四章5話 昇格試験
「勇者たちとお姫さまは魔王の前に辿り着きました」
冬子が、マギナサフィアで購入した絵本をゆっくりとした口調で読み上げる。
幾つか魔法を使えるようになっている訳だし、絵本を朗読するぐらい問題無くできるようになっているようだ。
一階建ての屋根を越える程度の木の木陰にシートを広げて座り膝の上に絵本を広げている。
「勇者たちはゆうかんにたたかいました」
冬子の……いや、絵本の周りには子供たちが集まり、騒がしくしていながらも冬子の声に耳を傾けている。騒がしい餓鬼共の相手は大変そうだな……。
「しかし、勇者たちは徐々に追い込まれていきます」
しかし俺のほうも結構大変だ、照りつける太陽の日差を遮る物の無い屋根の上で作業しているからだ。元の世界の夏程ではないが、今日のように快晴だとそれなりの気温にまで上がる。そんな中、朝から延々と屋根の修理を行っている訳だ……。
やり方を聞いて、そう難しくは無さそうだったから引き受けたものの、作業の進みはお世辞にも速いとは言えない。
「それでも勇者たちは諦めずに戦い、終に魔王を打ち倒したのです」
まぁ、俺は屋根の修理なんて始めてのことだから仕方ないと言えば仕方ない。太陽が真上に昇ってようやく半分っていった所か……てか、修理する場所多くないか? 雨漏りとかが凄い事になってるのは容易に想像できる、よくこんなんで住んでいられるな。
「しかし、魔王を倒した事によって、勇者たちのまえに真の闇が現れたのです」
とりあえずちょっと休憩だな。下に行くと餓鬼共が群がってくるから、ちょっと日差しは鬱陶しいがここで良いか……。
「暴走した闇の前に勇者たちは成す術無く倒されていきます」
いつの間にか絵本の内容がえらい事になってる、勇者倒されてるじゃないか……。
「最後の1人になったお姫さまは、その命と引き換えに闇を封印しました」
一応引き分けにはなるのか。まぁ、絵本の内容なんかどうでも良いんだが、子供たちが微妙な表情になってるぞ……。子供向け絵本なんだしハッピーエンドにしておけよ……。
「蒼也……」
玲奈が来た。しかも下からひとっ跳びで屋根に上がって来た。
能力値的に可能らしい、ここに上る際に験したら驚いた事に俺にも出来るのが分かった。いつの間にか随分成長しているようだ。ただのジャンプ力だけど、玲奈と同じことが出来るようになってるって凄いよな。
「先生が、昼食……できたって」
「俺たちの分も?」
「うん」
「それじゃ、お言葉に甘えて戴くか」
まぁ、なんだ、俺たちは今冒険者レベルが20に達したので昇格試験を受けているところだ。
その内容が、10日間の奉仕活動だった。
それで、俺たちは奉仕依頼―ただばたらき―の中から3人一緒でも大丈夫と言う孤児院の手伝いを選んだって訳だ。
「あ、2人共お疲れ~。
蒼也君、どう? 屋根の修理は順調?」
いつの間にか冬子が絵本を読み終えて子供たちと一緒に食堂に移動していた。
「どうだろうな、言われた通りにはやってるけど、実際ちゃんとできてるかは分からないからな……。
進み具合はようやく半分ってところだ」
今日中には終わるだろう、寧ろ餓鬼共の相手をしたくないから、修理に今日一日かける予定だ。
やたらと人数の多い餓鬼共の相手は疲れるからな……。
この世界、魔物やらいて戦争やらが原因で親を亡くした子供は結構多い、少なくとも俺が元居た場所よりは多いだろう。
この国、セントコーラルはそういった子供たちへの対応がしっかりと行われている。まぁ、そうでないと神聖国なんて名乗れないんだろうな。
孤児院の院長先生の作った昼食を美味しく戴く。国からの援助がしっかりしている為、孤児院の経営はかなり余裕が有るそうだ。流石に贅沢な暮らしって訳には行かないが、俺たちの分の昼食を用意するぐらいは全然大丈夫だと院長先生が言っていた。
「よし、腹も落ち着いたし、修理の続きに戻るな」
「ん……」
「はいはい、頑張ってね~」
やたらと用意してある材料の中から必要な物や工具を、一旦ポーチに入れ屋根に跳び上がる。
「よし、残り半分だな……」
半日もやっていると作業にも慣れてきた。調子に乗って次々と修理していく……おっと、これじゃ早く終わってしまいそうだな、少しゆっくりやるか。
魔法の鞄が有るから、一々材料を取りに降りたり登ったりしなくていいのが作業効率が良い原因だな。
「っと、仕上げの塗料を下に置き忘れてるな、まぁ他を全部終わってから取りに降りるか……」
「これ……?」
おおう! いつの間にか背後に今考えていた塗料を持った玲奈が立っていた。気配に全然気が付かなかったぞ、街中だからって気を抜きすぎたか? いや、玲奈の気配を消す技術が高いだけか? とりあえず驚かされた動揺は気付かれないようにして……。
「ああ、それだな、ありがとう……で、玲奈は何でここに?」
手伝いに来た? でもそうなると早く終わってしまうから、ここより子供たちの相手して貰う方が良いんだが……。
「子供たち、全め……お昼ね……院長先生は、夕食の買い物……起きてる子は、冬子が見てる……」
ああ~暇になったんだな……今起きてる子たちは、普段院長先生が不在の時に小さい子たちを見ているような比較的歳の高い子たちだろう、そう言う子たちだけだと手もかからないからな。
暇なら仕方ないか……。
「よし、じゃあそっちを押さえててくれ」
玲奈にも手伝って貰い作業する事にした。
修理は早く終わってしまうだろうが、諦めて起き出して来た子供たちの相手をするとしよう。
「玲奈、次はそっち……ん? どうした?」
残り1割といったところで玲奈がじっと隣の建物の屋根を見詰めている、何か有るのかと思いそちらを見て絶句する。
何だあれ、黒い外套で顔を隠した2メートルほどの男―ごつい女の可能性もあるか―? とにかく怪しさ満点の奴が屋根の上をこそこそと移動している。
道行く人は当然気付いていないが、二階建て以上の建物から見れば一目瞭然。俺たちは屋根に上って作業しているから、こんな真昼っから真っ黒な格好で屋根の上に居る奴は目立つ目立つ。
「弱い、認識疎外、隠密スキルが働いてる……」
そうなのか? 普通に見えるけど?
「多分、外套が、魔法道具……でも、効果が弱い……」
う~ん、そう思うのは玲奈の隠密やそういったものの看破スキルが高いからじゃないか? 過去の異世界人が作った物でもない限り、今の魔法道具に完全に姿を消せるような物って無いみたいだぞ。盗賊にそんな物使われたら堪らないと思って、一応調べたからな。
「まぁ、兎に角あいつは不審者だな……」
「ん、サーチ……アンド……デストロイ……」
いや、こっちに被害が無いなら放っておけば良いと思うんだけど?
「眠り玉~」
そう言って拳大の煙玉を取り出した。玲奈も魔法の鞄は持っているから、何所に持っていたとかはいい。その玉を遠慮無く不審者に向って投げつけた。
結構な距離が有ったけど、丁度屋根の間を飛び移ろうとしていた不審者に命中して盛大に煙を撒き散らす。
「落ちたな……」
飛び損ねた不審者は哀れにもそのまま地面に叩きつけられ……それでも起きないってどれだけ強力な眠り玉なんだ?
「後は……任せれば、大丈夫」
ああ、不審者が何やってたのか知れないけど、あんな格好で屋根から落ちて来たら通報されるよな。それとも認識疎外とかが働くのか? 弱いって言ってたし、俺にも見えるんだ、回りの人も気付くだろう。
「お、兵士っぽいのに連れて行かれたな」
あっちの方向は城か……見るからに不審だし取り調べられるんだろうな。
「ちょっと、見てくる……」
玲奈はそう言って屋根の上を飛び移って行く、途中で隠密スキルを使い姿を消していたのであの不審者のようにはならないだろうが、似たようなことをするのはどうかと思うぞ。
「まぁ、続きをやるか……」
そして、玲奈が手伝ってくれたおかげで予定より早く終わってしまった。で、その玲奈はまだ帰って来ていないんだよなぁ……。はぁ、子供たちが起きだしていると冬子だけに相手させる事になるな、仕方ない、素直に相手しに行くか……と覚悟を決めて降りて来たのだが、まだ子供たちは眠っていた。
大きい子たちはこまごました家事なんかをこなしていて大人しいので手が掛からず余裕が有る。暇なので、さっき冬子が子供たちに読み聞かせていた絵本の内容が気になったので聞いてみた。
「そうなのよ、私も普通の絵本だと思って買ったのに、中身は過去の勇者の物語を絵本風にしたものだったのよ」
「いやいや、話しの内容聞いてたけど、それが本当の歴史なら誰が伝えたんだよ? 勇者共は全滅してるんだろ? 伝える人間が居ないだろうが……」
「あら、確かにそうね……と言うことは、フィクション?」
「だろうな、でも、それなら引き分けにする意味が分からないな、勇者が勝って終わりでいいじゃねぇか? ってちょっと待て、今シルバーブルが相手にしてる魔王ってその絵本に書かれてる闇のことか?」
封印が解けて戦になってる? それとも全く別の奴か? もし、絵本の内容が本当に過去に有った事を基にしていて、その闇が相田たちの相手にする魔王ならに勝ち目は有るのか? 過去の勇者を全滅させた存在だぞ、クラスメイトの中から被害者―死人―が出る可能性を否定できない。
「相田の奮闘に期待するしかないか……」
「それだけに頼るのは怖いわね、多分私たちの中で誰か1人でも死人が出たら、元の生活には戻れない気がするわ……まぁ、絵本の内容が本当なのかとか、今の魔王がその闇なのかとか、色々分からないけど……」
「もうホント、シルバーブルに協力する必要ないんじゃないか?」
「あそこの王たちは気に入らないけど……住人を見捨てるのも後味悪くない? 現に相田君はやる気満々だしね」
結局、相田がやる気な以上全員で亡命するって手は無理か。
「ただ、いま!」
ボスッと、玲奈が背後から飛びついて来た。ようやく帰って来たか……。
「玲奈、何所行ってたの?」
そう言えば説明してなかったな……。
「不審者、調べて来た……」
「もう、あまり余計な事に関わらない方が良いわよ」
「完全に、無関係じゃ、無い」
何か分かったのか? 俺たちの知り合いにあんな不審者は居ないはずだが?
「不審者、シルバーブルの、刺客だった。セントコーラルの、聖女、攫う気だったって……」
またか! またシルバーブルか! リミュールの次はセントコーラルの聖女か!? 女を狙うって事はそう言う目的も有るんだろうし……豚王も欲望に忠実すぎだろう、この事、相田に報せてやろうか……多分、相田も完全に豚共を信頼してるなんて事は無いだろうけど、報せれば間違い無く相田はその正義感から豚王に直訴するだろう、面白い事になりそうだな。
まぁ、その辺りの判断は次に田嶋に報告をする時にでも一緒に書いて任せよう。
「もうホント、シルバーブルに協力する必要ないんじゃないか?」
思わずさっきと同じ言葉を呟いてしまった。
「豚王、制裁……いる?」
「だな、誰でもそう思うよな?」
「ちょっと待って、玲奈それ何所で聞いてきたの?」
ん? 兵士が城の方に連れて行ったんだから城の牢屋とかだろ?
「ん、王城」
ほらな、って! 玲奈は王城に忍び込んだのか!? よく考えたらやばい事してるぞ!
「駄目じゃない、ここはシルバーブルじゃないのよ」
それ、シルバーブルの城なら隠密で歩き回って良いみたいな言い方だな? まぁ、豚王に遠慮なんて要らないだろうけど……。
「セントコーラルの王城も、一部は結界内に含まれるのよ、もしそこに触れでもしたら隠密が解除されちゃうわ、気をつけないと駄目よ」
そう言う意味かよ……。不法侵入を咎めてる訳じゃないのか。
「勇者の隠密を看破するとか、高度な結界なんだな……」
「そうよ、それさえなかったら玲奈の隠密で進入して簡単に精霊に会えるのに……まぁ、精霊が教えてくれたから実行する前に気付けて良かったけどね」
正攻法で行くしかないって事だろ、真面目に冒険者レベルを上げて依頼を受けて正面から入って行こう。
その後、起き出して来た餓鬼共の相手をして、夕食も戴き問題無く奉仕活動を終えることができた。
そんな日々が10日間続き、俺たちは昇格試験を無事に終えることができた。




