121 ナギの地雷 みやび視点
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今日はナギが仕事なので、バイト後の送迎はお兄ちゃんが来てくれた。
いつもは私が家に入り鍵をかけるのを見届けるとすぐに帰るけど、今日は「話がある」と珍しく部屋に入ってきた。
そして思いがけない話をされた。
「……葬儀」
これまで周りで誰かが亡くなった事は無かったので、それは失念していた。
そうだよね、お母さんも早く弔ってあげなきゃ。私を守って生きるのに精いっぱいだったお母さん。結局私は何も伝えられなかった。これまで育ててもらった感謝も何も。
お母さんの遺体は今も護国機関で安置されているという。心の整理がつかないから今もまだ対面していないけど。
会うと、もう母が居ないという現実を突きつけられそうで怖い。ナギも兄も私の気持ちを察したのかそっとしてくれてる。
「ああ。母さんをきちんと弔ってやりたいんだが、お前の都合はどうだ?」
「それは私だってお母さんを送りたいけど……初めてだからよくわからない。どういう流れなの?」
私たち母娘には親類縁者も居なく親しく付き合う人も居なかったので、葬儀の経験がない。知識としても乏しい。
「今回は通夜はすっ飛ばして、葬儀、火葬を経て納骨だな。葬儀といっても俺たちだけだから簡単に済ますつもりだが」
「のうこつ」
そういえば夏にはナギと共に御厨家のお墓参りをしたっけ。先祖代々のお墓なので、ゆくゆくは私も御厨家の一員としてここに眠る事になるのかな、そうなれたらいいなと思ったなぁ。
ふと思ったけど、うちにはお母さんが入れるようなお墓はあるんだろうか。母の実家も知らない。今も存在してるのか、家族は何人居るのかもまるでわからない。どこに住んでいたのかすらも一切を聴いたことがなかった。
子供の頃からずっと聴いてはいけない雰囲気を感じたから。
しばらく黙り込んでるとその不安が見抜かれた。
「……加賀宮の墓に入れようかと思ってる。お前の実の親父の方の鳴宮家は……駆け落ち同然の結婚だったからな。向こうの親族もいい顔をしないだろう。それに母さんの実家も、すでに縁が切れている」
「そっか」
多分お兄ちゃんはお母さんの実家の事や血縁関係を全部知ってるのだろうけど、お母さんは私に実家の事を知られるのを嫌がるだろうから深く聞くつもりはない。
幼い私を連れて苦労したのだろうけど、家の反対にあって駆け落ちしたらしいし実家に頼りたくもなかったのだろう。
「葬儀に必要な死亡届とかその辺りは――適当に細工しておくが、できれば今週の土日に納骨まで行いたいんだが」
さらっと「細工」とか言ったんだけど?
「手続きをしてくれるのなら助かるかな。それにしても、2日かけるんだ葬儀って」
ずっとバイトを休んでいたので、さらに今回土日という忙しい時に休みを申請するのは心苦しいけど今回は理由が理由だし店長も許してくれるだろう。
護国機関がどういう手段を使ったのか、私が長期休んだ事についても深く聞かれなかったし、同僚からも何も言われなかった。
……護国機関の闇だな。
「火葬と葬儀は半日もあったら終わるが、加賀宮の墓は西古都だからな。移動だけで6時間以上はかかる。お前もガキの頃には盆と彼岸には墓参りに行ったことがあるはずだが――流石に覚えてないか」
「う~ん。……なんか車に乗っていった気がするけど。山の方だっけ?」
記憶をたどる。
なんか山道をぐねぐねと曲がっていった気がする。車が蛇行する度に、後部座席に隣り合って座っていたお兄ちゃんに押されてた記憶が。
しかもわざと。
そして兄妹喧嘩が勃発してお母さんに叱られてた気がする。
あと、途中何度かトンネルをくぐったけど、子供心に怖かったのもうっすらと覚えてる。
怖かったのは暗かったからだけじゃなく「ここは幽霊が出るらしいぞ」と脅かされたのだけど。
――今、私の傍に座ってる人に。
私のそんな恨みがましい視線をものともせずに、涼しい顔で出した麦茶に口をつけてる。
「移動って新幹線?」
「いや、俺の車で行く予定なので、泊りがけになるな」
「泊まりかあ。じゃあ確かに平日よりも土日の方が助かるかな。……うん? 泊まり?」
「墓は山の方だから車でないと流石にキツイ。加賀宮の家はすでに取り壊されていているし、俺が地元に帰るときの定宿の温泉宿があるから、そこに泊まる予定だ。――ということでナギへの連絡は任せた」
言うが早いがとっとと帰り支度をする。
「え、ちょっと待って。それ一番大変じゃない。いっそのことナギも一緒じゃダメなの?」
「あいつは……ついてきても構わないが、今はちょっとばかり多忙だからな。無理じゃないか?」
「……うぅん」
唸っている間に「ちゃんと鍵かけろよ」という一言を残して、さっさと部屋を出て行ってしまった。
逃げ足が速い。ああやってシオンさんやナギに仕事押し付けてるんだろうなと思うと2人に同情する。
それにしても、ナギになんて言うべきか。
兄妹だから問題ないとは思うのだけど、血が繋がってないし、さらには最近兄妹だと自覚した成人男女が泊りがけ。
番いとしては気が気じゃないだろうな。逆の立場だったら私もちょっと嫌かな。
「土日に? 加賀宮と?――二人きりで?」
翌日、意を決してナギに話をしてみた。
メッセージで知らせるよりも直接言った方がいいと思ったけど、告げた途端に苦い顔をされてしまった。
「うん」
……どうしよう、ナギが黙り込んでしまった。なにかを考え込んでいる。
「今週の?」
「まぁね。お母さんを早く落ち着かせてあげたいし」
「お母さん、か」
「やっぱり2人きりで行動されるのは嫌かな?」
ナギが一番懸念してるであろうことを恐る恐る聞いてみる。自分が逆の立場だったらやっぱり不安に思うだろうし。
「そうだな……加賀宮だから色々と問題はないだろうが、俺が一緒に行けたらいいのだが、今は少し……」
「仕事が忙しい感じ?」
「今年は特に新卒などの新人が多い上にこの秋に研修生の育成まで任されてしまってな。本来は新人教育は弐番隊の仕事なんだが『面倒くさい』とずっと壱番にふられているんだ。情けない話だが、未だ新卒隊員たちの統制が取れてない状態だ。土日共を天方1人に任せるのは流石にちょっと、な」
お兄ちゃんのせいじゃん。
微妙な空気を打ち破るように、ナギが私に笑いかける。仕事上の話はあまりしたくないのかな?
「今回は同行できないのが残念だが、来年の盆は一緒にお母さんたちの墓参り行こうな」
隣り合って座ってる私の肩を力強く抱きしめて、耳元で囁く。わざとなんだろうけど、吐息がくすぐったい。
来年のお盆は私もナギと結婚してる頃かあ。あまり想像付かないけど。
「そうだね。なんか温泉宿に泊まるらしいよ。修学旅行では大浴場が嫌で入らずにシャワーで済ませたから初めての温泉なので楽しみ」
「――温泉?」
何気なく言った言葉にナギが反応して、身が硬直したのが分かった。声も一段と低くなった。
「うん。それが?」
「初めての温泉旅行が、加賀宮と?」
「……おっと……」
地雷を踏んでしまった。というか至る所にナギの地雷が存在している気がする。
「俺が一番最初に連れて行きたかったのに。――今からでも有給取るか」
有休をとった場合のシミュレーションでもしているのか、顎に手を当てて何かを考え始めた。
「それは天方さんがかわいそうだからやめてあげて」
さっきは「任せるのは申し訳ない」みたいなことを言ってたのに。
なんか、ナギがすぐに相方に仕事を任せようとするようになった気がする。やっぱりお兄ちゃんに毒されてしまったのかな。
必死になって止めると、ナギが「む」と呻いた。
「また今度二人で行こうね」とほほ笑みながら、ナギの右手を取り、指を絡める。
すると雰囲気がいつもの柔和なものに変わった。段々とナギの扱い方が分かってきた気がする。
とはいえ、間違っても「露天風呂付きの部屋の為、同室だ」なんて言えないな。
これは胸の内にしまっておかなきゃ。




