五章5話 整えられた舞台(江ノ塚航、他)
「居た! 江ノ塚君!」
与えられた自室に戻ろうとしていた僕の前に、慌てた様子の朝霧が駆けて来る。
珍しいな、ちょくちょく僕の前に顔を見せる朝霧だけど、いつもは無言で立ち去るだけで声をかけてきたりしないのに……何かあったかな?
勿論、朝霧が僕に気が有るみたいなキモイ勘違いはしない、こいつは異世界に来て引き篭もっていた奴等を更生させた実績が有る。白山たちに虐めを受ける僕の事もその延長線上で気にしているだけだろう、正直余計なお世話だ。
「最近王の様子がおかしいのは話していたでしょ?」
そう言えば僕たちの前に休暇に入った戦闘組みの奴が戻って来た時にそんなことを言ってた気がするけど……どうでもいいって受け流していたね。
「えっと、どう言ったら良いかな……田嶋君の予想だと、王が捕食した対象の能力値を奪う能力を手に入れて、姫が私たちに王をけしかけようとしているみたいなのよ!」
強奪系の能力? そんな規格外なものこの世界に転がっているものなのかな? この世界の人の能力を見てもそんな強力な物所か、異世界人の勇者の持つ能力の劣化版ですら見かけないのに……。
でも、田嶋の予想は当たるんだよな。まぁ、ソースは元の世界のあれこれだから僕にも分かるんだけど……。
「今、田嶋君が白山君の方に向かったから江ノ塚君は……」
「わかった、行くよ……」
僕が自室に向おうとしていたのは、白山が食堂の方へ行ったからだ。途中で姫と擦れ違ったからあいつは白山の方へ行ったんだろう、だったら豚王にぶつけられるのは白山だな……。
豚王の能力値がどれだけ上がっているのか分からないけど、これは見に行く必要が有るね。
「ああ、朝霧さんは他の捜索組みの人たちと避難していて」
そう言っ朝霧を置き去りにして駆け出す。
追って来ない所を見ると素直に避難してくれるみたいだね。もしもの時は本来の能力を使うことになるから、目撃者は少ない方が良い。
魔王軍との戦線から、今この城に戻って来ている戦闘組みは僕と白山のみ、捜索組みから戦える奴が田嶋と他数名居るけど、朝霧が田嶋以外の奴も連れて逃げるって言ってたから、戦力として数えられるのは田嶋のみ……白山は物理馬鹿だし田嶋は正面戦闘じゃ速度と手数が多いだけの火力不足……うん、豚王の強さ次第だけど、いい感じに戦力不足だね。白山たちがどんな茶番劇を見せてくれるのか楽しみで仕方ないよ。
自然と顔がにやけてくるから、能力を使って平静を演じる。
「ん? 江ノ塚?」
おっと、田嶋発見。結構慌ててるって事は白山は先に豚王の所へ行ったのかな?
「田嶋君! 朝霧さんから聞いたよ!」
怪しまれないように能力を使って心配するクラスメイトを演じる、田嶋も焦っている状況だろうから適当にやってもある程度押し通せるだろうけど、一応……。
冷静な田嶋なら違ったんだろうけど、この状況だと僕が助けに来たとあっさり信じたから演技するまでも無かったね。
「ああ、今白山が先に豚王の所に向かってる、急ごう!」
「うん!」
やっぱり、あの物理馬鹿は先走ったか……と言うか、豚姫に騙されたんだよね? 白山……クズの癖に簡単に騙されるなよな……。もっと卑怯で狡猾に生きてくれないと殺り甲斐が無いじゃないか……。阿呆を追い詰めても大して面白くないんだけど……。
まぁいいや、とりあえず急ぐ田嶋に付いて白山の居る所に行こう。
豚王が居るのは玉座の間、謁見の間とも言うそこで日中はひたすら食っちゃ寝しているが仕事は無いのか豚王……。まぁ、豚王の事を度外視して国を思う優秀な奴等が変わりに仕事しているって話しだけど、それならあの豚は必要ないよね? どうして何時までもあんな豚を王にしているんだろう? まぁ、今回で豚王には回りがどうなれ舞台から下りてもらう事になるんだけど……。
玉座の間の扉が見えたと思ったら、その扉が吹き飛んだ。
扉と一緒に吹っ飛んで行ったのは、先に玉座の間に向ったって言う白山、豚姫程度の奴に簡単に騙されて早速豚王と戦っているみたいだ……。
それにしても白山の奴、もう吹っ飛ばされてるとか弱すぎて笑えてくる。
「白山!」
あ~、そんな心配しなくても大丈夫だって、白山もクズとは言え物理に特化した能力持ちの勇者―異世界人―なんだから吹っ飛ばされたくらいじゃ死なないよ。
そんな風に思っていると田嶋が急に速度を上げて白山の所に向った。
速いな……剣王を演じて分かった事だけど、僕たち勇者―異世界人―は自分たちの持つ能力値―ステータス―を数値通りに使いこなせてはいない。そうじゃないと、僕が再現した劣化版の剣王が僕の何のロールも演じていない状態より良い動きができるのはおかしいんだ。
剣王なんて呼ばれはしても所詮はこの世界の住人、だから、数値だけなら勇者の誰もが剣王よりも上なのは間違いない。それなのに、剣王を演じた時の方が動きが良い、これは、僕たちが能力値を使いこなせていない証拠だ。
でも、田嶋の動き……今もどこからか取り出した短剣で玉座の間から伸びてきた攻撃を一瞬で斬り刻んだあの動きは……能力値を使いこなしている? これは、田嶋の戦力を上方修正しないといけなそうだね。
「うおぅ、予想はしてたが……随分人間離れしたな」
僕の方は、能力値を使いこなせて居ない状態の速度を維持し、遅れて二人の元に駆け寄り玉座の間の中を見た。
わぁお……田嶋の言うとおり、元々奴を人間と思った事は無かったけど、今は完全にただの肉塊に変わってしまっていた。
怪しい商人が持参したダンジョンから見つかった魔法具であんなんになってるんだよね?
うわぁ……朝霧が言ってた田嶋の予想、当たってるよ……。捕食対象の能力値をそのまま自分の物にするけど、そんな能力値をただの豚に与えたら、かろうじて形だけは人っぽかった肉体を維持できなくなるのも仕方ないよ……。精神も肉体に引っ張られたって所だろうか? 完全に自我を無くしているね。
よくこんなになるまで放っておいたね……あぁ、捜索組みの奴等は皆田嶋の用意した隠れ家に行ってるんだっけ? そりゃ気付けないか……後は姫が調整していたんだろうなぁ、王は完全に使い捨てる気だね。
さて、田嶋は能力開放してるみたいだしどうなるかな……。
とりあえず僕は、敵の異常さにぶるっちゃって戦えない役立たずを演じて様子見かな……。
田嶋がどこまで白山を利用して戦えるかだね、はは、この世界に来てからの白山ってよく考えなくても哀れにしか見えないよね、粋がってるけど……多分クラス内の序列とかそんなのが有ったら、下から数えた方が早そうだね。まぁ、僕は白山たちに更に下って見られてるんだけど……。もう、今の僕って白山たちなんか全然敵じゃないんだよね、なんて言うか虫? 居ると鬱陶しいから殺すって感じの……。
「田嶋! あの化け物を倒すの手伝え!」
そして僕のことは無視っと……まぁ、良いんだけどね。こんな時だけ普段の行いを忘れて頼られても手伝う気なんか起きないし……。
ほら、あんな物言いじゃ田嶋もやる気を削がれてる……あ、でも何とか持ち直したみたいだね、エンカウンとした以上、あの肉塊を放置しておく訳にも行かないから我慢して協力しようとしてるんだろうね。ホント、田嶋って頑張るよね……クラスメイトのことなんて無視して一人で異世界を満喫するのがテンプレだと思うんだけど……。
お、僕の方をチラリと確認した。
ガクガク、ブルブル……。
うわぁ、こいつ駄目だって目で見て諦めたね、狙い通りだけど……。
分からないだろうけど、存分に戦うと良いよ。二人が死なないように僕が見守っていてあげるから……下手に死なれて、肉塊の能力を上げられるのも厄介だからね。
それじゃ、とりあえずお手並み拝見と行きますか!
______________________________________________________________
田嶋君が慌てて部屋を出て行った後、私は援護の為、江ノ塚君に王と姫の現状を報せに走る。
現在、私と田嶋君以外の捜索班は隠れ家で待機中だから、そっちは問題無い、兎に角急ごう。
報せを聞いた江ノ塚君は期待を私に見せないように急いで田嶋君の手伝いに向った。
彼の中の復讐心は、この戦いで表に出てくるだろう。でも、それはきっと、王との戦いで皆が死なない為の助けになる……。
彼の表面上の復讐心に隠れた、心の奥底にあるのは、傷付く事も傷付ける事も恐れる臆病さ……。でも、それは彼の弱点なんかじゃない。彼はずっと、傷付ける事を恐れて、白山君たちの理不尽な仕打ちに耐えて、自分が傷付く事を選び続けて来たのだから……。
彼の臆病さは優しさだ……。その優しさで勇者―優者―となる者……。
「よし、私は私のできることをしないと……」
戦いは苦手だけど、相手の行動を読んで攻撃を回避する事は出来るし、味方の行動を読んで良いタイミングで回復薬を投げる事ぐらいはできる。
先ずは、一旦隠れ家に戻って美那湖ちゃんに色々貰って来ないと。




