間章五章1話 看板娘(ユキ)+魔王軍の定時連絡(キリヤ)
この街でも評判の『三毛猫の掌亭』は今日もたくさんのお客様で賑わっています。可愛いのだか物騒なのだかよく分からない店名ですが、街人や衛兵、城の騎士や文官、冒険者や果は御忍びの王族まで利用するこの店には丁度良いのかもしれません。
「ありがとうございました~、また来てくださいね~」
お客さんの立った席を片付けてもすぐに次のお客さんがやって来る昼食時、お店が繁盛するのは喜ばしいのですが、以前はこの混雑時をマスターの奥さんと2人で接客していた私としてはよく過労で倒れなかったと自分を褒めたいです。
「ユキさん、向こうのテーブルお願いします!」
最近住み込みでここで働くようになったシアさん、彼女は数日で接客を完璧にものにして、今では私以上にフロア全体を把握して働きまわっています。彼女のおかげで随分と楽になったのですが、なんと言うか……先輩としての立場がありません。
「はいは~い、まっかせといて~」
でも、彼女が私に頼む時は自分の手が回らない時だけで、大抵は自分で何とかしようとしてしまうので文句もありません。寧ろもっと頼ってもらっても構わないのですよ? まだ彼女が来てそれ程日が経った訳ではないのですが、来たばかりの頃の頼られかたが懐かしいです。
昼時も過ぎて客の波も落ち着いた頃、そろそろシアさんと交替で休憩に入ろうかと考えていたのですが……。
「でさ、そいつが凄かったんだよ……」
いつの間にかカウンター席に座り、マスターと話をしながらお酒の入ったグラスを傾ける知人を発見しました。
私は無言で彼の背後に回り、トレイを縦向きにして振り下ろします。
「って、危ないだろ……ユキ」
あっさりと受け止めておいてよく言いますね、それに、どうして昼間からお酒を飲んでいるのですか? あと、来ていたなら声をかけてくれても良いじゃないですか。
「とにかく、お帰り兄さん」
「ただいま、まぁ、色々動いてるみたいだから様子見にな。問題無さそうならすぐにでもまた出る……十分な力が貯まるまでもう少しだからな……」
「ユキさん、休憩にしませんか? ……あら?」
私たちが話している所にシアさんがやって来て兄さんに気付きます。
「ユキさん、先に休憩に入りますか? 二時間ぐらい……」
何でしょう? その生々しい時間設定は……。
「何を勘違いしているのか知らないけど、私の兄さんよ」
「ユキさんのお兄さん? ですか?」
シアさんは私の兄と聞いて疑問符を浮かべますが、兄さんの見た目が人なのに対して私は猫の耳と尻尾の付いた半猫獣人です。シアさんの常識で考えたら兄弟というのに疑問を感じるのはおかしくありません。
そもそも、私と兄さんは正確には親戚であって兄弟では有りませんからね。
でも、私たちは兄弟のようにして育って来たので異論は認めません。
有無を言わせずに納得してもらい仕事に戻ってもらいました。
「なんか、馴染んでるな」
「ええ、私よりも順応が早くて驚いたわ」
本来、彼女は飲食店で働いていて良いような立場ではないのですが、そこは兄さんたちや彼女が決めた事ですから私は口を出したりしません。
彼女にとっては働き先の先輩な私は、口を出せるような立場でもありませんしね。
「で、ユキの方には何か言って来てるか?」
「私の方は平和そのものね、日々の忙しさのおかげでいろんな事を忘れてしまいそうになるぐらい」
「そのまま忘れても一向に構わないんだぞ、ユキに話が来てないって事は大した問題は起きてないってことだろう、一応、後で直接聞きに行っておくか……」
兄さんもやることが多くて大変そうですね……それに比べて私はこの店で働くのにもそれなりに大変さはありますが、皆さんに守られて平和に過ごさせてもらっています。有り難い事ですが、兄さんが忙しい中、私の方に先に来られたのは息抜きも兼ねての事でしょう。だったら、もう少し気楽な話題に変えないといけませんね。
「ところで、マスターとの話しはもう良いの?」
私が中断させておいてなんですが、何の話をしていたのでしょう? マスターは私が来てすぐに他のお客さんの方を相手にしに行ってしまったので大した話しではないと思うのですが。
「あぁ、ユキの仕事が落ち着くまでの暇潰しに旅先で見かけた面白い奴や面白い(笑)奴の事を話してただけだ」
面白い奴って2回言いましたね、後ろの方は馬鹿にした言い方でしたから違いは分かりますけど。
普段の兄さんは安易に他人を馬鹿にするような人じゃないんですが、後者の面白い奴という方は何をしたんでしょう? 積極的に知りたいとも思いませんけどね。
「まぁ色んな奴が居たけどな……」
暫く兄さんの土産話に耳を傾けながら休憩します。
兄さんが仕事の関係で各地を旅しているのは知っていましたが、他国にまで足を伸ばしていたのを今日始めて聞かされました。兄さんの事ですから心配は無いと思うのですが、今の情勢で他国に出かけるのは控えて欲しい所です。
「それでな、聖女って言うぐらいだから美少女だって思うだろ? 残念、ババアなんだよ、ははははは」
兄が凄く失礼な事を言っている気がします。
凄く重要な役目を持って旅に出ている兄ですが、旅の方は楽しんでいるようで何よりですね。
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『と言う訳で、ソウタ様たちと一緒に一回戻るわね!』
「どう言う訳だ! いつもの時間に定時連絡が無いと思って心配していたら、説明も無く開口一番で帰って来る? 何が有った!」
『変身魔法が解けて見つかっちゃった! てへ♪』
国中探してもリリ以上の変身魔法の使い手は居ないと言うのに、勇者共を嘗め過ぎていたか?
「連絡ができるって事は、お前は無事なんだな?」
『大丈夫大丈夫、寧ろ本当の自分を知って最高の気分よ、もう何も怖くない!』
それは大丈夫なのか? 見つかってそんな状態になるって訳が分からないが、性的な拷問でも受けたか? 無事って言っても勇者共に手篭めにされた可能性があるな。
「魔法具、豚の王はどうなった?」
シルバーブルを内部から落とす作戦の失敗を確信し、リリの寝返りを考慮しながら引き出せる情報はできるだけ引き出そうと訊ねる。
『勇者たちを飲み込ませようと思ったら、隷属の首輪の制御が効かなくて仕方なく勇者たちを豚の所に行かせたんだけど……消し飛ばされちゃった』
あの魔法具で周囲の有象無象共の能力を吸収した化け物を倒すか、戦闘向きな勇者共は戦場に引き付けている筈なんだが、やはり勇者共を嘗め過ぎていたか?
「隷属の首輪が効かなくなったのは豚の王が魔物化したからだろうな、一緒に操魔の首輪も付けておくべきだったか……いや、そんな終わった事はどうでもいいな」
今の戦場を見る限りでは、上位の勇者が2から3人でかかってクロトを抑えられる程度、そんな奴等から外れてシルバーブルに残っている奴の中に僕が十分だと判断したあの魔法具の化け物を消し飛ばせる者が居る、どういうことだ?
「リリ、あの豚を倒したのは誰だ? ソウタとか言う勇者か?」
『ソウタ様は私のご主人様よ、豚を消し飛ばしたのはエノヅカって子みたいだけど、私はよく知らないわ~』
今戦場に居る勇者はこっちの作戦を見越して動いているようには見えないから論外、シルバーブルに残ったソウタが城内での僕たちの作戦を潰して、戦力はエノヅカって奴が補ったか。
こっちの方が戦力的には余裕だと思っていたが、カメイなんてシノブに匹敵する奴も居るみたいだし、考えを改めないと拙いな。
「僕の作戦が甘かったってことか」
今回の召喚は失敗になりそうだな……思ったよりも召喚された勇者の数も多かったし、次の作戦で上手くいかなかったらその時点で残っている勇者共を始末して再召喚か?
『キリちゃんの作戦どうこうじゃなくって、ソウタ様が凄いんだよ~』
それには賛同したくないけどな。
まぁ、残された時間も少ないことだし、そのソウタと言う奴が来る前に動くか。
「そうか、まぁ気をつけて帰って来るんだぞ」
『はいは~い』
気楽な声を最後に通信を終える。
リリはもう駄目だな、色惚けって言うのか? 作戦の真意をきちんと伝えていない僕が悪いんだろうけど、安易に広められることでもないからな。これまでの事はもう仕方ないと割り切るしかない。
「まぁ、いい。リリたちが来る前に戦場に居る勇者共でどうにかなるか、ソウタって奴か……できれば戦力の高い聖剣使いの勇者やエノヅカが落ちてくれば儲けもんなんだが……やってみるしかないな」
「フハハハハハ! それは、我が動いても構わんと言う事か!?」
叩き壊すような勢いで執務室の扉を開き、魔王を除いた状態で我が国の最高戦力を誇る獅子獣人が無遠慮に侵入して来た。
「ああ、もう暴れて良いぞ、現状維持する意味も無くなったからな。それに、兄が帰って来た。さっき街に配置している目からユキの所に居るのが確認できたからな……」
あいつが帰ってきたって事は魔王に対しては何の憂いも無くなったと言う事だ。
「ほう、兄殿が? また腕を上げられたのだろうな、勇者の前に一度手合わせしてもらいたいものだ……よし、三毛猫の掌亭に行って来るか!」
「止めろ! お前が行くと確実に修繕費の請求がこっちに回ってくる! 待ってればこっちにも顔を出すだろうから大人しくしていろ!」
この戦闘狂が、前の砦の時もコトネに止めに行かせなかったら平気で勇者を殲滅していたよな!? 戦うなとは言わないが自重しろよ……。まぁ、今回はその戦力を存分に発揮してもらうが、我慢していた分張り切って暴れてくれるだろう。
「むう、仕方あるまい、シノブは相手をしてくれぬし、キリヤ殿は本気を出してくれぬ……勇者共にも手を出すなでは我の力は何処にぶつければ良いのだ!?」
だから、もう勇者共にぶつけて良いって言ってるだろう、それまでもう少し我慢しろ、肝心な時に兄が使い物にならなくてもこっちが困るんだからな。
「ん? 未だ目的達成できてないぞ」
数時間後、僕の元に来た兄は平然と言い放った。
「だったらどうして帰って来た!?」
確かに失敗だらけで思い通りに行ってないけどな!




