120 きょうだい弟子 蓮見視点
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「弘原海先生、例の子が到着した模様です」
客間で茶を飲んでいた弘原海先生がこちらに視線を向けた。
「ふむ。ご苦労。西ではかなり手を焼いたとか?」
「という話ですね。あちらでの様子を聞く限り荒れて手の付けようがないとか。なのでこちらへと移送されてきたわけですが」
「まぁ仕方あるまい。10歳にして突如天涯孤独になったのではな。そんな過酷な現実を受け止めろという方が無理というものだ。……親戚筋は引き取りを拒否しているとか?」
「よくある話ですよ。離婚して家を出た実母が一旦は身元を引き受けたのですが、残された遺産を手中に収めるとすぐにうちでは手に負えないと養育権を放棄しました」
「嫌な話だ。珍しくはないがな」
異能暴走事件の被害遺児や、幼くして異能を発揮して親に見捨てられた子を引き取り育てるこの邸宅ではそういった身の上の子供は珍しくはない。
この少年の場合は、息子を産んですぐに母親は金を持ち若い男と家を出た。そして長らく音信不通だったが、少年が保険金など一切合切を受け継いだと知り「血縁者は自分以外にはもう居ない。生母である自分が引き取るのが筋だ」と言い出し、金を入手したらすぐに厄介払いというわけだ。
会話が途絶えたタイミングで迎えに行った者に連れられ少年が客間へと入ってきた。じろりと俺たちを睨みつけ言葉を発そうとはしない。なるほど、実母の家での境遇が劣悪だったとはいえ、これはかなり癖のある子供だ。
どうすべきかと思っていたら突然「おっさん。俺、ここに来たら強くなるって言われたんだけど本当か?」と口を開いた。
自己紹介や挨拶よりも開口一番それか。
そして何気に口が悪いな、この子。
「ああ。ここは武術の道場も兼ねているからな。外からも学びに来るものが多い。今日も1人知人の子が来る。……お前さんは強くなりたいのか?」
子供の無礼を咎めるでもなく弘原海先生は穏やかに話す。
「当たり前だろ。強くなって母さんと妹を探す。特に妹は泣き虫だから俺が守ってやらなきゃ。前も炭酸飲ませたら泣いた。俺が嫌いな紅ショウガやチョコミントを食わせても泣くんだぜ。泣きすぎだろ」
それはお前が原因じゃないのか? という言葉をぐっと飲みこむ。
妹、かわいそうすぎだろ。トラウマになってなければいいが。
「妹か」
そういえば母親と妹は行方知れずだとか。
事前に渡されていた書類を改めて見るが妹の名前にはふりがなが振られていない。今の世の中によくあるちょっと特殊な読み方の名前のようだ。
「……これ、なんて読むんだ?」
思わず口にしてしまった。
それを聞いた少年は嘲笑うように口をゆがめる。
「読めねえのかよ。教えてやんねーけど」
教えてくれないのか。本当に曲者だな、この子は。
とある日の深夜、突然この子の父親が何者かに殺された。
胸には数発の銃弾が撃ち込まれ即死だったという。この国では銃を使った犯行は珍しい。
少年の家は道場を経営していたが、その筋の人間との怨恨の線どころか接点すらなく、犯人はいまだ不明だ。
さらに異常なのが、その現場だったという。
殺害現場の寝室は、他に数人分の血と臓器らしきものと骨片とで汚されていたらしい。
あまりにも細かく切り刻まれていたので、何人が被害に遭ったのかすら今もわからないという。
そしてそのおぞましい現場にこの子が1人立ち尽くしていたのを駆け付けた警察署員が発見したらしい。女性の声で通報を受けたというが、その通報者は行方不明の母親ではないかと推測されている。
少年の証言曰く「その日は妹がむずがって泣き止まなかったので、父親と一緒に寝ていた」というが、その子は母親と共に姿を消したらしい。
父が殺され、母と幼い妹が失踪。10歳が経験するにはあまりに酷な話だ。
それは「異能力者が関わる事件」と見なされたが、未だに詳細は分かっていないらしい。姿を消した母親が何らかの事情を知ってると考えられて必死の捜索が行われたが、今も2人の行方は追えていない。
母親の名前は、加賀宮朔夜。少年の父親である加賀宮雅臣とは再婚だったらしく、少年のいう妹は前の夫との間に出来た娘で連れ子だという。戸籍を洗いなおしても朔夜には不審な点は見当たらなかったらしい。
思いを馳せていると、少年を迎えに行った者が、少年の荷物を運び込んできた。
だが、荷物は鞄一つだけだ。
「うん? 荷物はこれだけなのか?」
「ええ、向こうから持たされたのはこれだけです」
中身は数着の衣服とアルバムのみらしい。
実母に遺産を奪われたとは聞いていたが、これはあまりにも……。
俺の視線に気が付いたのか「金目のもんは全部あいつらにくれてやった。手切れ金だ」なんて大人びたことを言う。
家、土地、そして父親の保険金、そして子供たちの為にと貯蓄していたであろう金銭も全部奪われたのか。
そして今、生まれ育った地から遠いこの地へ身一つで来た。頼れる大人も、見知った人間も居ないこの帝都に。
この少年がひねくれてしまったのが理解できた気がする。
喉が渇いていたのか、勧めた茶を少年はあっという間に飲み干した。
若干の沈黙の後に「なぁおっさん、イノウリョクシャってどうやって見つけるんだ?」と言い出した。
「異能力者? お前どこでその言葉を聞いた? 何か知っているのか?」
警察や西の護国機関には「何も知らない、覚えてない」と言っていたらしいが、先ほどの母と妹を探すと言っていたこともあり、この子は何かを知っているんじゃないのか?
「うっせえよ、聞かれた事にだけ答えてりゃいいんだ」
この子、本当に口が悪いな。親はどういう躾をしていたんだ。
「ふむ……。一番早いのは、護国機関へ入る事だな。だが、入るためには試験がありかなりの難関だぞ。国家公務員だしな」
「ふーん。ゴコクキカン、か。……俺、そこに入りてえからおっさん色々教えてくれよな」
弘原海先生がこちらに視線を向ける。その目は「やはり異能力者が絡んでいたか」と確信を得たようだ。
だが、少年はこれ以上事件については口を開こうとはしないだろう。
そんな会話をしていたら、快活な声と共に新たな客人が入って来た。
「先生、蓮見さん、こんにちは。今日からお世話になります」
俺たちの姿を見るなりペコリと頭を下げる。少年より年下だろうに、きちんと挨拶が出来てる。
祖父であるコウさんに「日ごろから男たるもの礼節を忘れるな、常に紳士たれ」と躾されてる成果だろうか。
「おお、よく来たな」
「久しぶりだね。ナギくん、大きくなったな。コウさんも……お加減が悪いとは聞いてましたが」
大柄だったコウさんが病のせいか加齢のせいか以前お会いした時よりもひと際小さく、弱々しくさえ見える。顔色もさえない。
「すまんな弘原海くん、蓮見くん。孫が世話になるよ。わしの代わりに武芸を叩き込んでやってくれ。この子は静に似て器量が良いからな、他の男どもに舐めてかかられてはいかん」
コウさんは会話の中にしょっちゅう亡き愛妻への惚気を挟み込む。
俺は早逝した静さんとは面識はないが、何度も写真で見せられた彼女の顔立ちにとても似ていてナギは確かに美形だ。子供でこれだから成長したらさらに色気が増すだろう。末恐ろしい子だ。
「せがれの嫁御には『色々と早すぎだ』と叱られたが、愛する女を守れない男には育ってもらいたくないしな。ガハハ」とナギの頭を撫でまわしている。
当のナギは「おじいちゃん、ぼく女の子になんて興味ないよ」なんて口をとがらせている。
どうやら子供ながらにすでに同年代問わず異性に言い寄られているらしい。コウさんはそんなナギの抗議も軽く受け流し「お前にもな、一生の女が見つかる。その時が楽しみだな」とナギの頭をさらに乱暴に撫で、豪快に笑う。
ナギは不機嫌さを増し、その小さくも可愛らしい頬を膨らませてる。
しばらくコウさんと会話をしていると、大人同士の話に飽きたのか、ナギは自分よりも若干年上の少年を見つけると彼の所に駆け寄っていった。
「初めまして、ぼくは御厨ナギ。君の名前は?」と、ナギは握手の為に手を出す。
「……加賀宮ジン」
加賀宮はその手を鬱陶しそうに払いのけ、ぷいっと横を向いた。
ナギは加賀宮の無礼に気分を害するでもなくにこやかに話しかける。
「君も先生のお弟子さん? ぼくと一緒だね」
「……俺の方が先だから、俺が兄弟子だな」
まだ学んでもいないのにいけしゃあしゃあとそんなことを言う。この子、ある意味大物になるな。
「わかった」
その言葉を疑う事もなく、ナギは頷く。
なんとなく、この2人の将来の姿が見えた気がした。
もっともこの時には加賀宮の妹をナギが愛することになることまでは読めなかったが。
そして俺は未だに妹の名前の読み方を教えてもらっていない。




