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後編③『騎士達の帰宅』

 「なんであんなに急いで帰ったんですか」

康子宅からの帰るときのスピードは尋常ではなかった、猫を見つかったネズミのような素早さだ。

「いや、そういう流れにした俺が悪いんだが、ほら特能と警察の縄張り云々あっただろう。

あんなの特殊能力者本人に聞かせていいもんじゃない」

植山は窓を開けて、タバコに火をつけた。

「車の中でタバコ吸うのは辞めてよ、もう」

赤沢は植山のどこでも喫煙する悪癖慣れたのか、力なく抗議する。

「自分を守る筈の二つの組織がいがみ合ってるなんて聞かされたら不安だろ。

次にまた何かあった時に俺らを信用するか、多分しない。そこは解ってたんだが」

植山にしては疲れた声を出す、何故自分があの発言をしたかが判然としないようだ。


 「案外この作戦で疲れたのかもな、俺。なんでだかわからんが」

植山の独白が続く。

「人をバァサン呼ばわり出来ないぐらい自分も爺さんに近づいているんじゃない」

赤沢も嫌味を言う。

「植山さんも、赤沢さんもはしゃぎ過ぎたんですよ、きっと」

黒木は全身の力を抜いて、背もたれに体を投げ出している。

「久々の事件に、大好きな突入作戦で二人とも気張り過ぎたんですよ、事件の規模の割に」

植山と赤沢はやられた、と顔を見合わせた。

新人にツッコミを入れられる程二人は暴走していたのを悔いているようだ。

「たしかにね、それはあるかも」

赤沢は素直に受け入れ、シートを後ろに倒した。


 そのあとはたいして会話も進まず、都庁までたどり着いた。

黒木も頭がぼーっとする。

駐車場入り口で警備の警官とやり取りしてると石川が近づいてきた。

「おう、おめでとさ……やたらと疲れてるじゃねぇか」

石川は首をかしげる。

「年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたんだよ、石の字」

「まだまだ若いだろうに。ま、お疲れさん」

軽く手を振ると石川は去っていた。


 都庁地下駐車場、その中でも防爆壁に囲まれた都庁スペースの定位置にSUVが停まる。

「俺は楠木のおっさんに報告してくる。片付けは任せた」

植山はそう言い残すと去っていった。

黒木と赤沢は先ず装備を脱ぐことから始めた。

ポーチ類をプレートキャリアから外し、プレートキャリアを脱ぐ。

全身に掛かっていた負担が一気に抜け、圧迫されていた血管が拡大する。

それだけ防弾プレートは重かった、と言っても対拳銃弾の性能だからまだ軽い方らしい。


「マガジンとかは抜いておいて、私が点検するから」

赤沢はプラスチックの盆を黒木に渡す。

「しかし、いきなり実戦はびっくりしましたよ。抵抗されたらどうしようかと」

黒木はマガジンをポーチから抜き出し、かごに入れる。


「その時はまぁ一発撃てば相手はビビッて私が殴り倒すつもりだったから大丈夫」

ん?

「いや、だって、僕が撃てば相手は……」

「素人に実包渡すと思う? それ、貸して」

赤沢は黒木のJMP-7を受け取ると、マガジンを引き抜く。

マガジンには先が平面になってる弾丸が込められている。

「先ずこれはダミー。火薬は入ってないから、発射は不可能」

赤沢は万が一の場合の黒木の命綱を平然と断ち切った。


「そして、今この銃に装填されている弾丸だけど……ついてきて」

そう、黒木は突入の直前にボルトを引いて弾を込めた。

安全装置も外して発射可能な状態にすらした。

赤沢は装備庫に入る。

「これ、これから結構使うから覚えておいて」

彼女が指さす先には黒い鉄製の筒が備え付けてある。

赤沢はその筒の中に銃口を入れ、安全装置を解除し発砲した。

筒のお陰か、くぐもった音が響くだけだった。

「これ空砲。わかった? あんたは今日一切致死性の武器は持ってなかったのよ」

「え……でも、万が一僕が襲われたどうするんですか」

黒木は引いた、赤沢が何を考えているのかよくわからない。

「突入のタイミングでだれかキッチンに居た? 包丁がリビングにあった? 

それ位事前に把握してるし、その場合は私がアンタのポジションから突入したよ」


 黒木は脳から血が抜け、クラクラした、足から力が抜ける。

一日中抱えていたモヤモヤ——素人に銃を渡すか——が一挙に解決された。

が、黒木の想像していた形とは違う。

「空砲と言っても、高圧ガス、銃身内の異物で人体に重大な影響をもたらす。

そう、本当に当たり所によっては死ぬわ」

赤沢が付け加える。

「あんたは撃たないと思ってたけど、よくやったわ」

「なにをよくやったっていうんですか」

脱力した黒木は資材コンテナに腰掛ける。

「たった一日の訓練で、一応それなりに動けたじゃない。それだけで立派なものよ」

赤沢は黒木に微笑みかける。

「私が満足する練度には及ばないけどね」

「それだけできれば、僕は転職しますよ」

苦笑し、立ち上がる。

「他の物資も片付けましょう」

黒木と赤沢は通射場へと戻る。


「なんでこんなもんもってたのよ」

「赤沢さんと同じ理由ですよ、植山さんも久々の張り込みではしゃいじゃったんですよ」

結局、無用の長物となった望遠鏡を2人で片付けた。

「あ……盗聴器回収してませんよね」

黒木は嫌なことに気が付いた。

「あー、あの作戦は普通大所帯でやる規模だから回収する班もあるんだけど……」

赤沢と黒木が顔を見合わせる。

黒木はここ二日で赤沢が浮世離れした美人であるという事実に慣れつつある。

「「明日でいっか」」

二人で笑う。


「良いわけないだろう、バカ共」

植山が車庫に戻ってきた。

「盗聴器は周波数や交信距離といった秘密事項に技術の塊だぞ」

植山はがなり立てる。

「近くに中国大使館もある。今は味方だが、昔はどうだった。連中が回収した場合も考えろ。親密度が上がった分、今の方が防諜は面倒だ。無線で盗聴器使ってるのは漏れてるんだぞ」

植山はただの元刑事だが、だがFBIの研修を受けている。

だから防諜云々を説かれても黒木と赤沢はぐうの音も出ない。

リアリティーがあるからだ。

「ま、今回はそんな暇はなかったし、これから取りに行くのもなんだ。

盗聴器の回収は信頼できる知り合いに頼んでおいた、とっくのとうに回収済みだよ」

植山は肩をすくめおどけて見せた。

年長者の意外な機転を黒木と赤沢はハイタッチで喜んだ。


 結局黒木と赤沢は相談室に立ち寄らずに帰宅してよいとのお達しが下った。

もうなんだかんだ六時だ、植山によると楠木は既に退庁していた。

代わりに夜間室長、真矢冴子が責任者だ。

オンタイムで進行しているなら兎も角、スリ一味の顛末の正式な報告は求めていない。

特能省警備局にも連絡したが報告書は今すぐ必要ではない。

だから報告書は明日で構わない、このまま帰るように。

50過ぎのギリシャ彫刻を思わせる、奇妙な色気を放つ上司はそう言い放ったらしい。

疲れ果てた黒木にはありがたい話だ。

最も赤沢にはその準備があったらしい。

「なんか、ぬるすぎない? この部署」

喜び半分、赤田は不満を漏らす。


 「おつかれさん」

スーツだけの身軽な植山が先に帰った。

黒木と赤沢は防弾プレートやキャリアを所定の位置へしまう、

赤沢曰く、「お片付けまでが作戦」

「で、今回の作戦はどうだった、新人君」

「どうもこうもないですよ、死ぬほどビビりましたよ」

二人は手を休めることなく、雑談を交わす。

「ビビるって、どこに」

「もしかしたら人を殺すんじゃないかとか、あとは作戦がうまくいくかどうかとか」

「あの状況で自分の身を真っ先に案じないとは、本当に肝が据わってんのね」

「そんなことないですよ」

黒木は笑って答える。だが、振り返ると真剣な顔の赤沢がいた。


「本格的に鍛えるわよ。特能省に戻ったら警備局に就ける位に」

赤沢の目は据わっている。

「そんな、そんな冗談やめてくださいよ、僕が警備局ですか」

警備局は元警官、自衛官、内調そんな出自ばっかりだ。

「おっさんとね、話したの」

「何を、ですか」

「もしあなたが今回の事件でそれなりに度胸を見せつけてくれたなら。

特能省が舐めたこと言ってくれたから、お返しに……ね」

赤沢は黒木を真っ直ぐに見つめる。

「あんたを鍛えて出世させて、それで担当者を窓際族に追い込んでやるって」

「冗談ですよね」

赤沢は薄笑いを浮かべる。

「冗談半分、本気半分。まだまだ道のりは長いぞ新人君」

赤沢は黒木の頭をぴしゃりと叩いた。


赤沢は相談室にあるシャワーを浴びて、予備のスーツに着替えてから帰るらしい。

任務中で武装しているなら兎も角、手ぶらで都市迷彩の戦闘服で歩いていれば、何回職質を掛けられるか分かったものじゃない。

それに一部の人間を覗けば、都庁に戦闘服を着るような部署があることすら知らない。

つまり警邏の警官に見つかれば真っ先に職質を掛けられて、身分証を出し、それを基に照会、

返答が来て放免と長ったらしいプロセスを踏むことになる。

 

 黒木は実家が徒歩15分と近所にある為、相談室に予備のスーツを置いていない。

結局、トレーニング用に新しく買った私物のジャージで帰宅することにした。

ただ、携帯義務のある拳銃をどこに仕舞うか迷った。

結局、装備庫にあったウェストポーチをつけて帰ることにした。

想像通りウェストポーチは一見すると普通のポーチだが、マガジンや拳銃を巧妙に隠し、

かつ取り出しやすいデザインになっていた。


妙に足に馴染む貸与品のトレッキングシューズはそのまま履いて帰ることにした。

見た目はゴツゴツとしていて、一部は硬質ポリマーで防護されている、そのくせ軽い。

軽いだけじゃない、足を踏み出す時にソールがそれをサポートするから動きも早くなる。

疲労困憊の割に軽い足取りで黒木は帰宅した。


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