124 懺悔 みやび視点
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温泉ですっかり疲れを癒し、朝早くに宿を出た。温泉も最高だったし、ご飯も美味しかったな、ナギと西古都に来ることがあったらまたここに泊まりたいなぁ。
結局、タイミングが合わなかったので貸切風呂は今回入れなかったので、次来る時のお楽しみになった。
今日はこれから、納骨を行うらしい。
悪路の山道をずっと走り、ようやくたどり着いた墓地。そこに加賀宮家のお墓があった。そこには私が覚えているお父さんの名前も掘られていた。
「加賀宮 雅臣」
運命のいたずらか、私の仮の名前「雅」と読める漢字が入っている。私の名前は平仮名だけど。
もしかしたらお母さんはその事もあってみやびちゃんの戸籍を奪ったのだろうか。
記憶を取り戻した後も、お父さんの面影は顔立ちが兄に似てるというくらいのうっすらとしか思い出せないけど。あの頃は私もまだ子供だったからあまり覚えてないのもしょうがないのかな。体つきもすごく大きくて豪快な人だった気がする。
もっとも子供目線だからそう感じただけかもだけど。
火葬と同じく納骨式もお兄ちゃんが全部手配してくれたので滞りなく終えた。
住職さんも去り、2人人気のない墓地で佇む。他に誰も居ないし、山の中だから静かだ。ざあっと風の音が鳴る。
お兄ちゃんは私に背を向けてじっと加賀宮家のお墓を見つめてる。ようやく両親が揃って眠れる事に安堵しているのだろうか、その意図は読めない。
「あのね。私ずっと謝らないとって思ってたんだ」
絞り出すように声を出す。喉がひりつくけどこれだけは言っておかないと。
「……何をだ」
「お父さんの事。私たち母娘のせいで加賀宮のお父さんが――殺され、たんだよね?」
朧気に覚えていたあの赤い風景。突然現れた人たちによって有無を言わさずに射殺されたお父さん。その血が私の視界を朱色に染め、意識が途絶えた。
「――ああ。お前を連れ去ろうとしたやつらの凶行だ」
あの人たちが何者なのかわからないけど、私が「先祖返り」だというのと無関係ではないだろう。
私が加賀宮の家にいたから。私が生まれたから――。
「ゴメンなさい……。謝って許されることではないけど、お兄ちゃんからお父さんを奪って――ゴメン さい、ゴメ な い」
しっかりと謝罪をしなければ、と思っていたのだけど、後半からは涙が溢れてまともに言葉にならなかった。
私たちに出会わなければ加賀宮のお父さんは殺されなかった。
お兄ちゃんだってお父さんを失う事は無かった。
私たちがお父さんを、殺した。
私たち母娘に関わったせいで、彼らの人生を壊した。
嗚咽が止まらない。周りに人が居ないとはいえ、こんな所で泣き出したらお兄ちゃんを困らせるだけだって理性ではわかっているのに。
しゃくりあげる私の頭をそっと撫で「違う」と言うお兄ちゃんの声は震えてた。
「お前のせいじゃない。確かにあいつらの狙いはお前だった。……親父たちはお前を守るために軟禁していた。学校にも行かさないと決断していた。それを――俺がお前を連れ出したせいで、あいつらの網にかかってしまった」
その言葉で思い出した。
私よりも年上の男の子と狭い町を駆け回った思い出。
お父さんたちが家を空けた隙をぬって度々出かけていた事を。
お兄ちゃんが漕ぐ自転車の後ろに乗り、流れる風を浴びた。
本来私は立ち入れないのにこっそりと二人で忍びこんだ小学校。
その頃は「自分もいつかこの学校に通うんだ」と期待に胸を膨らましたんだっけ。
駄菓子屋で買い食いをして、その日は晩御飯があまり食べられなくてお母さんに怪訝に思われた事もある。
隣町まで行った時には私の髪の色を馬鹿にした子が居て、激高したお兄ちゃんがその子を殴って泣かせた。相手は多人数だったけど、なんなく全員を倒した。
お父さんから武術を習っていたので「その力を使ってはいけないのでは」と言った事があるが「だから全員急所を狙って一思いにぶっ倒してやったんだ。無駄に痛い思いさせないだけ優しいと思え」と悪びれもしなかった。
そして、高台から町を見下ろしながら「俺がお前を自由にしてやる」と言われた事を。
当時の私はお兄ちゃんだけが自由に外に遊びに行けたのに私は許されなくて不満だった。
そして外出する時には帽子を目深に被ったり、黒髪のカツラの着用も強制されていたのも嫌で仕方なかった。
家族の中で私だけが違う髪の色。自分だけが仲間外れな気がして、ずっとこの髪が嫌いだった。
お兄ちゃんが話す友達の話、鬱陶しいと愚痴る教師とのやり取り、不味いとよく言っていた給食の話も当時の私には輝いて聞こえた。だから言ってしまった。
――望んでしまった。
「私もお外に行きたい」と。
お兄ちゃんはそれを叶えてくれた。
ただそれだけだったのに。
「お前が気に病む必要はねえんだ。親父の死もそれからの俺の境遇も」
「でも――」
「今の生活は割と気に入ってるしな。そして親父の死は、俺が一緒に背負う」
そう言うお兄ちゃんの声は今まで聞いた中で一番優しかった。
言葉と共に、私をそっと抱き寄せた。ナギとは違う、ゆったりとした抱擁。なんとなく「お父さんに抱かれたらこんな感じなのかな」と感じた。私を胸に抱き子供をあやすように、慈しむように頭を撫でてくれる。
「――ありがとう」
震える手でお兄ちゃんの背中に手を回す。
「俺はお前の兄貴だからな」
「うん」
「しかし」と、きまり悪そうにお兄ちゃんは口を開いた。
「この事をナギには言うなよ。あいつお前の事になるとガチで恐ろしいからな」
……そうだね、言えない。お墓の前で抱き合いました、なんて言えない。
差し出されたハンカチを片手に泣きじゃくる私が落ち着くのを待ってくれていたお兄ちゃんがスマホ片手に「ちっ。ぼちぼち出ないと道が混んでくるな」と呟いた。
「その舌打ち、癖なの?」
ずっと前から気になっていたことを突っ込んだ。子供の時には無かった癖だと思う。
「……そうだな。シオンが絡んできた時に鬱陶しくてつい舌打ちをするようになって癖になった気がする」
そうなんだ。こんなに一見近寄りがたい雰囲気のお兄ちゃんに対して豪胆だな、シオンさん。
「シオンさんにも今回仕事面で迷惑かけたからお土産買わないとね。お兄ちゃんそういうのちゃんとしてる?」
「……いつも選ぶのが面倒くさいから帰路途中のサービスエリアで適当にクッキーを買ってる」
多分だけど「西古都に行ってきました」とパッケージに書かれていて味がどれも似たり寄ったりなぞんざいなものなんだろうな。
ここに来る途中でそういうお土産を見て「誰がこういうの買うんだろ」と不思議に思ったけど、多分お兄ちゃんみたいな人が買うんだろう。
「……お前今失礼な事考えてないか?」
結構な頻度で心の中を読まれている気がする。
「お兄ちゃんって本当にただの人間? 異能力者じゃないの?」
「仕事柄、人の心の機微とかある程度見抜けるような技術は身に着けてる。特にお前は分かりやすいな」
「むぅ」
つい口癖で唸ってしまうと、一瞬お兄ちゃんの表情が固まった。
「……なに?」
「あ、いや。お前不貞腐れると大体そうやってたな、と思いだしただけだ。ガキの頃はもっとわかりやすく頬を膨らませて、それを見るたびに親父が必死に機嫌を取ってた。――親父はお前に甘かったからな」
そっか。加賀宮の家で暮らしていた時の記憶は消されていたけど、消えずに残っていたものもあったんだ。
駐車場へと向かう途中、スマホがメッセージの着信を知らせた。見ると案の定ナギからだった。
「もう昼休憩の時間なんだ」
送られたメッセージには「晩飯は一緒に喰える?」とさりげなく早めの帰宅を促す物だった。それを伝えたらお兄ちゃんは心底嫌そうな顔になった。
「ちっ。……ナギの野郎、本当にお前の事になったら粘着質だな。――おい、あいつと別れたくなったら言えよ。撃ってやる」
「撃たないでよ」
その言葉に真剣なものを感じて慌てて止める。墓地でする冗談にしては度が過ぎてるよ。……冗談、だよね??
「大丈夫だよ。別に束縛とかじゃないし。本当に私が嫌な事はしない人だから」
そう言いながら、ふと以前ナギに体を触られた事を思い出した。突然胸を触られてビックリしたけどあの時だって「嫌だ」と言ったらそれ以上しなかったし、その後も強引にキスの先を望むことはない。真摯に私を愛してくれてる。
「……番いは引き裂いてはいけないとは言うが、自分の意思で別れてはいけないってことはねえからな」
「大丈夫だってば。さて、ナギも待ってるし、早く帰ろう?」
「――高速使わないで下道で帰ってやろうか」
「やめてよ!?」
どこまで本気なんだろうか、この人は。それって運転する自分にもダメージあるよね?
墓地を後にする前に、いま一度振り返り「またね」と心の中で両親に声をかけた。
次に来る時には私の最愛の人と一緒に来るから、と。




