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ことわざ先輩の腹積もり。  作者: 阿寒湖まりも


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11/13

11言め『後腹が病める』

「――あれ、ここは?」


私・一文(ひとふみ)安美(あみ)が目覚めると、

そこは見知った天井(てんじょう)――(すなわ)紡久(つむぐ)先輩の部屋だった。


「(ああ、また私は気絶したのか……)」


右を向けば、やはりそこには紡久(つむぐ)先輩が居る。

言葉(ことのは)高校の生徒会長と同衾(どうきん)しているという支離(しり)滅裂(めつれつ)な状況の中、私がここまで落ち着けているのは、前にも同じことがあったからなのかもしれない。


「すぅ………すぅ…………」


あの時『仲違い』のつらたんたんから、

命がけで私を救い出してくれたあの紡久(つむぐ)先輩は、

今私の目と鼻の先で (おだ)やかに寝息を立てている。


……前の時は気が動転してそれどころじゃなかったけど、

こうして間近で見てみると 先輩の顔って本当に綺麗だなぁ。

この国宝級の顔に比べたら私の顔なんて平凡そのものだ。


……先輩の(つめ)(あか)(せん)じて飲みたい。

――って!? いや待て私は何を言ってるんだ落ち着け!!


私は春の嵐の(ごと)く荒ぶる思考を落ち着けるべく、

紡久(つむぐ)先輩とは真逆の方向へと寝返りを打つ。

しかし、そこには―――。


「むにゃ……んぅ…………。」

「(笑子(しょうこ)ちゃぁぁぁぁぁん!??)」


そこには (どろ)のように眠る掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)の姿があった。

当初の荒々しく痛々しかった風貌(ふうぼう)が嘘のように、

今目の前にいる笑子(しょうこ)ちゃんは、変な話だが、

あまりにも等身大の女の子のように見えた気がした。


普段黒いヘアゴムで(まと)められていたあの髪も今宵(こよい)解かれ、

その黄金(こがね)色の(あで)姿(すがた)(さら)け出されていた。


「んぅ……お父さん……お母さん…………」


寝言のように、笑子(しょうこ)(つぶや)いた。

そういえば 彼女は両親を、家族をとうに亡くしている。

それからどれほどの間、孤独な夜を過ごしてきたのだろう。


安美(あみ)は胸が苦しくなり、思わず笑子(しょうこ)の頭を()でる。

すると、みるみる笑子(しょうこ)の表情が(やす)らいでいく。


「お母さん………好きぃ……」


彼女が夢現(ゆめうつつ)に放った一言は、

私の庇護欲をよりいっそう()き立てた。


だがちょうどその時、目覚めた笑子(しょうこ)と目が合う。

息が()まり、ただただ沈黙の時間が流れていく。


「…………。」

「お、おはようございます……笑子(しょうこ)ちゃん。」


掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)は大きく息を吸う。


安美(あみ)が起きたでぇーーーーーッ!!!」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「もう………本当に心配させて……!! バカ……。」


「ごめんなさい、紡久(つむぐ)先輩。」


「謝らないで。無理をさせたのは私だから。

 ……でももう、無茶なことはしないでくれ。」


「はい……」


紡久(つむぐ)先輩は私を強く強く抱き締める。

全身が(ぬく)もりに包まれていく。なんだか、落ち着く。


「……というか、掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)

 私の記憶が間違っていなければ、確か、

 私と君が代わりばんこに起きながら、

 安美(あみ)が起きるまで見張るという話ではなかったか?」


「せやなぁ!」


「……君、さっき熟睡していなかったかい?」


「してへんでぇ! なあ 安美(あみ)!」


笑子(しょうこ)ちゃんがこちらを向く。

そして、(しき)りに(つたな)いウインクで合図する。

見苦しいほど必死に私へ何かを(うった)えかけている。


「いや……がっつり寝てたと思うけど……。」


そう口に出かけた疑問をぐっと飲み込み、

私は仕方なく笑子(しょうこ)ちゃんを(かば)うことにした。


「えぇ。笑子(しょうこ)ちゃんは起きていましたよ。」


「……それは本当かい? 私に隠し事は無しだよ?」


「も、もちろんですよ。」


口ごもる私を不審に思ったのか、

紡久(つむぐ)先輩はじぃっと私の顔を(のぞ)き込んだ。


「先輩。ち、近くないですか……?」


「君は1度、私に隠し事をしているからね。

 今回は違うとは言い切れまい。(うたぐ)り深くもなるさ。」


「そ、その件は本当に悪かったと思ってますって!!」


「本当に?」


「本当にっ!!!」


おろおろとする私を見て、紡久(つむぐ)先輩はため息を()く。


「じゃあ 私に誓ってはくれないか。

 『もう二度と私に隠し事はしない』と。」


「……それ、(やぶ)ったらどうなるんですか。」


「今から誓うことを(やぶ)る前提で話してどうするんだ。」


「そ、それもそうですね……。すみません。」


「うむ………でも、そうだね。」


紡久(つむぐ)先輩はニヒルに笑ってみせる。


「『()()()後悔することになる』とだけ言っておくよ。」

「ひぇっ。」


もう紡久(つむぐ)先輩を怒らせないようにしよう。

私はそう強く胸に誓った。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「話が一段落(いちだんらく)ついたところで、本題に入ろうか。」


言業(ことわざ)紡久(つむぐ)がそう切り出した。


「本題……ですか?」


「ああ。君は、今回どうして気絶したのか。

 その理由を、自分できちんと分かっているのかい?」


「……? 疲れたからではないんですか?」


「うむ。(あなが)ち間違いでもないが、そうではない。

 今回の君は、『仲違い』の時とは全く違う。

 結論から言うと、君は『言霊(ことだま)切れ』を起こしたんだ。」


「『言霊(ことだま)切れ』? 先輩、何ですかそれは。」


また聞き慣れない言葉が出てきたな。


「読んで字のごとく、言霊(ことだま)枯渇(こかつ)することだ。

 言霊(ことだま)は一応生命維持に不可欠なエネルギーでね、

 枯渇(こかつ)すると疲労(ひろう)困憊(こんぱい)で気絶するんだ。

 消費された分はしばらくしたら回復するのだが、

 1度に膨大な量の言霊(ことだま)を消費してしまうと、

 体調に大きく支障を(きた)す。最悪死に至ることも――」


「…でも『言葉贄(ことのはのにえ)』は無限に言霊(ことだま)を生み出せますよね。

 枯渇(こかつ)しちゃうなんて、そんなことあるんですか?」


私がそう問うと、背後から声がする。


「それに関しちゃァ、俺との()()が関わってる。」


ダミーだ。


「ダミー! 動いて大丈夫なの?」


到華(とうか)姐御(あねご)が直してくれたからなァ。」


「そっかぁー! 良かった!!」


喜ぶ安美(あみ)を見て、ダミーは安堵(あんど)微笑(ほほえ)む。


「それで、問題の契約のことなんだが……。

 ご主人様は今のところ、どのくらい理解してんだ?」


「え? うーん………。 そうだねぇ。

 少しでもつらたんたんに襲われにくくなるように、

 私の余りある言霊(ことだま)を、紡久(つむぐ)先輩に分ける。だよね?」


「半分正解だなァ。」


「じゃあ、もう半分ってなんなの?」


「ご主人様は(こま)けェ部分が理解できてねェのよ。

 まァ、俺と姐御(あねご)たちの説明不足でもあるんだが。」


ダミーは耳をパタパタと動かしながら話を進める。


「さっき紡久(つむぐ)姐御(あねご)が言ってた通り、

 言霊(ことだま)は生命活動の上で欠かせない要素だ。

 一口に言霊(ことだま)を分け与えるとはいっても、

 結局のところ、必要最低限の言霊(ことだま)は残ってる。

 言霊(ことだま)の上限が決まってるとも言えるな。

 んーっと、ここまでの話は理解できてるか?」


「まあ……。ぼんやりだけど。」


「よしよし。物分かりが早くて助かるぜェ。」


ダミーが(うなず)き、安美(あみ)の頭を()でる。


「なら簡単だ。掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)から聞いたが、

 ご主人様は『同調圧力』のつらたんたんとの戦いで、

 ありったけの言霊(ことだま)笑子(しょうこ)(そそ)いだ。

 その上、例のバリアの展開までやっちまったわけだ。

 普通は使いすぎたら死んじまうんだから、

 誰もが無意識の内にセーフティを掛けてるんだが、

 ご主人様は自分の命を(かえり)みないところがあるからなァ。

 まあ、今回は例外的に働かなかったんだろ。

 当然 ご主人様の最低限の言霊(ことだま)はすっからかん。

 てなわけで ご主人様は言霊(ことだま)切れを起こした。」


「なるほど? ……じゃあ何で私は生きてるの?」


「いい質問だァ!!」


ダミーがビシッと安美(あみ)を指差す。


「『問い』のつらたんたんの時のことを思い出してみろ。

 紡久(つむぐ)姐御(あねご)に与えすぎた言霊(ことだま)を、

 身を守るためにご主人様の身体に戻したことがあったろ?

 それと同じことを、掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)でも(おこな)った。」


「つ、つまりダミーは……!?」


「なにしろ一刻(いっこく)(あらそ)う事態だったからな。

 緊急で笑子(しょうこ)とも契約を結ぶことで、

 与えすぎた分を返してもらって(こと)なきを得たんだ。」


「そ、そうなんだ……」


つまり今の契約では、

私の生命維持に必要な分を除く言霊(ことだま)をダミーに送り、

その後紡久(つむぐ)先輩と笑子(しょうこ)ちゃんに分配しているんだ。

それで逆説的に紡久(つむぐ)先輩と笑子(しょうこ)ちゃんから、

持て余した私の言霊(ことだま)を回収できたのか。


そう 安美(あみ)が考えを整理している時だった。


「ほんまに! 申し訳ありませんでした!!」


笑子(しょうこ)が土下座した。


「ちょ、ちょっと!

 急にどうしたの笑子(しょうこ)ちゃん。笑子(しょうこ)ちゃんは悪くないよ。

 あれは私が勝手にしたことであって――」


「いや、そもそもウチがもっと強かったら、

 絶対あないなことにはならんかったと思う。

 安美(あみ)を危険に(さら)したんは、ウチの弱さや。

 『同調圧力』に()まれそうになるくらい弱いから、

 ウチは(あや)うく、安美(あみ)を死なせてまうところやった。

 謝っても(ゆる)されることやないと分かっとるけど、

 それでも言わせてほしい。ほんまに、ごめんなさい。」


その言葉は、心の底から出た純粋な謝罪の言葉だった。

私が倒れたのは、私が勝手に動いたせいだ。自業自得だ。

笑子(しょうこ)ちゃんの責任じゃない。伝えなくちゃ。


「あのね、笑子(しょうこ)ちゃ――」


「ああ、そうだな。その通りだ。

 こうなったのは君のせいだ。掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)。」


だがその時、言業(ことわざ)紡久(つむぐ)が会話に割って入る。


「ちょっと紡久(つむぐ)先輩!?!?」


信じられないと言わんばかりに見る安美(あみ)を無視し、

言業(ことわざ)紡久(つむぐ)は冷静に話を続ける。


「もし少しでも自分に負い目を感じているのなら、

 どうだろう。これからは一緒に安美(あみ)を守らないか?」


「「「!?」」」


そりゃあ、笑子(しょうこ)ちゃんが一緒に戦ってくれたら

心強いけど、てっきり紡久(つむぐ)先輩は反対すると思ってたし!


「……正気か? 先輩はウチのこと嫌いやろ?」


「うん。安美(あみ)の心を傷つけるからね。

 でも、私は君と組んだ方がいいと考えた。

 つらたんたんとの戦闘に()けていて、

 (なお)()安美(あみ)と同学年で都合のいい君だから。」


「……()()()やな。」


紡久(つむぐ)(まゆ)(わず)かに動く。


「それに、これは君にとってもメリットの大きい話だ。」


「どういう意味や。」


「私たち言業(ことわざ)()の歴史は古い。

 先祖代々()いできた(くら)の中には、

 1日では見切れないほどの資料が保管されている。

 君が先程探していると言っていた、

 『戦争』のつらたんたんの情報もあるかもしれない。

 君からすれば、(のど)から手が出るほど欲しい代物(しろもの)だろう?」


「……交渉が上手いなぁ。断る理由がないやないか。」


「どの道、安美(あみ)を巻き込んだ以上、

 みすみす取り逃がすつもりはないのでな。」


笑子(しょうこ)紡久(つむぐ)の顔を見る。

獲物を(ねら)(たか)のように、鋭い眼光をしていた。


「へっ! いいで。その誘い 乗ったるわ。」

笑子(しょうこ)ちゃん……」


安美(あみ)笑子(しょうこ)ちゃんを心配そうに見つめる。

すると笑子(しょうこ)は優しく微笑(ほほえ)む。


「実はな、安美(あみ)が眠っとる間にな、

 紡久(つむぐ)先輩からもう大体聞いとるんよ。

 安美(あみ)が『言葉贄(ことのはのにえ)』だってことも、

 そのせいでつらたんたんに襲われやすいってことも。」


安美(あみ)紡久(つむぐ)の方を見る。


「君の許可なく口外してしまったのはすまない。

 互いの目的や情報を()り合わせるために、

 1度話しておく必要があると思ったんだ。

 ……それで、その、本当にすまない。

 君が笑子(しょうこ)に言ったことも、全部知ってる。」


「……そうですか。」


下を向いて黙りこくる安美(あみ)に、

笑子(しょうこ)苦渋(くじゅう)の末 (ようや)く口を開いた。


「あんな、安美(あみ)

 正直何て声掛けたらえぇか分からへんけど、

 ウチはな、安美(あみ)を守りたいって思っとる。

 この想いに、ウソは無いとウチは思っとるよ。」


笑子(しょうこ)ちゃん…!」


笑子(しょうこ)安美(あみ)の頭をぽんぽんと叩き、紡久(つむぐ)の方を向く。


「やけどウチだけやなく、紡久(つむぐ)先輩もそうや。

 先輩が安美(あみ)に厳しくするのはな、

 それだけ安美(あみ)んことを大切に思っとるからや。

 せやから、このことはちゃんと胸にしまっといて。」


「う、うん。」


安美(あみ)(うなず)くと、

笑子(しょうこ)はにこりと笑って ゆらりと立ち上がる。


「改めて名乗らせてもらうわ。ウチは掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)

 お互い色々思うところはあるやろうけど、

 まあ上手くやってこうや、安美(あみ)。そして紡久(つむぐ)先輩。」


「……ああ。もちろんだ。」


紡久(つむぐ)笑子(しょうこ)が握手を交わす。()くして、

強力な助っ人掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)を仲間に加える運びとなった。


そのまま私たちは明日一緒に登校することを約束し、

再び深い眠りに()くのであった……。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「ふぁ〜あ。」


翌日、私は早く起きてしまい、

紡久(つむぐ)先輩や笑子(しょうこ)ちゃん、ダミーを起こさぬよう、

抜き足差し足で音を立てぬよう部屋を脱する。


「おはようございます。」

「あ、家の(かた)ですね。おはようございます!」


紡久(つむぐ)先輩の家にはたくさんのお手伝いさんがいる。

いつも(せわ)しなく働いていて、その勤勉さには頭が上がらない。


「こちら、お(あず)かりしていた一文(ひとふみ)様の制服でございます。」


「ああ!ありがとうございます!すみません!」


「いえいえ、仕事ですのでお気になさらず。

 ()()()()()大広間にお食事をご用意しております。

 準備が整いましたら大広間へお越しくださいませ。」

「はい!ありがとうございます!」


……私のこと 覚えてるのか。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


「おはようございます!」


「おはようさん。随分(ずいぶん)と早いッスね。

 まだ6時台なのに起きられるなんて(えら)いッス。」


「いえ、来人(らいと)(にい)様。

 高校生たるもの6時台に起きるのは普通のことです。

 むしろ連鶴(つづる)紡久(つむぐ)たちが遅すぎるんです。」


安美(あみ)が大広間に出ると、来人(らいと)(うたう)が食事を取っていた。


「えっと私の席は……」


「どこに座ってもいいッスよ。」


「ではお言葉に甘えて」


安美(あみ)来人(らいと)(うたう)の正面に座る。


「そういえば聞いたッスか?」

「え?何をですか?」


納豆を混ぜ混ぜしながら話を聞く。


「このあいだ、うちの親父(おやじ)にビンタかました日、

 朝ご飯を2回もおかわりしてたじゃないッスか。」


「―――ッ! あ、あの時は、その、

 めちゃくちゃお(なか)()いてたからでぇ…!」


「おっと! 別に()めたいわけじゃないッス。

 うちの料理人たちが喜んでたッスよー、って。」


「……え?」


「料理をおいしそうに食べてくれて、

 しかもおかわりまでしてくれて、

 『いただきます』も『ごちそうさま』も

 『ありがとう』も言ってくれて嬉しかった、と。」


「そ、そんなそんな……、滅相(めっそう)もない…!!」


「なんせうちの父上は挨拶(あいさつ)もろくにできない

 恩知らず恥知らず怖いもの知らずのクズですしね。」


(うたう)さん!?」「(うたう)!! (やみ)が、(やみ)(こぼ)れてるッス!!」


(うたう)さんは無表情の割に感情的な人だ。


「大体、妻が死んだからって、

 いつまでもクヨクヨクヨクヨしているから、

 私たち実子(じっし)からも(あき)れられるんですよ。」


「こらっ (うたう)!! ホントのことでも、

 言っていいことと悪いことがあるッスよ!」


「……はいはい。」


「はいは1回!!!」


「はーい。」


なんか来人(らいと)さんって保護者みたいだなぁ。

面倒見がいいというか、しっかりしているというか。


「…そうだ。一文(ひとふみ)安美(あみ)

 この前郵送(ゆうそう)(いただ)いた()()のことなのだけど。」


「アレ? (うたう)何か安美(あみ)から(もら)ったんスか?」


「ええ。Gallan(ガラン)(どう)のホイップどら焼きを。

 しかも私の大大大大大好きなつぶあんバージョンをね。

 …私の好物なんていったいどこで知ったのかしら?」


「ああ。(うたう)さんは、

 私の足が(しび)れた時に助けてくれたじゃないですか。

 だからそのお礼がしたいなあと思って、

 後でこっそり榑依(くれい)(じい)さんに聞いたんです。」


「………はぁ。まあそんなとこだろうとは思ったけれど。」


「あれ!? め、迷惑でしたか!? すみません!!」


あたふたする私に、(うたう)はため息を()く。


「……いえ。とっても嬉しかったわ。

 ただ私はそれを好きだということを秘密にしているの。」


「ど、どうしてですか?」


「……私のイメージに、合わないから。」


「……?」


頭上にハテナを浮かべる私を、来人(らいと)さんがフォローする。


(うたう)は『ことだマスター』としての実力はもちろんのこと、

 実は茶道や華道の才能にも(ひい)でているんスよ。

 そっちの世界で名が売れすぎちゃったせいで、

 そこで定着したイメージに(とら)われがちなんス。」


「イメージ……ですか。」


「言うならば、(うたう)はアイドルなんス。

 本当は少女漫画が好きだし、洋菓子が好きだし、

 サバゲーでキルされたら台パンするッスけど、

 『和風』で『お(しと)やか』なイメージをキープするため、

 俺の前以外では(ひか)えてしまうんスよ。」


「……それってすごく窮屈(きゅうくつ)じゃないですか?」


安美(あみ)が問うと、(うたう)はやれやれと首を振った。


「私はプロよ。求められた時に、

 求められた通りのパフォーマンスをして、

 称賛される。それに何の不満があるというの。」


「で、でもホイップどら焼き好きなんですよね?

 少女漫画や洋菓子が大好きなんですよね?

 それを我慢するのって苦しいんじゃないかなって…」


「余計なお世話ね。」


(うたう)は語気を強めてはっきり言う。


「1ついいことを教えてあげるわ、安美(あみ)

 『No pain, no gain』。英語の(ことわざ)よ。

 痛みをなくして得られるものなんて(たか)が知れてるわ。

 より良いものを得ようとするのならば、

 それ相応の代償を(ともな)うのは当然の理屈よね?

 それが我が身1つで(まかな)えるというのなら、

 これほど恵まれたことなんて他にないでしょう。」


「た、たしかに……?」


「それに――」


(うたう)弁舌(べんぜつ)はまだ()まらない。


「これはあくまで私の想像だけれど、

 貴女(あなた)言葉(ことのは)高校に入学するために、

 マンガやゲームを封じてまで死ぬほど頑張った。

 睡眠時間を(けず)り、食生活にまで気を配った。」


「な、なんで知ってるんですか!? エスパー!?」


「知らないわよ、貴女(あなた)のことなんて。

 これはあくまで、私の知っていることから

 想像を(ふく)らませて導き出した仮説よ。

 でも正しかったのならそれは好都合ね。

 そこまでした貴女(あなた)なら分かるでしょう?

 努力こそが、成功への()け橋なんだって。」


「……確かに、それは正しいです。」


ぐうの音も出ない正論だ。

私はここまでストイックな人は見たことがない。


「……でも、本当につらいときは言ってくださいね?

 私じゃなくてもいいので、ご兄弟の(かた)とかに……。」


「…! ええ。分かったわ。ありがとう!」


「!」


その時、初めて(うたう)さんの柔らかい表情を見た気がした。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


(しか)して私・一文(ひとふみ)安美(あみ)は、

遅れて起きてきた紡久(つむぐ)先輩と笑子(しょうこ)ちゃんと一緒に、

縦一列に並んで学校へ向かうのでした。


「なんだか小学校の頃の集団登校を思い出しますね」


「そういえばそんなものもあったなぁ……」


「あー。ウチの小学校にもあったわ。」


小学校の頃は当たり前に皆で登校していたが、

中学・高校と進学するにつれて、

次第に1人で登校することに慣れてしまった。


でもこうして いざ3人で登校してみると、

「私は独りじゃないんだ」って実感できる。

2人の存在が、とても心強く感じる。


安美(あみ)。これからは掛詞(かけことば)笑子(しょうこ)と2人掛かりで君を守る。

 これから如何(いか)なるつらたんたんが襲い来ようと、

 私たちが命に代えても君を守ってみせるよ。

 だから安美(あみ)は安心して高校生活を送っておくれ。」


「せやでー。このウチが付いとるんやから、

 安美(あみ)は心配せず毎日を楽しんだらええよ。」


「――うん!ありがとう!!」


心強い仲間に恵まれた。

私は今、この上なく幸せだ。


幸せ……なんだけど。

本当にこれで良かったのかな……?


私って、2人の好意に返せるものがあるのかな……。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


朝8時。電話がけたたましく鳴り響く。

()()()は舌打ち混じりにそれを手に取る。


「もしもしぃ!? 今(いそが)しいんだけど!!」


「おっと お取り込み中だったか。ごめんね。

 昨夜()()からメールが届いてるはずなんだけど、見た?」


「はぁ!? メールですって!!?」


電話先の男がそう問うので、

ワタシは急いでメールの着信を確認する。


「夜中の21時!? バッカじゃないの!?

 ワタシはもうとっくに寝てる時間だっての!!

 睡眠不足はお肌の敵だってなんで分からないのかしら!?」


「はいはい。苦情はウツロに直接お願いしまーす。」


電話先の男の軽薄(けいはく)な態度に、女は怒りを覚える。


「チッ。……それでこのメールが何?」


「表題の通りさ。今日の午後4時半を目安に、

 『三寒四温』のつらたんたんを()()()()()。」


「戦闘ってこと? 髪が崩れるから嫌なんだけど。」


「じゃあなんでウチに所属しちゃったのさ……」


「なんでアンタにそんなこと言わなきゃいけないわけ?」


スマホ越しにため息の音が聞こえる。


「まあいいや。詳しいことはメールに書いてあるから!

 また後で合流しよう! またねー、Whammy(ワミー)!」


「あ!まだ話は――。っもう!!!」


Whammy(ワミー)はスマホをベッドに叩きつけ、

黒紫色の長い髪をわしゃわしゃと()(むし)る。


「あ゛ーー、もう!!! サイアクな気分だわ!!

 どうしてこうもワタシの精神を逆撫でするのかしら!!

 もう絶ッ対に許さない!! 許さないんだから!!

 つらたんたんだろうがなんだろうが、

 ワタシがこの手で全部ひれ伏させてやるんだから!!!」


4月22日。今日この日、私たちはまた1つ、

大きな試練に出くわすことになるのだった。

☆オマケ

このコーナーでは、作中で使われた(ことわざ)の意味や『使われ方』について解説を行います。


後腹(あとばら)()める

『事が終わった後に、予想外の出費やトラブルが発生して苦しむこと』を(たと)えた(ことわざ)。「後腹(あとばら)」とは、「出産後の腹痛」と、「後妻が産んだ子」を掛けた言葉とされている。


(つめ)(あか)(せん)じて飲む

『優秀な人間を見習い、その人に近づこうと努力すること』を意味する(ことわざ)。現代では衛生的にちょっと心配になるが、昔は(すぐ)れた能力や高い徳を持つ人間の爪垢(つめあか)や毛髪を(せん)じて飲むことで、その才能にあやかれると信じれれていたとか、そうでないとか。


③No pain, no gain

英語の(ことわざ)。直訳はそのまま『痛み無くして得るもの無し』で、『何らかの大きな成功のためには、それ相応の努力や困難が(ともな)う』という意味を持つ。

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