さては(うぬ)ら、前世では婦婦(ふうふ)だったのではないか?」


「誰のことを言ってるんですか?」


「分からんのならそれでよい」


自称“神”は軽くため息を()き、話を続けた。


「さて、話を戻すが、()はこの世界に(せい)を受けてから幾星霜(いくせいそう)もの年月の間、ずっと(うぬ)ら人間のことを見守り続けていた。守るとはいっても、もう(ほとん)ど力は残っておらんのだが」


力が残ってない……? それってどういう――。


()にはあまり、時間が残されていないのだよ」


「それは……、寿命ということですか?」


「いや、……まあそれも言い得て(みょう)だな。今の()には、以前ほどの(おそ)れや信仰が無い。人間の文明が発展するにつれて、()の存在そのものが疑われ、忘れ去られていったのだ。仕方のないことだが、結果として()の力はどんどんと失われ、衰弱していった」


「そう……なんですか」


自称“神”は感覚の有無を確かめるように手先を動かす。


「大体察しはついているかもしれないが、(うぬ)を『言葉贄(ことのはのにえ)』に選んだのは、()だ。もっとも、誰が選ばれるかは完全にランダムだったのだがな」


「……勝陽(かつよう)さんから聞いた資料の内容は」


「間違ってはいないな。ほとんど事実だ。(まった)嗣家(つぐいえ)はいい仕事をしよる(やつ)よ」


自称“神”は昔を(なつ)かしむように微笑(ほほえ)んだ。


「今回、()は最期の力を振り(しぼ)り『言葉贄(ことのはのにえ)』を作った。だがこれも結局のところその場しのぎにしかならない。次また同じことが起これば、間違いなく()(ほろ)んでしまうだろう。……()は、ただ確証が欲しいだけなのだ。()が居なくなっても、人間は大丈夫だという確証が」


「それを、私に話してどうするんですか。」


「話が早いね。そこで1つ提案をしよう」


自称“神”はにこりと笑う。


「――一文(ひとふみ)安美(あみ)。世界のために、ここで死んではくれないか」

☆オマケ

このコーナーでは、作中で使われた(ことわざ)の意味や『使われ方』について解説を行います。


明日(あす)ありと(おも)(こころ)(あだ)(ざくら)

今回のサブタイ。浄土真宗の開祖・親鸞(しんらん)が9歳で出家する際に()んだとされる和歌が元ネタ。『「明日」があると油断していると、大切な機会を逃したり、思いがけないトラブルにあったりする』という意味があるらしい。ちなみに後半は「夜半(よわ)(あらし)()かぬものかは」と続く。


君子(くんし)(あや)うきに(ちか)()らず

『徳があり知恵の優れた人物は、危険な場所や怪しい状況には近づかず、常に身を(つつし)んで行動する』という意味の(ことわざ)。今回の場合、紡久(つむぐ)dot(ドット)の攻撃を()けるために使用した。なお、語源は調べてもよく分からなかった。


窮鼠(きゅうそ)(ねこ)()

『いかに弱い者でも、追い詰められれば自分より強い者に反撃することがある』ということを(たと)えた(ことわざ)。中国の古書『塩鉄論』の中での一節が語源とされているとかいないとか。今回の場合、紡久(つむぐ)dot(ドット)にカウンターの一撃を()り出すために使用した。


(どく)(もっ)(どく)(せい)

『悪いものを取り除くために、別の悪いものを利用して(おさ)え込むこと』を(たと)えた(ことわざ)。今回の場合、紡久(つむぐ)安美(あみ)の体内の毒を無効化するために使用した。宋代の禅書(ぜんしょ)()(たい)()灯録(とうろく)』内の一文が由来とされているものの、諸説ある。

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