間章三章1話 ちょっとだけエバーラルドのその後
「行ってしまいましたね……」
冒険者協会の受付穣カタリナとレーヴェン商会の母娘は今、蒼也の出立を見送った所だった。
「お兄さん、冒険者っぽくなったよね」
娘が嬉しそうに母親に笑いかける、蒼也が街を去るということで不満げだった面影は、出立前の蒼也がまた会いに来る事を約束した為もう無い。蒼也と娘の接点はそれ程多くは無かったが、盗賊から助けられた事と、蒼也と出会う直前に父親を亡くしてしまっていた事が、娘が蒼也に懐くには十分なものだった。
「そうね、うちで用意した武具がソウヤさんを守ってくれると良いわね」
母親は娘を優しく撫でながら、蒼也の旅の無事を祈る。
「そうだ、ソウヤさんマギナサフィアに行くって言ってたから、マギナサフィアの冒険者協会に居る兄さんに連絡しておこうっと、それじゃ、私はこれで!」
母娘に軽く挨拶をしてカタリナは冒険者協会へ戻る、仕事を抜け出して蒼也の見送りに来ていた為、少々急ぎ気味だった。
「私たちも戻りましょうか……」
「うん!」
母娘も自分たちの生活に戻る。
エバーラルドで蒼也の成した人間関係は、蒼也が思っている以上に深いものになっていたが、蒼也がそれに気付く事はなかった。
「う~、やっぱり私も見送りに……」
「駄目だよリミュ、変身魔法を過信して何度事件に巻き込まれたの? そろそろ懲りてくれないと僕はリミュを、はぁはぁ、縛り付けてでも、はぁはぁ、大人しくさせないといけなくなるよ、はぁはぁ」
「キモイです兄様、近付かないで下さい」
次第に息を荒げて近付いてくるフリードを一言で斬り捨てリミュールは距離を取る。妹の冷たい言葉にショックを受けたフリードはその場に崩れ落ち汚い涙を床に垂れ流す。
「私だって反省はしています……でもさすがにドラークちゃんの件は不可抗力です! 誰が倒されたオークが変異種になって起き上がってくるなんて予想できますか!」
蒼也たちと対した竜豚人は現在目を覚ました親竜の言葉も有りリミュールとは良好な友好関係を築いている、それこそドラークちゃんなんて安直な名前をつけられるほどにだ。
しかし蒼也の尽力と親竜が話しの分かる者であったという運、結果が良かっただけで下手をすればリミュールは連れ去られたり竜豚人の餌食になっていたのだからフリードとしては反省して大人しくしてもらわないと心配で公務にも手がつかないといった所なのだ。
「でも、恩人の見送りぐらいはしたかったわ……」
「彼には、別の形で報いるよ。リミュも彼が何者か気が付いているだろう?」
ふざけた言動とシスコンが目立つフリードだが、腐っても一国の王子だ。妹が絡みリミッターが外れ暴走しない限り頭も回るし護身程度に武も振るえる。様々な情報を収集、解析し蒼也の正体にはしっかりと気が付いていた。
フリードは蒼也と対話し、目的や言動、行動から判断し自国やリミュールに害をなす者ではない、寧ろ利を運んでくれると判断していた。
そして、リミュールとフリードは蒼也に助けられた恩と今後の利に報いるべく動き出す。
「ソウヤ、貴方の旅の無事を祈っています。どうか無事で居てください、私の勇者様……」
「ちょっ! リミュ! 惚れた!? 惚れたの!? お兄ちゃんは認めませんからね!」
今日もシスコンは平常運転だ。
「で、それは本当なんだね?」
できるだけ重い雰囲気を醸し出してエバーラルドの冒険者協会会長ラルフが問う。
「はい、すみません、偶々森にオークの死体が転がっていたから、俺たちが倒したって事にして持ち帰りました」
そのラルフに答えるのは竜豚人、ドラークがまだ変異しておらず、豚人だった時に死んでいるものと勘違いして運んで来た冒険者たちだ。
「じゃぁ、やっぱりあのオークを倒したのは君たちじゃないんだ……」
オークの負った傷で一番大きなものは腹への爆破、ラルフの知る限り、目の前に居る冒険者たちにそのような攻撃ができる者は居なかったのだ。つまり、最初から疑っていたのだ。しかし、証拠も無くどういう訳か彼らの冒険者証にもオークの討伐が記録されている。こういった不具合が偶に有るのが冒険者証の厄介なところだが、造り方が伝わっているだけで今のこの世界に冒険者証の改良を行える者は居ない。
(さて、そうなると、あのオークに致命傷を負わせたのは誰なのか……他の冒険者たちも知らない様子だった。でも、1人……聞いてもまともな返答が無い奴が居るんだよね)
ラルフは偽証を働いた冒険者たちにそれなりの処罰を与え、今頃はエバーラルドを出ている1人の冒険者に考えをめぐらせる。
(もう聞くこともできないんだけど、まぁ、好きにすれば良いさ、どんな経歴が有るかは分からないけど、今の君は冒険者だ……旅を楽しむといい)
エバーラルドのドラグレッド山脈、ここには数多のドラゴンが生息している。その種類は様々で、老若により差は有るがどのドラゴンも強大な力を有している。
そんなドラゴンたちの中でもオークを配下に持つ変わり者のドラゴンが居る。
『お、戻って来たか』
「BUGO!」
蒼也の見送りを終えた竜豚人、リミュールによってドラークと名付けられた変異種のオークが、その変わり者のドラゴンの巣に戻って来た。
蒼也と死闘のようなものを演じたドラークはなぜか蒼也に懐いていた。
豚人の時に蒼也に致命傷を負わされ、竜豚人に変異した後も何度も爆撃され片羽までぶった切られたのだが……。
『んじゃぁ、俺は姫さんのトコに行って来るか……』
そう言って人へと姿を変えるドラゴン。グラサンにアロハシャツと膝丈のズボン、この世界の人間には珍しい格好だとしか思われないだろうが、異世界人、蒼也たちにとっては人型になったドラゴンのスキンヘッドも手伝いチンピラにしか見えなくなる。
「面倒だが、約束しちまったからなぁ……まぁいい、留守は任せるぞ」
人型を取ったドラゴンはドラグレッド山脈を奥へ上へと進んで行く。彼がエバーラルドの姫、リミュールとした約束は竜騎士の復活、それを成すためには他のドラゴンの了承も必要となってくる。
「前の大戦は酷かった……竜の仲間も随分と減らされ、あの時の勝者は勇者って事になってるが、勇者は皆死に、魔王は生きていた……あの時の勝者なんて居やしない……」
ドラグレッド山脈を登れば、それだけ周囲には竜の血の混じった凶暴な魔物なんかも多いのだが、人型を取っているとはいえドラゴンである彼には全く問題が無い。
「ドラゴンはあれ以来竜騎士の申し出を断っていたが、勇者が召喚されたらしいからなぁ、時代が動くか……まぁ、俺の役目はあいつに治癒能力を与えた事で終わった。後は若い奴らが何とかするだろう……さて、説得はしてみるが、今回のドラゴンはどっちにつくんだろうな?」
蒼也たちには分からない過去と未来を見据え、ドラゴンは1人ドラグレッド山脈から大地を見渡す。
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
正月だし少し読み返していたところ、一部矛盾する点を見つけ修正しました。
蒼也が魔法剣の事を『魔法剣』と呼んでいるのは俺と師匠ぐらいだと言っているにも関わらず、坊ちゃんとセバスチャン(仮)が『魔法剣』『魔法剣使い』等言っていたので『あの技術』とか『魔剣士』に修正。
あと、感想で指摘いただいた点はできるだけ修正していきます。




