五章18話 クロト 第一ラウンド(相田宗佑)
先制攻撃はクロトからだった。俺たちに向けて無雑作に振るわれた魔法で産み出した地の腕を、明人が両手に装備した二枚の盾で受け止める。ここで俺が聖剣を振るえば以前と同じ流れになる。
「シャイニング……」
「フン!」
俺の剣がクロトに届く前に、以前と違いもう片方の手にも展開された地の腕が振るわれて俺たちは後退させられる。
やっぱりクロトは強い、以前は一撃入れられたけど、同じ手が通じるほど甘い相手じゃない。
「っち、予想はしてたけど、盾の二刀流でも厳しいぞ……」
今回、明人は盾を二枚装備して攻撃を俺に任せる態勢をとっている。明人は自分が中途半端に攻撃してもたいしたダメージは与えられないと言って、クロトと戦う上で明人が防御を完全に受け持つ、と役割分担を提案して来た。その提案に乗って今の形でクロトに対峙している訳だ。
「ふむ、無粋な輩が追いついて来ているな……キリヤ殿の兵ももう少し融通を利かせてくれれば良いものを……」
俺たちに意識を向けたままクロトが背後を振り返る、俺たちもクロトを視界に押さえたまま様子を確認するとゴーレム軍団がすぐそこまで迫っていた。
「我はキリヤ殿から戦う許可は得ている! この戦いを邪魔するな! 地変・円形闘技場!」
クロトが拳を地の腕ごと地面に叩きつける、そこから巨大な黄色の魔法陣が広がり俺たちの立っている場所がせり上がる。揺れで態勢を崩さないようにバランスを取っていると、俺たちの立つせり上がって来た部分以外にも変化が現れる。俺たちが立つ円形の舞台を囲うように外に向うほど高くなる段差、観客席が出来上がる。完全に闘技場だけど、しかし何処にも入り口なんて物は無い。外から見れば高い壁に囲まれた場所としか見えないだろう。これは、ゴーレム軍団の邪魔は無くなったけど、俺たちがクロトから逃げる道も無くなったって事だ。
「これで邪魔は入らぬ、ここまでやってやったのだ、我を存分に楽しませよ!」
クロトが吠える、その威圧感はもの凄くて気を抜くとすくんでしまいそうになる。
この状況にしても俺たちに勝てるという自信が有るのが前提だろうけど、ただ戦いを楽しむことしか考えていないみたいな感じがする。
実際に俺たちは前回クロトに手も脚も出ず、何とか一撃叩き込めただけで終わっている。あの時、あのまま続けていたら確実に負けていただろう。
でも、あれから俺たちだって何もしなかった訳じゃない、進軍の合間にセリアに言われた能力値を完全に使い切れて居ないという言葉を信じて能力値を使う訓練を行って来た。
まぁ、劇的な効果は無く能力を完全に使いこなすには継続した訓練が必要そうだってことが分かったんだけど……以前クロトと対峙した時の俺たちよりはマシになっている筈だ。
「行くぞ宗佑!」
「うん!」
円形のリングの上、俺と明人はクロトに向って駆け出す。
今のクロトはこのフィールドを作った影響か、地の腕が解除されて無手の状態だ。もう一度あの地の腕を出すにも詠唱の時間が掛かるだろうし、防御魔法にしても一緒だ。なら、生身で受けるか避けるしかない今が先制攻撃のチャンスだ。少々卑怯かも知れないけどクロト相手に正々堂々となんてしていられないし、そんな余裕の有る立場でもない。
「フハハハハ! 来い、勇者共!」
展開した地形変化の魔法の影響かリングの中央に立つクロトは、余裕を崩さずに俺たちを迎え撃つ。
「シールドブロウ!」
「温いわ!」
両手に盾を装備して防御を受け持つと言った明人も、攻撃ができない訳じゃないのは最初にクロトへの背後からの奇襲で証明している。今回は正面から盾で殴りかかったんだけど、それをクロトは素手で迎撃する。明人のシールドブロウは名前そのまんまの盾で殴りつける能力だけど、勇者としての能力のアシストが有るから普通に盾で殴っている威力じゃない。それを素手で殴り返すなんて、クロトは一体どんな身体しているんだ。
「ちっ、やっぱり正面からじゃ通用しないか!」
「正面からでなくとも! 同じ手が何度も通用すると思うのは愚か者よ!」
不意打ち、奇襲、奇策、何でも良いからクロトの意表を突かないと能力的に劣っている俺たちに有効打は与えられないってことだろう。
「でも速度でそれ程劣っている訳じゃない、なら! シールドラッシュ!」
「む! ほう! ふむ!」
明人の盾による連打もクロトは捌く。でも、速度で劇的に劣っていない以上、俺も攻撃に加わればその余裕もいつまで保っていられるかな!
「フラッシュブレード!」
一撃の威力よりも速度と鋭さを重視した瞬光の斬撃を、明人の動きに合わせてクロトへと叩き込む。
「フハハ! 以前よりも動きが良くなっているではないか! やはり、そうでなくてはな!」
俺と明人でこれだけ連撃を叩き込んでいるのにクロトは楽しそうに笑う。それでいてこっちの攻撃は全部捌ききるんだから参るよね……。でも簡単に諦めたりはできない!
「明人! もっと加速するよ!」
「おう! そんで! これでも食らえ!」
明人が両手の盾をクロトに向って投げる、能力で強化された盾は回転も加えられていて当たれば唯じゃ済まないけど、クロトはそれを感じ取ったのかラッシュを迎え撃ったように迎撃はしないで屈んで避けてしまった。でも、それで終わりじゃない、明人は盾を手放した分身軽になった拳でラッシュを再開する。
盾は無くなったけど、ナックルガードが盾の代わりになってシールドラッシュのアシストは止まっていないから軽くなった分速度が上がっている。
俺も負けていられない、セリアが居ないから慣れない術式を構築するのに時間が掛かったけど、クロトと戦う時の為に教わっていた身体強化の魔法を詠唱して発動させる。
「加速!」
白い魔法陣が俺の足元に現れる、それを踏み抜いた瞬間に俺の身体は一気に加速した。動きを加速させるだけの速度強化の魔法だけど、無いのとは大違いの動きになる。
「フラッシュブレード!」
「むううう! ふん! まだまだ甘いわぁ!」
余裕そうに言っているけど、眉間に皺が寄って目が鋭くなっている。余裕が無くなって来ている、と俺は思うんだけど、額の皺と共に増している笑みが怖い……心底楽しんでいるって事か、こっちは一杯一杯なのに。
ギリギリの打ち合いは望む所なのか、俺たちをまだ舐めているのかクロトは魔法を使ってこない。まぁ、使う余裕が無いなんて希望的な考えは持っちゃいけないか。余裕でも油断でもどっちでも良いから、クロトが本気を出していないうちに決着をつけるのが俺たちにとっての理想だ。
「加速!」
明人にも速度強化をかけて更に攻勢をかける。
2人がかりでもクロトに与えた有効打は最初の明人の不意打ちぐらいだ。それでも、これだけ攻勢をかけているのだからクロトが余裕だとは思いたくない。
「ふむ……我との戦いを想定して、少しは考えたようだな!」
俺たちの攻撃を捌く事に徹していたクロトが攻勢に出た。今まで受け流すか防ぐかしていた明人のラッシュを掻い潜り、地の腕など無くても岩のように強靭な自身の腕で俺を剣ごと弾く。と言うか、何とかクロトの拳に剣を合わせることができた。撃ち合うだけで弾かれるって、分かってはいたけど洒落にならない力だ。
「爆炎拳!」
クロトの手のひらに赤い魔法陣が現れる、詠唱が無かったけど魔法だ!
魔法陣を握り込んだ拳が炎を纏い明人に繰り出される。
明人は咄嗟に腕を交差させナックルガードで炎を纏った拳を受けたが、クロトの拳に纏った炎がガードに当たった瞬間に爆ぜて明人を呑み込んだ。
「む!」
「フラッシュブレード!」
明人は大丈夫だ、守る事の方が得意な称号は伊達じゃない。でも、強力な防御手段は一時的に行動不能になることを聞いているから、急いで体勢を立て直して明人の分も補うようにクロトに連撃を叩き込む。
「フラッシュブレード!」
前のフラッシュブレードが終わっていない所に、更にフラッシュブレードを重ねて無理矢理に手数を増やす。身体への負担が大きいけど、能力的には十分可能な筈だと言っていたセリアを信じて、今はやる時だ。
今も俺の呼び掛けに応えないセリアだけど、彼女がずっと俺を支えてきてくれた事は事実で、聖剣は能力を召喚しただけとはいえ今も俺の手に有る。声は聞こえなくてもセリアとの繋がりは感じるから何か、今は俺に応えられない事情が有る筈だ。
「いいぞ宗佑! アイアンボディ!」
爆炎によって生じた煙の中から明人が飛び出して来て、クロトに体当たりを仕掛ける。
クロトは突っ込んで来る明人に容赦無く拳を叩き込むけど、その拳は能力を使い鋼の防御を得た明人に何のダメージも与えない。アイアンボディの能力を使って防御力の上がった明人は、代償として能力発動中は行動できなくなるけど、能力を使う前に駆けていた勢いのままにクロトに突っ込み後退させた。
「良い能力だ、だが! 突っ込んで来たのは失敗だったな!」
身体が動かせずにクロトの前で前のめりに倒れる明人。そこに、能力の終わりを待って攻撃を叩き込もうとするクロトが迫るけど……明人はもう俺に合図を出している。いいぞ、と。
「潰れるがいい! 地魔法技・アースブフオォ!? ゴガ!?」
凄く良い角度でクロトの背中と首に先程明人が投げた盾が直撃した。言葉には出していなかったけど明人の投げた盾には能力がかかっていた。シールドスロウと言う盾を投擲する技なんだけど、これが能力のせいで、物理法則とかいったものを無視してブーメランのように戻って来るんだ。それが、不意打ち的にクロトを襲ったと言う訳だ。
そんな意図でもないと、防御を受け持つと言って2枚装備した盾を明人が早々に手放す理由は無い。
クロトの腕に途中まで纏わり付いていた帯状の魔法陣は、地の腕を形にする事無く砕け散り魔力へと帰った。
そして、俺たちの前で初めて地に倒れるクロト……
「やった?」
戻って来るまでに十分に加速された盾による首への一撃は、鍛えていても相等危険だと思うんだけど……。
これで終わって欲しい俺の期待はあっさりと裏切られる。
「すまぬな……我はお前たちを舐めていた……」
何事も無い風に起き上がったクロトはこれまでと雰囲気を変えていた。
クロトに正面から対抗するのは今の俺たちの実力じゃ厳しい。そして、そんな中、明人のシールドスロウでの不意打ちは俺たちに可能な渾身の一撃だった。
「守護地装 地魔法技・地拳」
俺たちが反応する前に矢継ぎ早に行使される魔法、本当に油断されて手加減されていたんだと分かる差……。そして、今のクロトからはそんな油断した気配は一切拭い去られていた。こうなる前に仕留められなかったのが痛い。
身体の硬直が直った明人が戻って来た盾を装備して俺の隣に立つ。
対峙する形は振り出しに戻ったけど、相手が完全に臨戦態勢な分、分が悪い……。
「第二ラウンド、だな……」
「やるしか、ないね」




