108 記憶の欠片 みやび視点
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――あのまま死んでもいい、と思った。
誰かの人生を奪ってまで生きていくなんて重すぎる。そして私が生きていたら、母の元に居たら、また誰かの命を奪ってしまう。
それは嫌だ。
そう思ったけれど、大好きな人が私を呼んでくれた。本当の私の名前じゃないけど。
私が死んだら彼はきっと悲しむ。彼の事だから、一生立ち直れないかもしれないし、もしかしたら後を追おうと自ら命を絶つかもしれない。
それは嫌だな。
自分だけならともかく、ナギを巻き込みたくない。
初めて好きになった人。私より年上で包容力もあって私を真摯に愛してくれる。
一方、嫉妬深い所もあり、時折子供っぽさを感じる。そういうところも、顔も、声も、仕草も、何もかも好き。
――もっと彼と一緒に生きたい。
そう思ったら「外して、ピアスを外して」とナギに懇願していた。
自分には異能「治癒」があって子供の頃それを使ってお母さんに怒られた事、ピアスでその能力を封じられていると思い出したので彼に外してもらった。
もう自分では指一本動かせなかった。
ピアスが外された後に意識を集中して【治れ】と念じた。
異能力は子供の頃に使用して以来、使ったことが無い。そもそもが自分の異能力の事を忘れていたのだから当然だけど。
だが力の使い方は自然と分かっていた。
自分の治癒能力が発揮され全身の傷が修復したと感じると同時に気力が尽きた。疲労が一気にどっと押し寄せた。
再び意識が遠のく前に聞き覚えのあるようなないような、とても心地よいと感じた男の人の声が聞こえた気がした。
「いつか君が、真実の愛に逢えますようにという願いを込めたんだ」
今よりもずっとずっと前、私はその人の声を聴くのが大好きだった。
ナギとは違った低い声色の穏やかな声。
その人は私を今とは違う名前で呼んだ。
その言葉だけは遠く、聞き取れない。
――だれ……? あなたは誰なの。
「生きろ――」
また違う男の人の声が聞こえた気がした。低い声。だけどその声には安心感を抱く。
記憶の片隅に残っている声。――あの声は。
ふっと、私の意識が浮上した。
目が覚めたら全然知らない場所だった。
白が基調の部屋で私が寝てるベッドと簡素なチェスト、テレビと備え付けの金庫がある。
やたらと広い部屋には私が寝ているベッドだけで他にベッドは無い。
どうやらここは病院みたいだ。しかも個室。
バイタルをチェックするモニターや点滴やらとにかく色んなものが私の体につながってる。
治癒能力のお陰か体に痛みはなかったけど、記憶を取り戻した影響か大量に出血したせいか少し体を起こしただけで頭がぐらぐら揺れる感じがする。
あと、体の節々が痛い。うっかり床で寝落ちして起きた時のような感覚。随分と長い間寝ていた気がする。
それにしても、夢を見たみたいだけど覚えてない。なんか心地よい夢だった気がするけど……。
腕を上げることもつらいし、そもそもが体の自由を奪われて出来る事も無いので、とりあえず今の状態と今後の事を考える。
どうしよう。ナースコールで「目が覚めました」って知らせた方がいいのだろうか。ここがどんな規模の病院かわからないけど、そんなことで呼んでいいのか躊躇う。
チェストに目をやると、私のスマホが置いてたのでギシリときしむ腕を伸ばして取り、操作してみる。
あれから数日経ってるらしい。学校やバイト先にはどう連絡したんだろ。というか、連絡したのかなと思いスマホを操作する。
メッセージが数件来ていたみたいだけど、すでに既読になっていた。はるっちから「大丈夫? なにがあったの?」と連投されていて、ナギが打ったと思われる「俺は彼女の番いだ。今彼女は事故に巻き込まれて入院してる。病院名は言えないし面会は出来ないが、命に別状はない」という返信がされていた。
事故扱いにされてるのか。どうやって説明したのだろうか。
気になるが、今ここではるっち達に聞くわけにも行かない。そもそも平日の午後だから、今頃授業を受けている時間だ。
それにナギがしたであろう説明に齟齬が生まれたら厄介だし。
なにはともあれ、はるっち達に無事だと伝えてもらえてよかった。もうちょっと体の自由がきくようになったら、直接電話したいな。あの子たちにも心配をかけただろうし。
そして、ナギ……。
会いたい、声を聴きたい、触れられたい。
一瞬どうしようか悩んだものの、喉が渇いてお水が飲みたいし、もっと詳しく状況を知りたくてナースコールを押した。
白衣の女医さんと共にすぐに看護師さんも駆けつけてくれて、色々と診察された。後遺症もなく、驚くほど経過が良いらしい。
聞けばここは護国機関の庁舎の中にある簡易的な医療施設らしい。
地元の病院で処置をされた後、ここに搬送されたという。どうやら治療が必要な異能力者はここで経過を見るらしい。
普通の病院ではなく、ここに移送されたのは、異能力が暴走するのを懸念しているという説明を受けた。
――暴走、つまりあの時のお母さんのような状態のことかな?
私を切り裂いた時のあの時、お母さんは酷く狼狽していた。私が「生まれてこなければよかった」と叫んだせいか、意図せず私を傷つけたせいか。
もっともすぐに気を失ったので、あの後どうなったのかわからないけど。ナギが必死に呼びかけてくれたことしか記憶にない。
あの時のナギ、泣いてたな。彼の泣き顔って初めて見た。
「心配かけちゃったなぁ」
そして、私の治癒能力を目の当たりにしてどう感じたのだろう。
異能力者であることを理由に嫌われたりしないかな……。
物思いにふけっていると、一通りの清拭を終えた看護師さんが「意識を取り戻したら御厨さんがすぐに教えてくれとおっしゃってましたが、お会いになります?」と聞いてきた。
毎日、仕事終わりにここに来て、面会可能終了の時間まで傍に居てくれたらしい。彼が公休の日は1日中ずっと付き添ってくれていたとも聞いた。
本心ではすぐにでも会いたい。
でも、改めて自分の体を見て思い直した。カテーテルも挿入されているし、簡単な清拭だけが行われてるこの状態で会うのは躊躇われたので「器具がもう少し取れてお風呂の許可が出てからがいい」と伝えてもらうことにした。
看護師さんも女性だからか「好きな人には綺麗な状態で会いたいものですからね」とこの複雑な感情を理解してくれたようだった。
バイタルチェック中の雑談で知ったが、彼女はシオンさんに好意を寄せているらしい。
去年の秋に健康診断がここで行われ、一目ぼれしたらしい。モテるな、彼は。
シオンさんは美容師の彼女とは2週間ほど前に別れたらしく、今がチャンスだと獲物を狩る目で言っていたのがちょっと怖かった。
どっからそういう情報が流れてくるの? 気になったけど、世の中には触れない方がいいものもあるだろうなとそっと心に蓋をした。
それにしても、と思う。
お母さんはどうなったんだろうか。
あの時、酷いことを言ってしまったのでできれば謝りたい。ちゃんと面と向かって話し合いたい。
今までの事、それからこれからの事。みやびちゃんの事、記憶を封じたいきさつ、お父さんはどんな人だったのかなど。お母さんしか知らない事を全て教えてもらいたい。
あの人がしたことは正直許せないけど、母娘揃って生まれつき異能力持ちで尚且つ目立つ茶色の髪の私を育てるのは大変だっただろう。
それに私の記憶を奪ったって言ってたけど、死にかけたショックなのか取り戻した記憶もある。
今はまだ自分の本当の名前も思い出せないくらい、朧げな記憶だけど。
お母さんと2人暮らしになる以前の生活の事を。
お父さんと……そして。
――お兄ちゃんの事を。




