五章16話 魔王軍の本気(相田宗佑)
魔王軍との戦いで快進撃を続けていた俺たちは目の前の荒野一帯を敵が蔽い尽くす光景に呆然としていた。
これまでに結構な数の魔物を倒して来たけど、未だあんなに残っているのか? 隣に居る明人も今まで倒して来た魔物を全て合わせた様な数に、俺と同じくどう動いたら良いのか分からないで居た。
「あれも魔物なのか?」
見た限りでは全て同じ種類の魔物、ゲームなんかではよく出てくるゴーレムと言うやつだ。
土や岩や鉄の奴や、俺たちが知らないようなこの世界の鉱石でできた奴と種類も豊富だ。
「田中、解析できるか?」
明人が明人の背に隠れるようにして震えている瑠璃ちゃんにそっと声をかける。俺たちが予想外な敵の数に動けないで居るんだから、瑠璃ちゃんが怯えてしまうのは仕方ないことだけど、明人の呼びかけに応えようと勇気を振り絞って敵の軍勢を視る。
「ゴーレム……土の魔法で産み出された魔法人形、術士の命令に従って半自動で行動する、見た目通り物理防御力が高く、構成される物質によっては魔法攻撃にも耐性を持ってる……ってとこだ」
瑠璃ちゃんが解析した相手の情報を明人が伝える、それは概ねゴーレムといったイメージに合ったものだった。その中で、魔法が効き難い固体が居るっていうのは厄介だ。
「幸いまだ敵との距離が有る、一度騎士団長にも相談して対策を考えよう」
目の前に広がっている魔物の規模は、以前魔物の異常発生で相手にした時の物を軽く越えている。あの時でさえ、半数を見知らぬ剣士に相手にしてもらったうえでセリアの覚醒があっての辛勝だった。今はこっちの数も増えているとは言え、あの時のように俺が勝手に一人で突っ走ると拙いのは十分理解している心算だ。
俺たちが騎士団長の所まで行くと、騎士団長は既に他の兵たちに撤退命令を出していた。
「団長!」
「勇者殿、来られたか」
急ぎで撤退する兵士たちの背中が騎士団長の後方に見える、今最前線に残っているのは騎士団長と副長、それと俺たち召喚された勇者のみだった。
「今の戦力であの数を相手にするのは無理だ。個々に関しては私や勇者殿たちの力が有れば問題無いが数が多すぎる。まさか、あれほどの数を用意しているとは思っていなかった……ここは、一度砦まで下がる、王より賜った魔法兵器が配置して有る砦なら術士以外の者も普通に戦うよりは戦力になる」
無策で突っ込むのは無謀な事は前の魔物の群れで実感している。今回もあのゴーレム軍団とまともにぶつかるのは無駄に兵を散らすだけだと言う事が分かっていて、即座に策を立てられるのはさすが騎士団長というところだろうか? 俺たちとは経験が違うと言う事かな。
魔法兵器を使う為に兵たちを下がらせたという事は、僕たちが残されたのは敵の足止めと少しでも数を減らす為かな? 俺たちでも術士系以外はすぐに数に押されるだろうからそう長くはもたないけど。
「勇者殿たちは広範囲攻撃で敵を減らしながら殿を務めて欲しい、最終的には砦に篭っての篭城戦になるだろうが、それまでにできるだけ敵の数を減らしておきたい」
その役目を俺たちが引き受けるって言う事だね。
撤退しながら術士系の能力を持っている皆がそれぞれ術を放って敵を薙ぎ払う。今まで戦ってきた感じだと、魔法の効き難い固体って言うの以外はクロトでも出てこない限り何とか倒せる筈だ。
「めんどくせぇ、俺たちが一気に片付けてやるっての……」
寺坂君が性懲りも無く……前にクロトに簡単に防御されたじゃないか、それにあの数を相手にしようと思うと魔力が持たないのは簡単に想像できるよ。とりあえず魔法が効き難い個体が居るのを説明して誤魔化そう。
「俺は広範囲攻撃なんてできないが、立場的に殿だろうな……で、田中や物理近接系の奴は先に砦に戻った方がいいな」
防御に優れた明人が殿だと安心感が違う。明人の言うとおり範囲攻撃の能力が無い人たちは先に砦に戻って魔法兵器の使用を手伝った方が良い、俺は明人と一緒に殿が良いかな? 聖剣があれば、セリアが居れば十分に殿を勤められるはずだ。
頼むよセリア……。
『…………』
あれ? セリア?
「宗佑、どうした? そろそろ動かないと撤退のタイミングを逃して敵に囲まれるぞ」
うん、それは分かってるけどちょっと待って! 今まで心の中で呼びかけたら必ず応えてくれていたセリアの返事が無いんだ!
「セリアが居ない? それって聖剣が使えないってことか!?」
聖剣は……多分使える、セリアが居ないから本体を召喚するのは無理だって感覚が有るけど、今持っている剣に聖剣の効果を憑依させて擬似的に召喚する事はできると思う。それでも、色々とアドバイスをしてくれていたセリアが居ない事に不安を覚える。
「兎に角、不測の事態が起きているなら宗佑は下がっていろ……誰か! 術士系の皆を纏めて敵勢にでっかいのをぶちかましてくれ!」
明人の呼びかけに応えて寺坂君が術攻撃を指揮してくれるみたいだ。
俺も手伝った方がいいのかな? でもあの数を相手にできることって聖剣を使った範囲攻撃ぐらいしか無い、そうなるとセリアのサポートが無いのは魔力効率も悪いからここは大人しくしていよう。
「んじゃ、ぶちかますぞ! クリムゾンバースト!」
先陣を切って術を放つ寺坂君に他の皆も続く、一度強力な術を撃ったら次の準備をしながら後退する。それを砦まで繰り返す訳だ。
ただでさえ勇者の強力な術なのに、それを何発も纏めて放つのだから、あのゴーレム軍団でも面白いように吹き飛んでいく。数が多すぎる故に一部を吹飛ばしただけだけど十分過ぎる威力だ。だからこそ仲間が吹飛ばされても全く構わずに進軍してくるのは怖いね。魔法で産み出された魔法人形、余計な感情って物が設定されて無いんだろうね。
「宗佑、下がるぞ!」
呼びかけに応えてくれないセリアのことは心配だけど、もう作戦は始まってしまっている、俺が勝手をして皆に迷惑をかけるわけにもいかないから今は作戦に集中だ。
「分かったよ!」
数日かけて進軍してきた距離だ、魔法の効かない個体の数にもよるけど、今吹飛ばした規模で考えてみると砦に辿り着くまでにゴーレムの数も半分以上は削れるんじゃないだろうか? 何処まで俺たちの魔力が持つかって事も問題なんだけどね。これまでの進軍が順調だったから新見さんの作った魔力回復薬の在庫が未だ十分に残っている、これを使いながらいけば何とかなると思う。
セリアは居ないけど、一応俺も殿として明人と併走する。明人は先に戻っていろって言うけど、憑依とは言え聖剣は使えるんだ、だったら俺にも出来ることがある、それをしないで下がっているなんてできない。
「さすがにキツイな……警戒しながらだが、走っているだけの俺でこれなんだから術ぶっ放しながらの奴らはよくやってるよな、田中は先に下がらせて正解だったな」
そうだね、半日以上も撤退戦を続けていれば体力・魔力・気力、全部が磨り減ってくる。俺たちには勇者としての力が有って、元の世界に居た頃は考えられない動きができるけど、戦いの経験はこの世界に着てからの物しかない、体力や魔力は薬で回復できるけど本気の殺し合いなんて精神的にはキツイよな。
「ひゃはは、面白いようにぶっ飛ぶぜ!」
楽しんでいる人も居るみたいだけど……その考えは気楽過ぎると思う。
それにしてもこの敵勢、ゴーレム軍団を随分削ったはずなんだけど、元の規模が多過ぎるだけに全然減っているように見えない。
「いや、これだけ術攻撃を繰り返しているんだ、いくら元が多いって言っても減っているように見えないのはおかしくない?」
このまま続けても砦に着くまでにゴーレム軍団の数を減らせるとは思えないよ。
「実際は減っているんだろうけど……」
「いや、そうとも言えない。田中の解析によれば、あのゴーレムって魔法で産み出されてるんだろ?」
「そうだね、土の魔法で産み出された魔法人形って事だった筈だよ」
「って事は……あのゴーレムって魔力さえあれば補充できるんじゃないか!?」
うあ、そのとおりだ……それじゃあ、今俺たちがやってることって無駄なんじゃないの? 相手の術士の魔力を削るって意味は有るんだろうけど、こっちも高威力の術で魔力は消費している。ゴーレムの作成にどれだけ魔力が要るか分からないけどあてだけの数を用意できるんだ。こっちの魔力消費の方が大きいと思っておいた方がいい。
「フハハハハ! 正解だ!」
俺たちの行き着いた答えに帰って来る言葉に驚き、その声のした方を確認する。そこには、いつの間にか俺たちの退路を阻むようにしてクロトが立っていた。
「それじゃ、クロちゃん頑張ってね~」
俺たちの頭上から羽ばたきの音、以前クロトを回収して行った羽根突きの女の子が魔王軍の方へ飛び去って行くところだった。
クロトは彼女に運ばれて俺たちの前に先回りしたって事か。
「ふむ、それでは始めよう精々我を楽しませよ!」
「っ! 聖剣召喚!」
クロトの腕に巻き付く帯状の魔法陣、それを見た瞬間俺は手にした剣に聖剣を憑依させて召喚し他の皆を追い越してクロトに斬りかかる。
先制攻撃とも言えない俺の攻撃は、あっさりとクロトの魔法で生成された地の腕によって阻まれる。
「聖剣使い、以前より少しはマシになったか?」
「皆! ここは俺に任せて撤退を急いで!」
俺がクロトを抑えている間に皆は大回りにクロトを避けて砦へと急いで行く。
「我を一人で止める心算か? 全員でかかった方が勝算が有るのではないか?」
全員で来ても余裕だという態度で聞いてくる事じゃないね、まぁ、今の俺一人じゃクロトの相手にならないって言うのは分かっているよ。
「シールドブロウ!」
撤退すると見せかけて戻って来た明人の盾による正拳突きがクロトの背に叩き込まれる。
「むっ!」
背後からの不意打ちに盛大に吹き飛ぶクロトだけど、空中で体勢を整えて難無く着地する。
「ダメージは無しっぽいな……やっぱり俺の攻撃じゃ無理か?」
でも、撤退する皆とクロトの間に位置取れた。これで正しく殿を勤められる。
「よく刃切さんと宇佐美さんを説得できたね……」
クロトが出てきた場合俺と明人で対応するって話し合いで決まっていたんだけど、二人は最後まで反対していたからね。
「案の定戻ろうとしたけどな、面倒だったから殴って眠らせた。緊急事態にまで我侭言うなっての……」
眠った二人を運ぶ皆にも迷惑をかけてしまったかな。
「後でお説教しないとね」
「それは宗佑に任せる、その為にも……」
「クロトを何とかしないとね」
さてクロト、君は俺と明人の2人で相手にになろう。
「聖剣と盾か……いいだろう! 我に一撃入れた貴様らなら多少ましな戦もできよう!」
「行くぞ宗佑!」
「ああ!」
セリアが居ない事が不安だけど……クロト、君はここで倒させてもらう!