表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

中編⑨『束の間の休息』

 スリ一味の即席監視所で植山による即席の犯罪者講座が開かれている。

「犯罪者ってのは、まぁちょっとイカれた奴が大半を占めてる訳だ。家庭と経済状況、

社会の様相、文化的背景、何で快楽を得るか、それにイカれ具合やら総合的なモロモロの上でどんなヤバい事に手を染めるか、それを続けるかが決まる」

 

 黒木は一口コーヒーを啜った、こういう手合いの話を本職から聞ける機会は少ない。

それにまぁまぁ映画好きな黒木にとっては、ちょっと興味のある話だった。


 「でもな、本当に支離滅裂な犯罪者は本当に一握りだ。大抵はマトモな面があるんだよ。

普通に家庭を持ち、良き父親として妻を愛し、子供を立派に育て、会社も真面目に勤めてる。

なのに十何人もヒッチハイカーを犯し、殺した。そういう男もいた」


 植山は甘ったるいコーヒーをうまそうに飲む。

ハードボイルドを気取った植山の見た目と話の内容も、この子供部屋と距離感がある。

そのせいで少し浮ついた感じがする、だがこの話は真実だろう。


 「それは、その男はFBIの講義で知ったんですか」

「あぁ、俺は獄中のそいつと直接会った、留学生として特別に。会話するのは許されなかったがな」

「直接目の当たりにして、印象はどうだったんですか」

黒木の好奇心が掻き立てられる。


 「ムショでやつれてはいたが、奴さんマトモに見えたよ。でも奴の性根は殺人鬼だ。ムショは殺す機会が無いからマトモに見えるが、ショバにでた途端殺しを再開するだろう」

植山は黒木が興味を持ったことが案外うれしい様だ。


 「意外です、なんかこう、刑事ものって目を見たらわかるとかあるじゃないですか」

「んなもんウソだよ、時々そういう奴もいるけどさ。ちなみに俺があった最多殺人の男はどこぞの

国境警備隊員だった。そいつは澄んだ綺麗な目で自分が殺した何十人の密貿易商の話をしてたぜ。ま、こいつの場合殺人鬼ってより軍人だから話は違うがな」

黒木はミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲み終えた。

話の血生臭ささからか砂糖が喉にこびりつく感じがする。

「だから、普通の相手だと思っても、まして今回みたいに相手が犯罪者だと判っているなら尚更だ。『マトモ』な面に惑わされちゃいけねぇ、わかるか」

植山は黒木の間違いを遠回しにいさめている。


 『いやスリ一味と言っても会話は案外普通なんだなって』

ついさっき黒木が口にした言葉だ。

「ありがとうございます、参考になりました」

黒木は椅子に座ったままだが、軽く頭を下げる。


 「陳勝な心掛けだ。特能省め、なんでこいつを持て余してたんだ、勿体ねぇ」

植山もコーヒーを飲み終え、空き缶をドアノブに掛けたポリ袋へ投げ入れた。

「ま、おっさんの昔話だ。余計なおしゃべりだったかな」

「いえ、相談室でも特能省に戻っても参考になります。今後もぜひ」

「古巣の連中もお前みたいだったら楽だったんだがな」

植山は照れ臭そうに、そしてどことなく悲し気に微笑んだ。


 「なんの話をしてた訳」

いつの間にか赤沢が入口に突っ立っている。

「なんでもねぇよ、おっさんの昔話」

植山は照れ臭そうに後頭部を掻く。 

 

 「ふうん、ところで内部の様子はどう」

「『目』と『耳』はばっちり稼働中、ただいまウメコのおむつがキレそうで揉めてる」

あくびを掻きながら植山が報告する。

「でも今すぐ切れるって話でもなさそうだ。一味はずっとここで生活してるらしい。

監視カメラのログでもわかってるが、連中全く外出しないから多分作戦開始まで動かない」

植山は熱を感知し、カーテンをも透過する双眼鏡を片手に一味のアジトを伺う。

 

 「ところでおっさん、そろそろお昼だけど何か持ってる? 携行糧食は持ってきたけど」

赤沢が植山に期待しなさそうに尋ねる。

待ってましたとばかりに植山は

「甘いな美咲チャン、張り込みと言えば刑事の華。刑事の華といれば——」


 「アンパンと牛乳! 」

黒木は目をキラキラさせながら答える。

黒木は別段刑事への憧れといったものは持ち合わせていないが、さっきの話に感化されている。

「ふむ、それも一つの正解だが、俺の答えは違う」

植山はかぶりを振った。

 

 「どうもー楊中華飯店でスー」

小さい可愛らしい声が一階から響いてきた。


「あんた情報保全とか、そもそもズゥちゃん自身が危険に巻き込まれるとか考えないの」

赤沢が紙の箱に入ったヤキソバを食らいながら、批難する。

「お前の経験したリスクなんて比較にならないものを彼女は背負い込んでる。どうってことねぇよ」

植山もヤキソバを食らう。


 ズゥちゃんとは、中国人特殊能力難民の娘、楊梓萌である。

相談室の御用達、楊中華飯店配達員でもある。

というか楊中華飯店のシェフがズゥちゃんの父であり、特殊能力者なのだ。

植山はズゥちゃんにこの監視所と裏に非合法に作られた入口の事を説明していたらしい。

彼女は割れた窓ガラスのほうから、家に入ってきた。


 ズゥちゃんの父が開く楊中華飯店は基本的にその日の素材で料理を決める。

彼が素材を並べると最適な料理法が判る特殊能力の持ち主だからだ。


 だが本日のメニューは特別に、植山がオーダーしたものだ。その名も

『確かに旨いんだが、なんかちょっとズレてるヤキソバ、ハリウッド風味』

確かに旨い、そして確かにズレている。

ソースかスパイスか、どちらかが普通口にしているものと風味が違う。

それがハリウッド風らしい。

でも流石楊飯店、ズレていても旨い。


 「張り込みといえばアンパンと牛乳じゃなんですか」

黒木はヤキソバを食いながら食い下がる。

「日本はそうかもしれないが、俺はアメリカンだぜ」

植山はわざとらしく44.マグナムを取り出し、戻す。

「この紙の箱に入ったテイクアウトチャイニーズが張り込みの相棒な訳」


 彼がそういうのだから仕方がない、黒木も黙々とヤキソバを食らう。

単調な味だが、悪くない、しかしズレて居る。

植山のオーダーに完璧に答えた料理だろう。

「うん、懐かしい味だった、ごちそうさん」

紙の箱を潰してゴミ袋に押し込む。


 「しかし、ちょっと早く着きすぎたかね。こういっちゃなんだが、凄い暇だぞ」

植山があくびをする。

あと作戦開始まであと4時間、突入予定時刻まであと5時間。


 「万が一、連中が外出しても玄関前のセンサーで探知できるし、それに……」

「武装した立てこもりやら、過激派のアジトでもねぇからな。常時監視ってもな」

赤沢と植山はここへきて、事態の著しい深刻さの欠如に困惑している。


 「一応、楠木さんにはセキュリティーセンターで待機してもいましょ」

赤沢は相談室手帳を取り出し、楠木に連絡を取る。

セキュリティーセンターは東京中に張り巡らされた顔認証監視カメラ網の元締めだ。


 「うん、了解だって。外出したらセキュリティーセンターで三人を監視してくれるって」

「楠木さん、あのシステム使えるんですか」

いつもラジオしか聞いていない老上司に監視網を使いこなせるのか。


 「あの人、元々偵察衛星の部署だったのよ、あのシステムなら片手で操作できるんじゃない」

「なるほど、今までの謎がなんだかやんわり解りました」


 楠木は今回の事件で、自分の都合で外務省事務方と人民解放軍トップに突然連絡を入れた。

そして彼らとは恐らく古い付き合いで、関係は良好。

加えて偵察衛星をつかさどる部署に配属されていたとの情報が加えられた。

内閣官房のどこか——内閣情報調査室しかないだろう。


 しかし、何故内調の、それも恐らくそれなりの地位にいた人間が都庁なんかにいる。

ま、元SP、元敏腕刑事、特能省のキャリア他の人間もそれなりに奇天烈な組み合わせか。

ついさっき植山に釘を打たれたばかりにも関わらず、

このスリ一味の悪だくみの前に黒木の思考も若干能天気になりかけた。


 「という訳で、俺と赤沢で監視ローテを組む。黒木は休んでていいぞ」

「そうね、昨日のトレーニングもあったし。そこのベット使ったら」

「じゃお言葉に甘えて」

黒木は少し小さい子供向けの二段ベットの階段を上り、横になった。


 「必要になったら、もしくは作戦開始1時間前には起こすから。寝てていいわよ」

余り眠気を感じてはいない、がどうせこれから突入作戦で忙しいのだ。

眠ってしまって構わないだろう、何せこの二人はプロなのだ。

監視について訓練を受けていない黒木が出ていったところで彼らの助けにはなるまい。

黒木は本格的に寝ることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ