間章三章3話 耐える者(江ノ塚航、他)
耐えろ、まだ耐えるんだ……こんなところで反撃しても何の面白味も無い、ここぞって時まで耐えるんだ。
例えば絶体絶命のピンチを切り抜けた直後、魔王を討伐した瞬間、安心したところで……その方が絶対に面白い……。
幸い僕のスキルの中には被虐耐性が有る、身体は傷付いたとしも痛みは全く感じない。
やがて、僕をいたぶる事に飽きた白山たちは連れ立って街へ出かけて行った。あいつら、最近妙に機嫌が悪いな……まぁ、せっかく異世界に来て強力な能力を得ても、活躍が目立つのは相田ばかりであいつら完全におまけ扱いだもんな、心の中で大いに笑っておいてやろう、フッ。
「航君、大丈夫? 今治すから……」
白山たちが去った後、1人のクラスメイトの女子が周囲を気にしながら近付いて来た。心配しなくても白山たちの暴力が始まった時点でこっちに目を向けている者はあんたぐらいしか居なくなっていたよ……。まぁ、無視していてくれるほうが気楽だし、あんたにも余計な事しないで無視していて欲しいいんだけどな。
今僕に治療能力を行使して白山たちの悪行の証拠を消しているのは暁澪、元の世界では近所に住んでいるが幼馴染って訳でもない知り合い程度の女の子だ。
小学校の低学年の頃は遊びもしたが、徐々にそれも無くなって最近では全く話さなくなっていた。そんな程度の関係だ。今こうして僕の傷の治療をしているのも恋人である白山の尻拭い―証拠隠滅―って所だろう。
だけどまぁ、治療能力を観察する良い機会だ、治療を断る理由は無い。
「ごめんね、今こんなことしている時じゃないのに……」
はは、僕には何を謝っているのか分からないな、そう思うなら白山たちが動き出した時に止めれば良いのに、後から出て来て代わりに謝罪しても何の意味も無いんじゃないかな? 僕としては途中で出て来られても面倒なだけだからこれで良いんだけど……。今それを言う訳にも行かない。
「澪が謝る事じゃない……それに、ここは異世界なんだ、好きにすれば良いよ、好きにすればね」
「航君?」
「回復ありがとう、僕はもう行くよ」
何か聞きたそうな澪を残して、僕は早足でこの場を去る。
彼女は苦手だ、疎遠になってはいたけど昔は気になる女の子だったからかな……。それに、白山と付き合ってるって知ってからは完全に避けてたもんな……。今の僕に、彼女と話すことなんて何も無いし、彼女には何も求めていない。
「まぁいいや、さて、面倒な事も終わった事だし、とっとと自主訓練を始めよう……」
この世界にはゲームみたいにレベルが存在する。そして、レベルが上がると大幅に能力値―ステータス―が上昇する。でも、能力値を上げる方法はレベルを上げるだけじゃない、物理系なら筋トレや戦闘訓練、魔法系なら瞑想や魔法の行使、これらを繰り返す事で少しずつではあるが、能力値が上昇する。
そんな能力値の中で僕の能力―スキル―に必要なのは魔力、魔力量だ僕の能力は魔力が高ければ高いほど都合が良い。
魔力の最大量を上げるには魔力を使い倒すのが手っ取り早い、一度枯渇させてから最大まで回復させると、少しだけだが魔力量が上がる。僕はそれを毎日繰り返して今では元の倍ぐらいには上がった感じがする。これは、レベルアップで上がった分は含まずに倍ぐらいなのでたいした量ではないだろうけどやらない場合より増えているのは間違い無い。魔力を枯渇させる訳だから、普通なら気絶して魔力が回復するまで目が覚めないんだけど、僕の被虐耐性はここにも有効のようで魔力が枯渇しようとも僕が気絶することは無い。
都合が良いので、後に予定の無い時は魔力を枯渇させては回復させるというサイクルを繰り返している。
「またあの妙な水晶で能力値を確認したいな……」
でも、あれ多分能力値の一部しか表示できていない筈だ、名前・称号・特殊能力・レベル・攻撃力・防御力・魔法攻撃・魔法防御・素早さ・器用さ……これだけじゃ情報が足り無さ過ぎる。多分だけど、昔にあの装置を作った勇者―異世界人―の好きなゲームのステータス表示とかなんだろうな。
今僕が上げているのは魔力量、つまりゲームとかで言うMP―マジックポイント―だ。ほらこの時点でもう表記不足だ。前に見た能力値に魔力量の表記は無かった。
田中さんの解析能力で人を解析してみればもっと詳細な能力値が判明する筈だ。そっちを参考にした方が良いんだろうけど、田中さんに僕を解析してって頼むわけにもいかないしなぁ……。
はぁ、その辺はもう少し僕が強くなれば問題無いんだけど、今はこのままやって行くしかないかな。
とにかく今は訓練だ、魔力を枯渇させて部屋に引き篭もる、被虐耐性は常駐だけど、他は魔力が無いと使えない、だから、気絶しないとは言え魔力がゼロじゃ何もできないからな。
ずっと篭りっぱなしだと白山たちが押しかけてくるけど、今日は散々相手してやった後だしもう大丈夫だろう。
僕の異世界生活は概ね同サイクルで動いている……まずは、今日のように白山たちの相手をしてやってから隠れて訓練をする。
白山たちは、僕を痛めつけることで訓練すらできなくして、自分より弱い奴が居る事に安心しているようだけど、その辺りは澪が動いている時点で破綻している。まぁ澪が動かなくても被虐耐性持ちの僕には問題無いんだけど……身体が動きさえすればいい、僕は痛みなんて無視できるだよ。
そして、この世界には魔法が有る。クラスメイトたちは便利な勇者の能力に頼りきって見向きもしないけど……その魔法の中には治癒魔法や強化魔法なんて物のも有る。詠唱は必要だけど、魔力を高めて、その魔力で魔法を使ったら澪の治療能力や白山の怪力なんか同じことが出来るだろう。
訓練が終わり魔力の回復も終われば日はだいぶ傾く、余裕が有れば他のクラスメイトたちの訓練を見て能力の詳細を研修する。何時、敵になっても良いように、相手の能力を理解しておくのは十分に僕の力になる。当然、白山たちの能力は完全に理解して把握済みだ。あいつらがまともに鍛練して相田の様に新たな能力に目覚めたりしていれば面倒だったけど、訓練なんて適当にやって日々酒場やら風営店やらに入り浸っているようじゃ、すぐに底が見える。精々勝手に死なないように頑張って欲しいね。
大体あいつら彼女居るだろう。最近あいつらがクラスの女子と一緒に居る所を見ないけど……。白山の彼女は澪だし、他も元の世界に居る奴とクラスメイトに居る奴……なんであんな奴らに恋人ができるんだろうか? 悪い方が、危険な感じがもてるのかな? あいつらは小悪党って感じにしか感じられないけど……理不尽な世界だよ。
僕を虐めていた集団の中で恋人が居ないのって吉本ぐらいか……まぁ、あいつは不細工だから何の不思議も無いけどね……。
はは、僕の中ではもう虐めていた奴って過去形になっているな……。ほんと、何時でもやれる状況って心に余裕ができるよね。
夜は夜で僕も独自に動いている、田嶋君とブッキングしないように気をつけながら国内外の情報収集を行う。田嶋君から周辺三国との戦争の原因や豚王がどんな奴なのかとか聞かされたけど、既に調査済みの情報だった。まぁ、僕にも知らせてくれる田嶋君たちはまだまともな人間なんだろう。僕にとっては無駄なことだったけどね。
こうして僕は力を蓄えていく、より楽しいタイミングで、より絶望させることができる方法で白山たちを苦しめる為に……簡単に……殺したりなんかしないよ……。
_______________________________________________________________________________
「どうして、こうなったのかな……」
何が悪かったのだろう? 彼を助けなかったから? 急にこんなところに呼び出された状況に戸惑ってずっと怯えていたから? あの人の側に居なかったから? 私はどうすればよかったの?
私の言葉なんて聞きたくないとばかりに、彼は早足に去って行く。まだ傷の手当が途中だから引き止めたいけど、私の言葉は彼には届かない。
彼が私を避けるようになったのはいつからだろう? 私が部屋に篭って全部見ないようにしているうちに何かがあったのか、あの人も私を見なくなった。最近では側に居ても殆んど会話は無い。
本当に、何が悪かったの……。
「私たちの誰かが悪いって訳ではないわ」
頭に手を載せられる感覚、最近馴染んだこの感覚に沈んだ心が少し癒される。
部屋に篭って怯えているだけだった私を励まして、今の元の世界に戻ろうと働き始めるようになるまで、ずっと親身に接してくれた子……。
「由宇ちゃん……」
元の世界では、所属する女子グループが違って関わりなんて殆んど無かった。それでも、彼女は私を気にかけて、ううん、私だけじゃない、クラスの皆のことを気にかけて、今もこうして私に声をかけてくれている。
「元凶はこの国の王たち……私たちを召喚した奴らよ。召喚さえ無ければこんな状況にはなっていないわ。何が悪いのか考えるのは良いけど、自分に原因を探してはだめよ……」
召喚された当初よりも冷静になった今なら、彼女と田嶋君がクラスのバランスを保ってくれているのが分かる、自分自身を攻めて傷つけないように、手に入れてしまった力でクラスメイト同士で殺しあわないように……でも、そんな彼女たちも、航君のことは放置しているのはどうしてだろう? 私なんかより彼の方が状況的に危ういのは間違いないのに……でも、そんなこと、何もできない私に言えた義理じゃないか……。
「大丈夫よ、全体的には相田君が何とかしてくれる、戦いなら白山君もあのグループの纏め役としては優秀よ、彼らを支える生産能力持ちも居る、王たちが裏で何かしていても田嶋君が全部潰してくれる、だから、私たち捜索組みは、元の世界へ帰る方法を探すことに集中すれば良いわ」
私の治療能力は戦闘組みには重宝される、でも私は彼女の言うように捜索組みに所属している。それも、あの人と気まずくなっている原因だと思うけど……。
「ほら、考え込まない」
「ウォン!」
また思考の海に潜りそうになった私を彼女が止めてくれる。でも……。
「さっきから気になってたけど、その仔は?」
彼女の腕に抱えられて大人しくしている真っ黒な犬が凄く気になる、全身真っ黒で目も全部黒いんだけど気味悪さが全然無い、凄くプリティー、どこで拾って来たの?
「そう? やっぱりカワイイ? 玲奈の能力なんだけどね、私が預かってるのよ。名前はヤマトよ」
「名前まで付いてるんだ……」
仔犬と戯れて気分を紛らわせる、純粋にヤマトの可愛さを堪能しただけだけど随分と気が楽になった。アニマルセラピーって言うのかな? 多分、ヤマトを連れて来てくれたのも彼女なりの気遣いなんだろうなぁ……。
数日後、ヤマトに兄弟が増えて捜索組みから数人、マギナサフィアに発つ事になる。
冬子ちゃんが精霊を探すって旅立った時は王様の許可を貰っていたのに、今度はこっそりと行くみたい。今ではもう、許可なんて取ってる場合じゃない? 状況は変わってきているって事なのかな?
少しずつ、状況は動いている、それが彼女の言うように心配要らないものなのか分からないけど……私も私にできることをしよう……元の世界へ帰る為に。




